喜怒哀楽
読んでくださってありがとうございます!
大喧嘩したりパートを変えたりと一週間の間で本当に色々あったが、それがあったからこそ完成したともいえる曲。この日の為だけに作りあげた一曲。
プロとして素人に負けたくない、そういう気持ちもある。けれどいま俺の心を占めるのは「俺たちが作った曲を多くの人に聞いてほしい」この想いでいっぱいだった。
「ウサギが飛び跳ねる情景が見えてくるかのような素晴らしいBGMでしたね!」
司会者の人が興奮気味に、林道たち挑戦者側が作ったBGMの感想を述べる。その後、林道たちが一人ずつ曲に込めた思いや、トラブルの話などを面白おかしく話していた。
こ、これは……まさか俺たちもコメントで笑いを取らないといけないのか!?
林道たちのコメントが終わった後は、とうとう俺たちが作った”喜怒哀楽”のBGMの発表である。そしてそれが終わったら一人ずつのコメントに入る。コメントで笑いを取ろう、という考えはなかったので頭が真っ白になる。
どうする!?ギャグでもかますか…?いや無理だ。スタジオが凍り付くのが目に見えている。しかも今は生放送。全国にとんでもない醜態をさらすのは避けたい。
考えに考えた末に出した結論は、当初の予定通り真面目なコメントをする、だった。
だって面白いこといきなり言えって言われても無理だろ?会社の上司や部活の先輩なんかに「一発ギャグ見せて」とか言われてやってみたらどんずべりしてトラウマになるやつと似たようなもんだよ。……似てないか。
生放送中にこんな全然関係ないことを考えるなんて、俺にも余裕ができてきたってことかな。この前テレビで演奏したときも生放送だったし。ふと自分の成長について思いを馳せていると、司会者が紹介に入った。
「さぁてアニメファンのみなさん、お待たせいたしました!続いてはアニメサウンドのプロ4人が作った”喜怒哀楽”のBGMです!それでは、どうぞ~!!」
スタジオが暗転し、スクリーンに光が灯り、さっき流れたのと同じ『ウサギ列車』のアニメーションが映し出される。そして俺たちで作った”喜怒哀楽”が流れ出す。
ポロン、とピアノの小さな音が聞こえた。パラパラと降り注ぐように聞こえる音は雨の音だろうか。電車の外は雨が降っているのか。そう思ったとき、その考えが違うことに気付く。これは涙がこぼれ落ちる音だと。雨のように絶え間なく哀しみが押し寄せて、溢れ出た感情が涙になっているのだと。
聴いている者の胸を締め付けるような”哀しさ”だった。まるで愛しい人と永遠に会えないような、引き裂かれたような、そんな言葉にしがたい大きく深い哀しみ。ひたすらに窓の外をみつめるウサギは、何を哀しんでいるのだろう…?
遠くから雷のような音が聞こえてきた。アニメーションを見ていた全員が漠然と理解した。ウサギの”哀しみ”が”怒り”に変化したのだと。それは理不尽に対する怒り。嵐のように怒りが吹き荒れている。
やがて嵐のような”怒り”は静まり、青空が顔を出す。思わず息を止めて見入っていた者は、深く深く息を吐きだし、思った。まるで走馬灯を見ているようだと。自分の死に”哀しみ”、”怒り”、そして、人生はそれだけではなかったことを思い出した。
体の底から湧き上がるような”喜び”が聞こえてきた。これは人生の最後に思い出す喜びは、なんだろう?愛する人に出会えたこと、我が子を腕に抱いたとき、いろんな喜びが哀しみや怒りを包み込んでくれる。
そして”楽しみ”ができた。それは次の人生に対する高揚感。少しの不安と、新たな出会いへの期待を胸に、ウサギを乗せた電車は進む。光の方へと真っすぐに進んでいく。
ゴクリ、と息を呑むような音が聞こえた以外、スタジオは静寂に包まれていた。暗かったスタジオが再び照らされて、観客たちはようやく現実に帰ってきた。
パチパチ、とまばらに拍手が起きる。その音につられるようにしてまた一人、また一人と増えていき、万雷の拍手が俺たちを包み込んだ。挑戦者側の人たちも俺たちに拍手を送ってくれていた………え、林道泣いてる!?
俺と林道の目が合った、と思ったらパッと逸らされてしまった。次に顔を上げたときには涙は止まっていたので、とりあえずは安心だ。けれど、どうも様子がおかしい気がするので、この収録が終わったら話しかけようと心に決めたとき、司会者にマイクを向けられた。
「御子柴さんは一番最初に流れた”喜怒哀楽”の”哀”の部分を作られたそうですね!聞いているこちらが哀しくなってくるほど素晴らしい曲でした!」
「ありがとうございます」
心の準備をまったくしていないノーガードの所に来たから何を話すつもりだったのか内容が一気に飛んでしまった。けど、不思議と焦ってはいない。自分の想いを話そう、と思ったのだ。
「このウサギが電車に乗っているアニメーションにBGMを作るにあたって、俺たちはまず世界観を設定しました。それはウサギはもう死んでいて、電車は次の人生に向かっているのだと。その道中で自分の人生を振り返って、何を思うのだろうかと」
「なるほど~。素人の僕が聞いていてもそういう世界観はちゃんと伝わってきましたよ」
「それは良かったです。俺が携わった”喜怒哀楽”の”哀”は、大切な人たちとの別れを想像して作りました。もし俺が死んだなら、その死に際に何を思うだろうかと」
「死に際、ですか?」
「はい。もう会えないとわかったら、悲しくなるだろうな、と。でも、俺よりももっと悲しんでくれる人がいるって気づいたら、その悲しみはきっと隠すと思うんです」
これ以上悲しませるわけにはいかないと。最期くらいは笑っていきたい、と。
「そして人生が終わって、次の人生に向かう電車に一人乗って、堪えきれなくなった感情が零れ落ちるんです」
それはまるで雨のように。
「だから最初に雨音のように聞こえたんですね!では続いて全身に鳥肌が立つような”怒”を担当した氷雨さんにお話を伺いましょう!」
氷雨さんがこの”怒”の曲を作って持ってきた時には思わず俺も鳥肌が立ってしまった。なんせこの怒りは俺に向けたものの一部でもあるから。これを聞くたびに怒られてる気分になる。
AFLOさんが作った”喜”は、娘さんが生まれたときの感情を乗せたそうだ。人生の中であれほどの喜びと幸せに包まれたことはないと断言するAFLOさんは紛れもなくいい父親の顔だった。
トリを飾った佐久間さんの”楽”は、趣味のコスプレをイメージしたそうだ。何か月もかけて作った衣装をお披露目する時のワクワクを表現したらしい。
”喜怒哀楽”をテーマに作ったこの曲、実は俺たち4人の中でだけタイトルがついている。
その名も『義兄弟の調べ』(命名:AFLOさん)
曲の内容ガン無視のそのタイトルを俺たちは気に入っているが、如何せんダサいタイトルなので他の人に教えることはない、俺たちだけのタイトルだ。
~執筆中BGM紹介~
86-エイティシックス-より「Hands up to the sky」歌手:SawanoHiroyuki[nZk]:Laco様 作詞:cAnON.様 作曲:Hiroyuki Sawano様




