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喰らっちゃうぞ☆




「本日はー『アニメ《月を喰らう》2クール放送決定記念(アーンド)大ヒット御礼感謝祭~月に代わって喰らっちゃうぞ☆~』にお越しいただきましてー誠にありがとうございます」


タイトルの長いこと川のごとし。初めてこのタイトルを聞いた時は『もしドーラ』の正式名称を初めて見たときのような、カルチャーショックに襲われた。ちなみにサブタイトルの方は『ツキクラジオ』という出演者の声優さんがパーソナリティを務めるラジオで決まったらしい。


このイベントの司会者を務めるアニメヲタクで有名なアナウンサーが壇上に立ち、会場を盛り上げていく。まさにプロフェッショナル。


会場も温まってきたというか燃え上がってきたところで、本日の主役たち、声優の紹介に入った。最初に入場するのはやはり主人公の声を演じる声優。ちなみに甘いマスクの若手人気声優。姿が見えた途端に耳鳴りがするほどの黄色い声援が。


次に紹介されて登場したのが俺の尊敬する声優、鳴海彩歌。手を振りながら声援に答えている。続々とメインキャラの声優が紹介され、最後に紹介されたのが、同級生であり友人でありライバルのカンナである。すこし緊張した面持ちだが、それでも笑顔で声援に応えている。


ちなみに俺の出番は幕間である。声優の方々の休憩時間に観客を飽きさせないためのつなぎである。そのため、出番はまだ先なので控室のモニターから会場の様子を眺めている。…が、現在非常にまずい状況に陥っているため、モニターに集中できないのが実情である。


「うあぁぁ。一体どうすれば…」


己の迂闊さに先ほどから後悔が止まらない。






遡ることおよそ1時間前。


香苗ちゃんと関係者以外立入禁止の扉をくぐって会場に入り、リハも終えた頃。


「暇なら会場見てきたら?」


と香苗ちゃんから提案され、会場内をぐるぐる歩いていたところ、迷ったのだ。まさかこんな歳になって迷子になるとは思わなかった。とりあえず人に聞こうと思って関係者らしき人を探すが、これまたどこにもいない。歩き回ってようやく警備員の人を見つけた時には、既に観客が会場に入る時間だった。人に聞く前にちょうど壁に貼り付けてあった会場案内図を見て、帰り道のルートを頭に叩き込んでいた時。


「あれ?智夏君?」


まるで万引きの現行犯に声をかけた時のように肩がビクッと跳ねた。いや、まさかと思いながらも恐る恐る振り返ると、そこにはクラスメイトで友人の花村香織が私服姿で立っていた。


「か、香織……ごきげんよう?」


まずいまずい。頭が正常に機能しなくなったせいで変なことを口走った気がする。


「あははっ。ごきげんよう!智夏君もこのイベント参加してたんだね!」


やばい。俺が『春彦』だって即行でバレたー!?


冷や汗が止まらない俺の様子には気づかずに、香織はそのまま話を続ける。


「カンナちゃんの晴れ舞台だもんね!友達としてはやっぱり見逃せないよね~」

「あ、そっちか」

「そっちって?」

「いや、なんでもない!そう、俺もカンナのこと応援するために来たんだ…!」

「やっぱり!」


普通に考えてカンナの応援ですよねすみません気持ち悪い勘違いしちゃって墓穴掘って埋まってきます。


「智夏君は席どのへん?」

「あ~えっと後ろの壁側?らへんかな」

「ありゃ~それじゃあ結構席離れてるね」

「香織はどの席?」

「ふふん、聞いて驚け、一番前の真ん中の席である!!」

「へぇ~、いちばんまえ……えっ!?一番前!?」

「すごかろう?」


ドヤ顔で自慢してきたが、俺が驚いたのは一番前の席のチケットをとれたことに関してではない。いや、それも確かにすごいのだろうが。そうじゃなくて、一番前の席ということは…


「カンナちゃんを目の前で応援できるし、それに『春彦』の演奏を一番近くで聞けるなんて幸せだよ~」


そう、一番前の席ということは、ステージから一番近い席だということ。ちなみに今の格好はいつもの陰キャスタイルだが、演奏本番では面接会場のときと同様に狐面を被って髪形をほんの少し変えるだけ。


…さすがにバレるか?香織には素顔はもうバレているし。あれ?ていうか別にバレても良くない?


「私ね、『春彦』はとっても素敵な大人の女性だと思うの」

「うん?」

「背筋がピンと伸びて、足がスラっと長い、超絶美人なお姉様だと思うの」

「…」


い、言えないやつだ、これ。俺の正体カミングアウトしたら夢壊しちゃうやつだ。よし、隠そう。


「そろそろ時間だし、俺トイレ行ってくるからまたね、香織」

「そうだね、それじゃあカンナちゃんのこと一緒に応援しようね!じゃあね智夏君!」


ふわふわと触り心地の良さそうな髪を揺らしながら去っていく背を見送る。




そして現在に至る。


「あぁぁぁ…!狐面くらいで隠せるものか?」


頭を抱えながら誰もいない控室で唸る。


「まだ着替えてなかったの?ってどうしたの夏くん?」

「んーなんでもない、です」


香苗ちゃんに言おうかとも思ったが、絶対面白がるので止めた。


「そろそろ時間だから準備しちゃって~」

「兄貴まだ準備してなかったの?」


香苗ちゃんの後ろからひょっこりと秋人が顔を出した。香苗ちゃんがいつの間にか秋人も呼んでいたらしい。と、思ったらどうやら違ったらしい。


「秋人も来てたんだ?」

「社長に連行された」


いつの間に社長と交流してたんだ。弟の交友の広さに愕然とする。

着替えると言ってもぶかぶかのTシャツを着るだけなのですぐに終わる。眼鏡を外して前髪をサイドに流し、横の髪を耳にかけて後ろ髪を結ぶ。最後に桜色の狐面を付ける。


「ほんとに別人みてぇ」

「そんなに違うか?」


壁に設置してある鏡を見ても仮面を被った自分である。違いが判らない。


「スタンバイお願いしまーす」


スタッフの人が呼びに来たので向かう。実の弟が別人みたいだと言うのなら、香織にもバレないだろう。そう自分に言い聞かせて控室を出る。


「行ってきます」

「「行ってらっしゃい」」





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