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偵察

4月以来無遅刻だったのでいい流れ来てるぅ⤴って思った矢先に遅刻ですね。すみません。


今回は智夏のライバル、林道朔太視点でお届けです。



左腕を()くした事故のことは、正直よく覚えていない。


あの日はアイツに、俺のライバルにどうしても直接言いたいことがあって、母さんに車で連れて行ってもらうはずだった。


「海外に留学すること、なんで前のコンクールのときに言わなかったの?」

「忘れてた!」

「忘れてたってあんたねぇ…」


俺のライバルの母親と俺の母さんは知り合いらしくて、住所を聞いてこうして向かっている最中だった。小さな交差点に差し掛かった時、対向車線からはみ出して突っ込んできたトラックに母さんと俺が乗った車がぶつかったのは。


母の悲鳴と強い音と衝撃。覚えているのはそれだけだ。そして目が覚めたら、左腕も、ピアノの海外留学の話もなくなっていた。


その後のことは、色の無い映画を見ているような現実感のない時間を過ごしていた。事故からだいぶ時間が経って、ある程度気持ちの整理がついたときに、事故のことを調べたことがある。多数の車と歩行者を巻き込んだ大きな事故だったらしい。死者2人、重傷者3人、負傷者多数。”重傷者”このたった3文字の中に俺が含まれている。


「命があって良かった」

「不幸中の幸い」

「助かって本当によかった」


大人たちはみんなこう言った。でも、俺は事故当時、左腕もピアノ留学の話もなくなって自暴自棄になって、軽傷で済んでいた母にこう言ったことがある。


「腕が無くなるんだったら死んだ方がマシだった!!」


俺の叫びを聞いた母は泣いて、父は俺を殴った。


「朔太と同じくらいの歳の子も亡くなっているんだ!その子の前でもそんなことが言えるのか!!」


家では穏やかな父がこんなに怒るのも、俺を殴るのも初めてで呆然とした。ただ、俺と同じくらいの歳の子が亡くなったと聞いて、自分の今の言葉がどれだけの人を傷つけたのか思い知らされた。けれど、そう思う一方で、他人のことなんか知らない、とも思う自分も確かにいた。


自分に絶望して、学校にもろくに通わずに家に引きこもってアニメや漫画ばかり読んでいた。そのとき見たアニメが『月を喰らう』。そしてそのアニメのBGMを作っている『春彦』という人物に、俺は救われた。


サウンドクリエイターという職業にも興味を持ち、リハビリも頑張って片腕で作曲できることを知った。その過程で片腕のピアニストがいることも知って、俺の狭かった世界が一気に広がった。


高校に再び通い始めた頃、憧れの人である『春彦』が『御子柴智夏』であることを知った。久しぶりに聞いた、俺のライバルの名前。


そして不思議な縁で、またライバルに会うことができた。最初の収録のときに俺から声をかけた。


「あ、えっと……俺のこと覚えてるか?」

「あぁ、忘れるわけない。コンクールのときにあんなに話しかけてくれたのは1人だけだったし」


忘れられていたらどうしようかと思ったが、杞憂だったようだ。俺がピアニストだったことを覚えてくれている人がいた。それだけで嬉しくなって余計なことを言ってしまった。


「話しかけるっていうか、一方的に喧嘩売ってたみたいな感じだったけどな、ははっ」

「たしかに」


たしかにって…。そこは否定するとこだろが。こういうところは昔と変わらないな。


俺のライバルである御子柴智夏は、本当にすごいやつだった。どれくらいって、出るコンクール全部で1位取るくらいすごい。ピアノの音ひとつひとつに感情というか、音が乗っているのだ。初めて御子柴の演奏を聞いた時、俺は不覚にも泣いてしまった。これが「音色」なんだと、心が震えたのだ。


