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言葉の裏

今回は佐久間ルン視点でお届けです。

エセ関西弁が炸裂!



「これがルンの”喜”だと言うのなら、あなたはとてもつまらない人生を送ってきたのね」


他人から言われたら飛び掛かっていたような言葉。だけどこれを言ったのは氷雨やったから、素直に受け入れた。……いや嘘。素直に受け入れてへんわ。ごっつイラっとしたけど、まぁ手を出すほどじゃなかった。言い方はともかく内容はもっともやった。


曲に関して氷雨は一切の妥協を許さへん。私がこれまで出会った多くのサウンドクリエイターの中で、一番ストイックな人間。それが私の古い友人である氷雨という女だ。


けど、御子柴くんを前にした氷雨はいつもと様子が違った。何が、と聞かれるとうまく答えられへんけど……でも、このときは確かに様子がおかしかった。


「失望、ね」


氷雨は他人に何かを望まない。だから、御子柴くんに「失望」という言葉を使ったのには驚いた。御子柴くんの曲を聞いたとき、私と多分AFLOも完成度の高さに驚いた。持ってきた3曲すべてから彼の担当である”喜怒哀楽”の”怒”がありありと感じられた。だけど氷雨は違う風に感じ取った。


「私が心動かされた御子柴智夏の曲は、こんなお手本みたいな曲じゃなかった。『月を喰らう』で主人公が復讐を誓ったシーンで流れたあの曲。アレに比べたら今持ってきた3曲はどれも”怒り”なんか感じないわ」


そういえばこの前、氷雨が珍しく興奮しながら「この曲聞いてみて」と言って御子柴くんが作った曲を聞いたことがある。タイトルはたしか『流離』。この曲を聞いた時、正直なんで氷雨がそこまで興奮しているのかわからなかった。まるで深い闇に引きずり込まれるようなその曲より、世間でも話題になった『レクイエム』や『泡沫の夢』の方が心惹かれた。けど、ネットで調べてみると、少なからず『流離』に心惹かれる人もいるようだった。曲の好みは個々人で分かれるとしても…と不思議に思ったのだ。


言われてみれば確かに『流離』に比べたら印象としては弱いかもしれない。


御子柴くんは自分の余計な感情が曲に入ることを嫌っている様子だった。私も『ウサギ列車』に『流離』レベルの強い感情は相応しくないと思う。だから、同意しようとしたときだった。氷雨が机を叩いて立ち上がり、声を荒げたのは。


「御子柴智夏。君の怒りの火はまだ消えていない。思い出しなさい。君に降りかかった不幸の原点を!」


前から気になっていた。なぜ他人に興味のない氷雨が、ただ一人、御子柴智夏にだけ怖いくらいに興味を示すのか。彼の作る曲が気に入ったから?――いや違う。


御子柴くんの制止も虚しく、氷雨は何かに取り憑かれたように一気にまくし立てる。何を言おうとしてんのかはわからへんけど、2人の尋常じゃない様子を見て、咄嗟に隣にあったカメラのレンズを手で隠した。


「トラックが交差点に信号無視で突っ込み、大事故になった。死者は2人。そのトラックの運転手と――トラックにぶつかってスピンした車に()ねられた、君の兄」

「やめてくれ!!」


多分、氷雨と御子柴くんにはわかる話なのだろう。けれど、私らにはさっぱりわからんことばっかり。御子柴くんのお兄さんが事故で亡くなったことを、なんでこんなとこで今言うん?付き合いの長い私でも、氷雨が何を考えてこんなことを言ったのか、なにがしたいのか―――


「なんだ、君の中に”怒り”はまだそんなにもあるじゃないか」


パァン、と音が鳴って、自分の手が氷雨の頬を打ったことに気付いた。


「ルン……何故、君が私を殴るのかな?」


なんで、そんな顔するん?いま辛いのは御子柴くんやのに、なんでそんな苦しそうな顔で笑うの!?


