天に向かう電車
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俺たちプロ側のお題は”喜怒哀楽”。佐久間さんが”喜”、俺が”怒”、氷雨さんが”哀”、そしてAFLOさんが”楽”をイメージして2分間のアニメーションに一人30秒ずつでBGMを作る。
「次決めるんは共通イメージ、世界観やな」
4人それぞれの役割が決まったところで、アニメの世界観について決める。番組が用意したアニメーションはウサギが電車の窓側の席に座って、外の景色をただひたすらに見ている姿が2分間流れ続けるというものだ。ウサギがどういう表情をしているのかも、窓の外には何が見えているのかも、何もわからない。そのため、曲を作る前に俺たち4人で世界観を共有しなければ、統一感のないバラバラなBGMになってしまう。
「あのアニメーションにはタイトルが付いていなかったでありますから、仮題として『ウサギ列車』としましょうぞ」
「せやな。その『ウサギ列車』の世界、どーなってると思う?私はウサギが家出したんやと思うねん」
「我もウサギは家出したのだと思いますぞ。家を飛び出して、咄嗟に電車に乗って。窓の外の景色を見ながら冷静になって自分の行動を省みるのです」
「お題の”喜怒哀楽”はどうするんですか?」
佐久間さんとAFLOさんが言った”ウサギの家出説”は俺たちのお題の”喜怒哀楽”を表現するには難しいような。
「衝動的な家出の後に反省しているときの胸中は”喜怒哀楽”が渦巻いているであります」
妙に実感の籠った言葉に佐久間さんがニヤリと笑ってAFLOさんに問いかける。
「それ、ちなみに情報源は?」
「もちろん我でござる!」
やっぱ実体験だったか~。あのウサギを自分の過去に重ねたんだろうな。
「御子柴君は?どんな世界やと思った?」
「俺は…」
ウサギが窓の外を眺めている姿に、ある物語を思い出したのだ。
「まるで『銀河鉄道の夜』のようだ、と思いました」
「宮沢賢治氏の作品ですな」
「つまりあの電車は天に向かう電車ってことね」
「はい。あのウサギは、最後に車窓から自分の人生を振り返っていたのだろうと、そう思いました。人生の”喜怒哀楽”を走馬灯のように見ていたのではないかと」
宮沢賢治作の『銀河鉄道の夜』は、簡単に言うと主人公の少年ジョバンニがカムパネルラと銀河鉄道に乗って旅をし、さまざまな人と出会う話だ。しかし、ジョバンニが旅で出会った人たちはこう言った。「私たちは天へ行くのです」「わたくしたちは神さまに召されているのです」「わたしたちはこんないいところを旅して、じき神さまのところへ行きます」と。徐々に車両から人がいなくなり、ジョバンニとカムパネルラの2人だけになった。2人は「ほんとうのさいわい」をいつまでも探しに行こうと約束を交わす。
気が付くと、隣に座っていたはずのカムパネルラはいなくなっており、目を開くとそこは草の上。どうやらジョバンニは眠っていたようだった。ジョバンニは家に帰る途中で、子供が川に落ちたという話を聞き、嫌な予感がして走って川まで向かう。すると「カムパネルラが川に入った」と聞かされた。川に落ちた人を助けようとして川に入ったのだと。そしてそのまま姿が見えないのだと。
「うん、うん…。いいね、それ。凄くいいと思う。あのウサギは天へと向かう電車に乗っているんだ。そして一人窓辺に座って自分の人生を振り返っている……。うん、これだ」
氷雨さんがしきりに頷きながら賛成してくれた。佐久間さんとAFLOさんも
「「それだ!!」」
と息ぴったりだったので、『ウサギ電車』の世界観は俺の意見で統一されることになった。その後に順番などを決めたところで、”喜”と”楽”、そして”怒”と”哀”で2つに分かれて作曲に取り掛かることになった。
サウンドクリエイターの先駆者と呼ばれる氷雨さんと一緒に仕事ができるなんて、前世でどれだけ徳を積んだんだ、俺。
まぁ、一緒に仕事と言っても作曲はそれぞれでするんだが。横を見ればカメラがばっちりと構えているので、それを見て少し浮ついていた心を落ち着かせる。全国に醜態をさらすわけにはいかないからな。
それから2日後。
学校から帰ってすぐに指定のスタジオで作曲を繰り返してあっという間に2日が過ぎた。そして今日は4人で互いに作った曲を聞き合う日。だいたい一人3、4曲作って持ってきている。30秒間だけなら少しは楽かな?と考えていたが、30秒間に何を詰め込むかが逆に悩ましく、作曲の手を止まらせた。本当は5曲くらい作りたかったのだが、実際にできた曲は3曲だけだった。
「まずは”喜怒哀楽”の”喜”である私の作ってきたBGMね」
佐久間さんが作ってきた曲は4曲。”怒”と対をなす感情の”喜”をどのように表現したのか、
1曲目、2曲目…と順調に進み、佐久間さんが用意してきた4曲全てを聞く。そして残る3人が感想を言っていく。
「どれも控えめ過ぎではありませぬか?人生を振り返って思い出す”喜”は、喜びはそんなものではないと我は思うであります」
と言ったのはAFLOさん。俺もそれは感じていた。
「そうですね。あんまり控えめな”喜”だと、俺の”怒”とバランスがうまく取れない、とも思います」
次に俺が感想というか、指摘をする。
「そうね……。これがルンの”喜”だと言うのなら、あなたはとてもつまらない人生を送ってきたのね」
最後に言葉のジャックナイフを放ったのは、言わずもがな氷雨さんだ。佐久間さんは真剣な表情で俺たちが今言ったことをメモしている。ちなみに今日の佐久間さんのコスプレは執事さんが着ているような燕尾服だ。眼帯はしていない。
「でも、そうね…。3番目の曲を下地にもう一曲作れるかしら」
氷雨さんが最後にそう言うと、佐久間さんが力強く頷いた。
「修正して持ってくる」
佐久間さんの”喜”がどう変わるのか、とても楽しみだ。仕事人の表情になっている佐久間さんを見てやはりプロなのだと確信する。
「次は”喜怒哀楽”の”怒”である俺の番ですね」
用意してきた持ってきた3曲を作曲の先輩である3人に聞いてもらう。
これが原因で、大喧嘩が始まるとも知らずに。
宮沢賢治作『銀河鉄道の夜』
みなさんタイトルはご存じの方も多いと思いますが、内容は知ってますでしょうか?今回、本当にざっくりと『銀河鉄道の夜』のあらすじを書きましたが、本当にざっくりです。本を読んだことがある方からすれば「世界一雑なあらすじだよ!」って怒られるかもしれません。ので、興味がある方は一度読んでみたり、ネットに転がっているしっかりとしたあらすじを読んでみてくだされ。




