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流離

流離とは、故郷を離れてあちこちさまよい歩くこと。


今回ちょっと辛い展開です。



”喜怒哀楽”の”怒”。これを『ウサギ列車』の世界観に合うようにイメージしながら作った曲は全部で3つ。天へと向かう列車に乗りながら、人生最後に思い起こすほどの”怒り”とは何か。俺なりに考えて作った曲だ。


3曲全てを聞き終えて、まず最初にまとめ役の佐久間さんが口を開く――その前に。


「失望、ね」


真っすぐに俺の目を見て、氷雨さんはそう言った。用意してきた曲はどれも自信作だった。にもかかわらず、氷雨さんの口から出た言葉は「失望」の二文字。悲しみや悔しさより先に、なぜ?と疑問が湧いた。


「私が心動かされた御子柴智夏の曲は、こんなお手本みたいな曲じゃなかった。『月を喰らう』で主人公が復讐を誓ったシーンで流れたあの曲。アレに比べたら今持ってきた3曲はどれも”怒り”なんか感じないわ」


『ツキクラ』で主人公が復讐を誓ったときの曲は、タイトルを『流離(りゅうり)』と言って、俺が一番最初に作曲家として作った曲だ。俺がなぜこの曲を一番最初に作ったのか。それはあの当時、復讐(それ)が一番わかりやすい、表現しやすい感情だったからだ。


「『流離』は……俺の内側のドロドロした嫌な気持ちが入った曲です。『ツキクラ』ではアニメに合う曲になりましたけど、『ウサギ列車』には俺の汚い感情は余計です。……それに、その感情は今はもう薄れてしまった」


あのとき、『流離』を作っていたときは、理不尽を振りかざしてきた父や、自分勝手な母への憎悪やら怒りがいつも心の中にあったのだ。だけど、母に歩み寄って、冬瑚が笑いかけてくれて、彩歌さんが俺の名前を呼んでくれる今はもう、自分の中にあった憎しみとか、怒りが薄れてしまった。


それは人間としては良い事だと思う。けれど、表現者としては――。


「御子柴智夏。君の怒りの火はまだ消えていない。思い出しなさい。君に降りかかった不幸の原点を!」

「な、にを……」


氷雨さんは、何を知っているんだ…?まるで俺のことを全部知っているかのような、そんな口ぶりに心臓が嫌な鼓動を立てる。まるで膿んだ傷口にようやくできたカサブタを無理やり剥がされるような不快感が押し寄せる。


「8年前、あの日は雨が降っていた。とある兄弟はコンビニから家に帰る途中だった」

「や、やめ、」


待ってくれ。何を言うつもりだ。こんな、カメラもあるようなこんな場所で。


「トラックが交差点に信号無視で突っ込み、大事故になった。死者は2人。そのトラックの運転手と――トラックにぶつかってスピンした車に()ねられた、君の兄」

「やめてくれ!!」


なんでこんなことを言うんだ。聞きたくない。兄の死をむざむざと晒すように言った氷雨さんが許せない。


「なんだ、君の中に”怒り”はまだそんなにもあるじゃないか」


この人は…!一瞬で頭に血が上ったとき、パァンと頬を打つ音が聞こえた。


「ルン……何故、君が私を殴るのかな?」

「そら御子柴くんが優しいから私が代わりに殴ったに決まっとるやろ、ボケ。大人しく聞いとったらなんやねん。氷雨、あんたは神様にでもなったつもりか?いいや、神様でもなんでもない。ただの分別のつかん子供と一緒や!」

「そうですぞ氷雨氏!言って良い事と悪い事の区別もつかないでありますか!」


俺と氷雨さんの間に、佐久間さんとAFLOさんが入る。氷雨さんから庇うように、俺を背にして立つ佐久間さんとAFLOさんの姿を見て、氷雨さんが一瞬、悲しそうな顔をしたように見えた。


「君は、愛されているね。とても。憎しみや怒りを大きく上回る愛で包まれている。……羨ましいよ、本当に」

「氷雨さん…?」

「すまなかった。君の中から”怒り”を引き出すために、最低な手段を選んでしまった。申し訳ない」


深く深く頭を下げて、氷雨さんが謝る。


「少し、頭を冷やしてくる」


そう言ってスタジオから出てしまった氷雨さんの姿を見て、居ても立ってもいられなくなった。


「俺、ちょっと行ってきます!」

「御子柴くん、あんな女に気を遣わんくってえぇんやで」

「そうですぞ。ここで追いかけたらお人好し過ぎますぞ」


佐久間さんとAFLOさんから、追いかけなくてもいいと止められる。けど、氷雨さんのあの姿が、どうしても重なってしまって。


「それでも、行ってきます」


扉を開けて氷雨さんの後を追いかける。


「氷雨さん!」

「……君、なぜ追いかけてきたんだい?」

「それは……悲しい顔をしてたから」

「悲しい顔していたからなんだと言うんだ。そのためだけに君に酷いことを言った女を追いかけてくるのか?」

「はい」

「…!君を見ていると、自分の醜さを思い知るよ。……少し、昔話に付き合ってくれるかい?」


コクリと頷くと、氷雨さんは一呼吸して話し始めた。


「私の両親の関係は、私が物心ついた時にはとうに冷めきっていてね。家庭内別居のような感じだったんだ。両親とも一流の会社に勤めていて、それなりに大きい家に住んでいたけど、とても寒かったよ」


自分の過去を語る氷雨さんの顔は落ち着いていて、まるで他人の話をしているようだと思った。


「着る服も貰えたし、食事も三食不自由なく食べていたし、言えば好きな習い事もさせてもらえたし。言えばなんでもくれたけど、心から欲しかったものは、得られなかったんだ」


小さく背中を丸めて自分自身を抱きしめる様は、どうしても重なるのだ。両親に愛されなくて寂しいと言って泣いていた冬瑚に。


「愛を知らずに育った子供はどうなると思う?答えは、簡単に他人を傷つけるような人間になってしまう、だよ」


他の人がどうかは知らないけどね、と言いながら笑う氷雨さんは、涙は流していなかったけど、確かに泣いていた。


氷雨さんは「簡単に他人を傷つけてしまう」と言ったけど、本当にそうだろうか。俺には、人との付き合い方が苦手な子供のように見える。だからだろうか、こんなことを言ってしまったのは。


「氷雨さん、僕と喧嘩をしましょう」

「………は?」





~執筆中BGM紹介~

ソードアートオンラインⅡより「you are not alone」作曲:梶浦由記様

ユウキの最期のシーンで流れていた曲です。曲のタイトルがもう、もう…!

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― 新着の感想 ―
[良い点] す [一言] その曲は反則です( ᵕ̩̩ㅅᵕ̩̩ )思い出しただけで涙が…
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