大喧嘩
大喧嘩…?大喧嘩ってなんだっけ?
「氷雨さん、僕と喧嘩をしましょう」
「………は?」
今のままでは氷雨さんは俺に引け目を感じて言いたいことが言えないようになってしまうかもしれない。それでは困るのだ。それに、言われっぱなしっていうのも嫌だし。
仲直りには喧嘩が一番、これアニメの常識。多分。
「……………なんでやねん!!!」
結構いい発案だったんじゃない…?とか思った瞬間に佐久間さんの魂の叫びみたいなツッコミが建物中に響いた。声量がとんでもなくてやまびこが聞こえたくらいだ。
「どこのスポ根アニメや!!」
「ルン、落ち着いて」
「佐久間さん、血管切れちゃいますよ」
佐久間さんの命を削るかのようなツッコミに俺も氷雨さんも心配する。けどそれすらも佐久間さんには逆効果だったようだ。
「喧嘩しようとか言ってるのに優しいね君ら!私の心配してる場合ちゃうやろ!」
「あ、そうだ。喧嘩しようとしてたんだった」
うっかり忘れるところだった。
「君、さっきも喧嘩しようって言ってたけど、それは何故?」
「このままじゃずっとギクシャクしそうだと思いまして。この際、喧嘩して心のモヤモヤをすっきり清算しようかと」
「ねぇ、どっからツッコんでえぇの?ツッコミどころが満載過ぎて迷うわ。……でも、御子柴くんの言うことも一理あるなぁ。よしわかった!2人とも派手に喧嘩してみたらえぇわ!」
ツッコみ大魔神……じゃなくて佐久間さんからの許可も下りたことだし、改めて喧嘩をすることにする。
「えっと、えっとー…」
喧嘩ってどうやるんだっけ…?
喧嘩しましょう!って氷雨さんに偉そうなこと言っといて、何を言ったらいいかわからない。焦れば焦るほどに言葉は出てこない。ヤバい、このままじゃまた佐久間さんにツッコまれる…!
「そんなことやと思ったわ。とりま部屋戻ろうか」
予想に反して佐久間さんはツッコまなかった。それはそれでなんか寂しいな。それにしても、とりま…?とりまってなんだっけ。たしか前にも聞いたぞ。とり…とりあえずまぁ、の略だったけ。
そんなことを考えているうちにAFLOさんが待つ、さっきまでいたレコーディング室に戻ってきたのだが。
「娘が生まれたときの喜びと言ったら、それはもう言葉にできないほどでありますなぁ」
「娘さん今おいくつだっけ……あ、3人ともやっと帰ってきた」
AFLOさんとカメラマンさんが子供の話に花を咲かせていた。カメラマンさんってもっとこう……寡黙なイメージがあったけど、この人は陽気な人なんだなぁ。仕事道具のカメラをテーブルの上に置いちゃってるし。完全に仕事モードがオフだ。
「じゃあまずは御子柴くんからやな。氷雨に対して不満に思ったこと、全部ぶつけて」
不満に思ったこと…。
「どういう展開でありますか?」
「AFLOは少し黙ってて」
「むむぅ」
不満に思ったことはやっぱりコレかな。
「兄のことを何故知ってるのかはわかりませんが……俺を怒らせるために、兄の死を引き合いに出したこと、かなり不快でした」
「うん、じゃあ次は氷雨」
「……両親と住んでいた家は、君の家の近くだったんだ。そしてあの日、私は事故現場に居合わせた。だから君たち兄弟に起きた悲劇も知っていた」
そうか……近所に住んでいたんなら俺たち兄弟のことを知っていてもおかしくないし、事故現場に居合わせていたならなおのことだ。
「君が持ってきた”怒”の3曲を聞いた時、思ったんだ。「御子柴智夏の怒りはこんなもんじゃない。出し惜しみする気か」と。実力を出さずにいる君に、私は激しい怒りを覚えたんだ。だから君から実力を…怒りを引き出すために、最低な手段を取った」
この人は本当にこの仕事に心血を注いでいるんだ。だからこんなにもなりふり構わずに周りを巻き込めるのか。普通の人だったらためらうようなことでも役に立つと判断した瞬間に言ってしまうみたいに。
「実力を出さないって……俺は出し惜しみしてたわけじゃありません。今の俺の全部を乗せた”怒”があの3曲だったんです!勝手に俺の実力を推し量って押し付けないでください!」
「っ!あれは完全に出し惜しみだろう!『流離』みたいな、心に闇を抱える人間に届く素晴らしい曲が作れるのに、あんなに弱い”怒”の曲を作って持ってくる君も悪いと思わないかい!?」
「俺ですか!?佐久間さんのときも思いましたけど、氷雨さんの批評の仕方ってちょっとひどくないですか?もっと他に言い方がありますよ!」
真剣なのはわかる。わかるけれども許容できることとできないことが人間にはあるんです!!
「あれは心の底から思ったことを言っているんだ!ルンが持ってきた曲がつまらなかったから「つまらない人生を送ってきたのね」って言っただけ!つまらないからつまらないって素直に言って何が悪い!」
「おいおいお~い!私の作ってきた曲をそう何回も「つまらない」って言うな!」
あれ?いつの間にか佐久間さんも入ってきている。これ佐久間さんも喧嘩に入っちゃったら誰にも収拾つかないやつじゃ…。
「そんなに怒るんやったら氷雨が”怒”をやればえぇやんか!」
「ルンだって!”喜”より”楽”の方が合う!」
「そう思ってたんなら最初に言ってくれれば良かったやん!」
「私なりに遠慮してたのよ!」
「氷雨が遠慮~!?なに似合わんことしとんねん!私の知ってる氷雨は無遠慮・無配慮・無頓着の人間やろ!」
「無頓着はともかく無遠慮と無配慮は断固抗議よ!」
佐久間さんと氷雨さんがキーキー言い合っている横で、AFLOさんに話しかける。
「喧嘩ってどうやったら終わるんですか?」
「当事者たちが落ち着いたら勝手に終わるでありますけど…」
「落ち着きますかね?」
「…」
だんだんと論点がズレていってるのにヒートアップしていってるんだけど。それに反比例するように俺の思考は冷静になっていくし。それにしても喧嘩って体力使うんだなぁ。人生で一番の大喧嘩だった気がする。
「じゃあ勝手に氷雨さんが作った”哀”の曲を聞きましょうか」
「え、この状況で?御子柴氏もかなり大物でありますな」
いそいそと用意をして氷雨さんの”哀”の曲を聞く。氷雨さんが作ってきた曲は全部で5曲。この短期間で5曲はさすがとしか言いようがない。それに曲のクオリティも全て高い。……けど、俺だったらもっとこういう風に”哀”を表現するのに、とも思うのだ。
次にAFLOさんが作ってきた”楽”の4曲を聞く。
「ん~……この曲、”楽”っていうより”喜”じゃないですか?」
「やはり御子柴氏もそう思うでありますか?娘にも同じようなことを言われたのです……」
うーん……これはいわゆるキャスティングミスってやつでは?
「佐久間さん、氷雨さんちょっといいですか?」
「「なにっ!?」」
あ、喧嘩中なの忘れてた。
~執筆中BGM紹介~
徒然チルドレンより「アイマイモコ」歌手:水瀬いのり様 作詞・作曲:Haggy Rock様




