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弟はカッコいい



林道から逃げるように家に帰り、冬瑚を抱きしめて癒しを補給した後、秋人に勘付かれた。


「兄貴、なんかあっただろ」

「……なにも」

「嘘つけ。僕たちに、言えないようなことがあったんだろ。顔、強張ってるぞ」

「…」


春彦のことが大好きだった秋人に、このことを言ってもいいのだろうか。俺が悩んでいると、秋人が俺の腕から冬瑚を取り上げた。


「冬瑚、もう遅いから寝なさい」

「でも、」

「冬瑚」

「……わかった。おやすみなさい」


秋人のいつになく深刻な顔を見て、冬瑚はこれ以上食い下がることなく部屋に入っていった。


「とりあえず、座ろっか」


ぱん、と手を叩いてできるだけ明るく香苗ちゃんが俺たちをリビングに誘導する。


各々椅子に座って、俺が話し始めるのを待っている。


「私に聞かれたくないことだったら、離れるけど?」

「ちがっ…!」


違う、そうじゃなくて。


「香苗ちゃん、僕たちもう家族なんだから。そういう、自分は部外者です、みたいなこと言わないで」

「…!へへ、ごめんね。じゃあ私も聞くよ!」


俺の知らぬ間に弟が急成長を遂げている。嬉しいような、寂しいような。秋人ももう、守られるだけの存在じゃないってことかな。


もう、話してもいい頃合いなのかも。


「香苗ちゃんと秋人は、春彦の亡くなった事故のこと、詳しく知らない、よね?」

「知らない。ただ、大きい事故だった、くらいしか」

「そうね。私もよくは…」


当時、秋人はまだ幼かったし、香苗ちゃんはそもそも俺たちの存在すら知らなかったはずだ。


「8年前の夏のあの日は雨が降ってて、春彦と2人でコンビニにアイスを買いに行ってた」

「覚えてる。本当は僕と3人で公園に遊びに行く予定だったけど、その日熱が出て…」


覚えてたのか…。8年前だから秋人は今の冬瑚ぐらいの歳だったはず。


秋人が熱が出て、寝言でアイスって言ってたのを聞いて、春彦と2人でコンビニまで行った。


「コンビニに行った帰りに事故にあった。……最初に異変に気付いたのは俺、だったかな」


他愛もない会話をしながら歩いていたら、道路を走っていたトラックに違和感を持ったのだ。


「トラックが、反対車線を走ってたんだ。俺たちの方に真っすぐに走ってくるのが見えて、怖くて動けなかった俺を、春彦が引っ張ってくれて、なんとか避けることができた。けど、トラックはそのまま別の車に突っ込んで、」


そう、あのとき春彦に「ありがとう」って言いたくて、後ろにいるはずの兄を振り返ったら。


「ぶつかった車がスピンして春彦を撥ねた」


一瞬だった。何気ない日常が、幸せが、こんなにもあっけなく崩れていくのだと知った日。


「夏くんは、つまり、看取ったってこと…?」

「はい」

「そう、なんだ」


香苗ちゃんが黙り込む横で、秋人が話し出す。


「話してくれてありがと、兄ちゃん」

「その呼び方も久しぶりだな」

「今は、兄ちゃんって呼びたい気分だったんだよ。それはそうと、今日は何があったんだよ?」

「えーっと、それは」

「それは?」


このまま忘れてはくれなかったか。


「今日テレビ見てたなら知ってると思うけど、林道朔太っていたの覚えてる?」

「あ~、夏くんをライバルって言ってた子ね」

「そういえばいたような」

「その林道が乗ってた車が春彦を撥ねた車らしい」

「へー…え!?」

「さっき林道に告白された。……林道は、俺に会うために車で向かってたらしい」

「へー。もしかして、俺がいなければ春彦兄ちゃんは死ななかったって思ってたりして」


秋人に言い当てられてぎくりとする。


「え~?マジでそんなこと思ってたのかよ、兄貴」


呼び方が兄貴に戻ってるし。しかも顔は笑ってるけど目は怖いし。これあれだ。まずいやつだ。香苗ちゃんも察して気配を押し殺してるし。


「そんなん言ったらあの日熱出した僕のせいじゃん。僕のために普段食べないアイスを買いに行ってくれてたんだろ?」

「それは…」

「ほら。だったら僕がいなけりゃ春彦兄ちゃんは死ななかったわけだ」

「違う、秋人のせいじゃない」

「そういうことだよ。あのクソ野郎は兄貴のせいで春彦が死んだとかなんとかふざけたこと言ってたけど。誰のせいでもないんだ。兄貴はまだあのクソ野郎に縛られてる」

「…!」


そうかも、しれない。もう克服したと思ってたけど、心の奥深くに、まだ残っていたのだとしたら。


「兄貴のせいじゃない。そんで、その林道ってやつのせいでもない。香苗ちゃんだってそう思うでしょ?」

「うん!私が聞いても、夏くんや林道くんのせいじゃないっていうのはわかるよ!」

「そっかー。そうなんだぁ…」

「それにこれ以上兄貴がうだうだと見当違いなこと考えてたら、春彦兄ちゃんが化けて出るぞ」

「そうかもな」


こんなにも簡単なことになんで今まで気づかなかったんだろう。


「秋人、ありがと」

「ん」


相変わらず簡素な返事の秋人に、昔の小さかった秋人の姿を重ねる。


「やっぱり弟はカッコいいな」

「当然だろ」


自分でそう言っておいてじわじわと顔が赤くなる秋人は本当に可愛いなぁ。


「香苗ちゃん、いま録音してたやつ俺にも後でちょうだい」

「もちろん」


香苗ちゃんが再生ボタンを押すと、聞こえてきたのは。


『やっぱり弟はカッコいいな』

『当然だろ』


あー香苗ちゃんが悪い顔してる。


「なんで録音なんてしてんのさ!」

「予感がしたのさ」

「なんの予感!?」


香苗ちゃんのスマホを奪おうとする秋人と、それを躱す香苗ちゃんの攻防戦を眺めながら、送られてきたさっきの音声データをそっと保存する。


「林道に悪いことしちゃったな。後で謝らないとな」

「兄貴!さっきの録音したやつもしかして保存した!?」

「んー?」

「んー?じゃねー!!」



~執筆中BGM紹介~

千と千尋の神隠しより「あの夏へ」作曲:久石譲様

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