本当は問い詰めたい。氷雨がそんな顔をした理由を。でも、まずは御子柴くんをいたずらに傷つけたことを怒らんと。気づかれないように短く深呼吸をする。


「そら御子柴くんが優しいから私が代わりに殴ったに決まっとるやろ、ボケ。大人しく聞いとったらなんやねん。氷雨、あんたは神様にでもなったつもりか?いいや、神様でもなんでもない。ただの分別のつかん子供と一緒や!」


氷雨、あんた一体、何を抱えとるん?私にはなんにも話してくれんの?


私の知らない氷雨を見せつけられて、なんだか裏切られたみたいな気分になった。私は、なんにも知らない。友達だって勝手に思ってただけで、本当は違うかも。


あぁ、なんや泣きたなってきたわ。


私の顔を見て、氷雨が悲しそうな顔をする。もう、その理由すら私には……。


「君は、愛されているね。とても。憎しみや怒りを大きく上回る愛で包まれている。……羨ましいよ、本当に」


「すまなかった。君の中から”怒り”を引き出すために、最低な手段を選んでしまった。申し訳ない」


そう言って御子柴くんに謝罪すると、氷雨はスタジオから出て行った。


……いま、初めて氷雨の心の声が聞こえた気がした。氷雨は仲が良い家族を見ると、いつも遠い目をしていた。一度その理由を氷雨に聞いてみたことがある。自分でもそんなこと聞くか普通?って思った。けど、聞いちゃったからしょうがない。


氷雨は「”家族”という枠組みが嫌いなんだ」って。そのときは変な答えやな~と思っただけだった。けど、今になって思えば、嫌いという言葉の裏には、羨ましさがあったのかもしれない。


「俺、ちょっと行ってきます!」


えぇ!?


「御子柴くん、あんな女に気を遣わんくってえぇんやで」


あんだけ酷いこと言われたの、もう忘れたんか?忘れたといえば、手でカメラを遮っていたことを思い出してそっと手を離す。カメラマンさん、許して。ほら、緊急事態やったから。


「結局、御子柴氏は行ってしまいましたな」

「えぇ!?いつの間に!」

「気づいてなかったでありますか!?」


だって、カメラマンさんに目で謝ってたからさ。AFLOが呆れた様子で私を見てくるのが妙に気に入らない。


「2人に興味があるのかないのかわからない人ですな、佐久間氏は」

「私は自分のことだけでいっぱいいっぱいのちっさい人間やからなぁ。氷雨なんて気にもならんわ………さっき思いっきりビンタしてしもうた。痛かったやろうなぁ…うぅっ」

「めちゃめちゃ気にしてるじゃないですか」


ちなみに今のツッコミはさっき睨みあってたカメラマンさんのもの。


「だいたい、あんな場面いくらなんでも撮りませんよ。週刊誌じゃあるまいし」

「テレビはこういう修羅場が大好きだと思ってたであります」

「そういうドロドロ展開は望んでないっす。それに、自分にも息子がいるんで、なんだか他人事に思えなくて」

「幼少の頃に兄君を亡くされたと言っておりましたな……。我も娘がいる身。子を亡くした親の痛みは計り知れませんな」

「まったくです」


おっさん同士盛り上がっているようだが、私は氷雨にビンタしてしまったことを今になって後悔していた。手が出たのは本当に申し訳ないと思ってる。でも、間違っていたとも思えない。


「ちょっと様子を見に行くだけ。謝りに行くわけちゃうし」


誰に対してかはわからない言い訳をして氷雨と御子柴くんの後を追う。その途中で、見覚えのある人物とすれ違った。


「あれって確か…」


思わず足を止めてすれ違った人物を振り返って見たとき、とんでもない言葉が聞こえてきた。


「氷雨さん、僕と喧嘩をしましょう」

「………は?」


「……………なんでやねん!!!」


今日一番のツッコミが建物中に響き渡ったのだった。



~執筆中BGM紹介~

さよならの朝に約束の花をかざろう「ウィアートル」歌手・作曲:rionos様 作詞:riya様


前にパソコンのタッチパッドが反応しなくなった~って話を書いたと思うんですけど、アプデしたら治りました。お騒がせしました。(*- -)(*_ _)ペコリ

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