だから御子柴は、いまごろすごいピアニストになっていると思っていた。


「なんでコンクールに出なくなったんだ?」


狐面をしていても、御子柴が動揺したのがわかった。ピアノ馬鹿って言う言葉がぴったりなくらいピアノ好きだった御子柴が、ピアノを辞めた理由。


「それは……色々、あって」


望む答えではなかったけど、その声から並々ならぬ事情があったことは察した。だからこれ以上聞かない方がいいと、知らない方がいいこともあると、そう思ったのだ。






一人で作曲することはあっても、こうして4人で作曲するなんてことは初めてで、それはもううまく進まなかった。トラブル、トラブル、またトラブル。


俺たち素人側のメンバーは、BGM研究家に、作曲Yeah!Tuberに、アニメサウンド大好き俳優……てんでバラバラだ。ただアニメが、BGMが好きという点だけが俺たちを繋ぐ共通点。


「僕らのお題は”春夏秋冬”なわけだけど、知っての通り僕らはド素人だ。自分がどういうBGMの作曲が得意かなんてわからない。ってことで前半の一週間を使って、全員”春夏秋冬”4つ全部作ってみないか?」


慣れないテレビカメラに委縮している俺たちに代わって、アニメサウンド大好き俳優が指揮を執る。


「分担せずに全部作ってみるってことですかぁ~?」


髪が虹色の作曲Yeah!Tuberが甘ったるい声で話す。


俺たち素人側はBGM制作期間が2週間ある。ちなみにプロ側は1週間のみ。貴重な1週間をそんな風に使っていいものなのか、と意見してみたが、即却下された。


”春””夏””秋””冬”これら四季をイメージして曲を作るのは本当に大変だった。まず1週間でこんなにたくさん曲を作ったことがない。生活サイクルにどうやって作曲時間を組み込むか、配分はどうするか、一人ではうまくいかずBGM研究家に相談したら、ヲタク特融の弾丸トークをかまされた。


約束の1週間後。なんとか四季それぞれの4曲を作って持っていったら、驚いた。


アニメサウンド大好き俳優が作ってきたのは”春”と”冬”の2曲だけだったし。


作曲Yeah!Tuberが作ってきたのは他の3人と合わせるのが難しいボカロ調の曲だったし。


BGM研究家が作ってきたのは”秋”の一曲だけだったし。


なんっっっっっっっだよコイツらはぁぁああああ!!


揉めに揉めてなんとか見つけた着地点は”春”が作曲Yeah!Tuber、”夏”が俺、”秋”がBGM研究家、”冬”がアニメサウンド大好き俳優。


それからは4人で試行錯誤しながら曲を共同で作り、予想以上の出来栄えの曲が完成した。


「さっくん、いま別の部屋にプロ側の人たちがいるんだってぇ~。ちょぉっと偵察行ってきて!」


朔太だから、さっくんらしい。初めはバチバチにいがみ合っていた作曲Yeah!Tuberとも距離が縮まったが、とんだ無茶ぶりをされてしまった。


「なんで俺がそんなこと」

「えぇ~?ライバル君の様子が気にならないのぉ~?」

「…」


5分後、ハンディカメラを渡されてやってきたのは、御子柴たちプロ側が使っているレコーディング室の扉の前。扉のスモークガラスに耳を当てて中の音を聞き取る。傍から見たらとんでもないやつだ。


「、、、、!」


ん?なんか揉めてる?自慢じゃないが耳は他人よりいい方だ。耳に意識を集中させて、室内の音を拾い上げる。


この色気のある声は、氷雨さん、か?


「トラックが交差点に信号無視で突っ込み、大事故になった。死者は2人。そのトラックの運転手と――トラックにぶつかってスピンした車に撥ねられた、君の兄」





ドクン、と心臓が跳ねた。




~執筆中BGM紹介~

「人生いろいろ」歌手:島倉千代子様 作詞:中山大三郎様 作曲:浜口庫之助様

読者様からのおススメ曲でした!「涙の中に若さがいっぱい」って歌詞が好きなんですよねぇ…。

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