哀しい
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氷雨さんと大喧嘩――最終的には氷雨さんと佐久間さんの大喧嘩になっていた――した日の晩のこと。
秋人が用意してくれたおいしい晩御飯を食べた後、いつもは冬瑚たちと話している時間だが、今日はピアノと向き合っていた。
「”悲しい”は心が裂けるような切ない感じ、そして”哀しい”は思いを胸中に抑えて胸がつまるような感じ、か。声を抑えて泣いてる感じかな?それとも泣くのをこらえている感じ?」
俺が氷雨さんと佐久間さんが喧嘩している真っ最中で提案したのは”喜怒哀楽”の担当を変えることだ。
”喜”が佐久間さん→AFLOさん
”怒”が俺→氷雨さん
”哀”が氷雨さん→俺
”楽”がAFLOさん→佐久間さん
という風に担当を総入れ替えしたのだ。だから曲も一から作り直しである。”哀”の元の担当者だった氷雨さんの曲はたしかにすごかったのだが、曲を聞いた時に思ったのだ。俺だったら別の”哀”を作れる、と。
BGMをつけるアニメーション『ウサギ列車』のウサギは死後の世界へと向かう電車に乗っているという設定だ。
「自分が死んで、何が”哀しい”んだろう……」
例えば俺がウサギだったら…?きっと冬瑚たち家族も、友人たちも悲しんでくれる。そして彩歌さんは…。
「彩歌さんは、笑って傍にいてくれそうだな」
色んな感情を胸にしまい込んで、抱えて、俺の大好きな笑顔で見送ってくれそうだ。自分のことよりも他人のことを優先してしまえる人だから。
「俺は……そんな彩歌さんを残して逝くことが、一番”哀しい”」
この気持ちを心から指に送って、ピアノの鍵盤を弾いていく。考えるだけで胸が押しつぶされそうなこの想いを、この曲に。20秒間にぎゅっと詰め込む。
「~♪」
時間も忘れて、ただただ指の動くままにピアノを弾き続ける。
「、、にい!夏兄ってば!」
背中に軽い衝撃を感じてピアノを弾き続けていた手が止まる。
「あ……冬瑚。ごめん、うるさかったか?」
壁にかけてあるデジタル時計を見ると、22時を過ぎていた。いつもなら冬瑚はとっくに眠っている時間のはず。だから起こしてしまったのかと思ったのだが、冬瑚は違うと首を横に振る。
「あのね、いつも夏兄のピアノが聞こえるときはね、よく眠れてたの」
背中に抱き着いたままの冬瑚を引き剥がして、膝の上にだっこして乗せる。冬瑚は眠くなると言動が少し幼くなるため、こうして膝の上に乗せると甘えるように頬をすりすりと寄せてくる。
「夏兄、泣いてるの?」
冬瑚が言っているのは、涙を流しているのかという意味ではなく、ピアノの音で俺の心情を察したのだろう。本当に聡い子だ。この家に来た時に比べて、大きくなった冬瑚の確かな重さを感じて安心する。
今日は慣れない喧嘩をしたり、曲を作ったりと精神的に少し疲れてしまったので、冬瑚を抱きしめて癒しを補給しておく。よしよし、と小さな手で背中をさすってくれる我が妹が尊い。妹は正義。
「う~ん、どうだろう。寂しくて苦しくてどうしようもないほどに愛おしいから、泣くのを我慢してるんだろうね」
「…?わかんないよ、夏兄」
難しそうに眉間にしわを寄せる頭を撫でて、冬瑚を抱っこしたまま立ち上がる。
「夏兄どこ行くの~?」
「冬瑚の部屋だよ。もう寝る時間はとっくに過ぎてるから」
「んー、いや~。夏兄と一緒に寝るの~」
「はいはい、わかったよ」
冬瑚の部屋に向かっていた足を止めて、行き先を俺の部屋に変える。部屋の電気をつけると、ベッドの上には先客がいた。
「ハル、冬瑚を寝かせたいからどいてくれないか?」
「にゃ」
珍しく素直に場所を渡してくれるハルに驚きつつ、今のうちにそっと冬瑚をベッドに寝かせる。移動している間に冬瑚は眠ってしまっていて、もうふにゃんふにゃんである。
「おやすみ、冬瑚、ハル」
部屋の電気を消して、冬瑚の眠りを妨げないように端っこの方に寄って眠りについたのだった。
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「本番5秒前~4、3、」
2、1、は口には出さずにジェスチャーでカウントし、それに合わせて司会者が番組名を高らかに告げる。
「『素人とプロはどっちが強い?』今週も…」
「始まったな~」
「ですね」
「一週間、あっという間でありましたな。まさしく我ら一週間フレンz…」
「AFLOうっさい」
「ひどっ」
俺たちが今喋っているのは、スタジオの裏。今日はとうとう『素人とプロはどっちが強い?』の放送日。勝敗結果は生放送で決まることになっている。今はちょうど一週間ほど前に録った登場シーンや、プロ側と挑戦者側の作曲の様子などの映像が編集されてVTRとして流れている頃だろう。
カメラマンさんのご厚意というか、佐久間さんの機転というか、それらのおかげで氷雨さんと俺がもめたシーンは使わないでいてくれるらしい。けど、佐久間さんと氷雨さんの火花飛び散る喧嘩シーンはVTRに乗せるらしい。
俺たちが登場するのはVTRが終盤に差し掛かったとき。すでに最初に録ったオープニングシーンで登場は済ませているので、こそっとスタジオの中に入ることになっている。
狐面が落ちないように、紐を結び直していると、名前を呼ばれた気がして振り返る。
「御子柴氏?どうかしたでありますかな?」
「いえ……気のせいだったみたいです」
さっきかすかな声が聞こえたが、振り返って見てみてもそこにはあわただしく走り回るスタッフばかりで。
『―――御子柴、ごめん』
とても苦しそうな声が、聞こえたような気がしたのだ。
~執筆中BGM紹介~
ロウきゅーぶSSより「Rolling Rolling!」歌手:RO-KYU-BU!様 作詞・作曲:桃井はるこ様
読者様からのおススメ曲でした!ローリーローリーローリ~




