番外編 晩飯
秋人の番外編です。時系列的には球技大会の後に智夏が焼き肉に行っていたあの日です。
『夜ご飯は食べて帰ります』
放課後、帰り道にスマホを見たら兄貴からのチャットが届いていた。球技大会があるとか言っていたから、打ち上げだろうか。香苗ちゃんも今日は仕事で帰りが遅くなるから晩飯はいらないって言ってたし、今日は冬瑚と2人だけだな。晩飯の量を少なくしないとな。いつも通りに作ったら4人分作ってしまいそうだ。
スーパーに寄るついでに通り道にある公園に向かう。そこで友達と遊んでいる冬瑚を回収するのが日課だ。……けど今日は違った。
「秋兄!津麦ちゃんの家で夜ご飯食べてってもいい?」
津麦ちゃん、とは冬瑚がいつも遊んでいる親友の子。あと兄貴の友達の妹でもある。
「田中さんのご両親は良いって言ったのか?」
冬瑚達に視線を合わせるために少し屈んで聞く。昔はこんなことはしていなかったのだが、兄貴がこうやって小さい子に目線の高さを合わせながら話しているのを見て、なんとなく真似ている。やってみてわかったけど、こっちの方が表情がよく見える。
「えぇ、うちは大丈夫よ。冬瑚ちゃんは良い子だもの。いつでも大歓迎」
そう言ってやって来たのは目元が津麦ちゃん、と兄貴の友達にそっくりな女の人。多分、お母さんだな。
「あ…初めまして。冬瑚の兄の御子柴秋人です」
「あらまぁ!礼儀正しいわねぇ。津麦の母です。いつも子供たちがお世話になってます、ふふふっ」
こういう、THEお母さんみたいな人と会ったとき、どうすればいいのかわからなくなる。自分でも笑えるくらい戸惑っているのがわかる。僕は兄貴や冬瑚と違って母さんと過ごした記憶もあんまりない。だから、どう接すればいいのか、何が正しいのかがわからない。
「そうだ!秋人君もよかったらうちで晩御飯食べてかない?」
「い、いえ!大丈夫です!」
「そう?遠慮しなくていいのよ?」
残念そうにする田中母をなんとか説得し、冬瑚を預けて別れた。さすがに妹の友達の家族のご飯に割り込む勇気はない。
「ってことで今日の晩飯は僕一人、か」
自分一人だけだと分かった瞬間に晩飯を作る気も無くなった。テキトーに総菜でも買って帰ろうか。いや、もうスーパーに寄るのも面倒くさい。
家にあるカップ麺でも食べようかと考えながら公園を歩いていたとき、見慣れた人物が一瞬見えたような気がした。振り返って見てみると、向こうのベンチに小学校からの付き合いの瑠璃が座っていたのだ。
……まさか、あいつ。
気になって近くに行ってみると、案の定ベンチに座ってすやすやと気持ちよさそうに眠っていた。
「瑠璃、瑠璃!起きろ瑠璃!冬に外で居眠りなんてすんな!」
「んみゃあ~。あ、秋ちゃんだぁ~。なんでここにいるの?」
「それはこっちのセリフ」
よく寝る奴だとは思っていたが、まさか冬に公園のベンチで寝てるだなんて思わなかった。
「瑠璃は寝てた~」
「知ってる」
「へへっ……あ、お迎えが来たみたい」
瑠璃はこう見えてお嬢様だから、使用人の人がこうして迎えに来るのだ。お嬢様が外のベンチで居眠りとかどうなんだ?改めて考えるとヤバいな。
「それじゃあ行こっか」
「…は?」
「うちにおいでませ~」
有無を言わさずにそのまま高そうな車に詰められて、なぜか瑠璃の家までやってきてしまった。とりあえず香苗ちゃんと兄貴に、冬瑚が田中家で晩飯を食べることと俺も友達の家で晩飯を食べていくことを伝えておく。こういうときスマホって便利。どれくらいかって言うと、おかず検索の次くらいには便利。
「君が秋人君だね。初めまして。儂は瑠璃の父の裕一郎だ。今はまだ裕一郎と呼んでくれ!」
「は、はぁ」
なぜ名前を強調するんだ?娘以外にお父さんと呼ばれたくない、とかかな。娘大好きだなぁ。
「まったく裕一郎さんったら。ごめんなさいね、秋人君。私は瑠璃の母の頼子です。お母さんでも頼子でも頼ちゃんでもいいわよ?」
愉快そうにそう言って笑う頼子さんはたしかに瑠璃にそっくりで、親子なんだなと思わせた。親子、か。僕は兄貴や冬瑚のように母さんにうまく話しかけられない。この親子を見ていると、自分の足りないものを見せつけられているようで、直視できなかった。
「御子柴、秋人です。今晩はご馳走になります」
「ゆっくりしていってね」
「自分の家だと思ってくつろいでくれ」
あったかい、な。この人たちは、とても。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
「お口にあって良かったわ」
「頼子さんが作ったんですか?」
「えぇ。実はそうなの。褒めてくれて嬉しいわ」
「お母さんは料理上手なんだよ~」
プロの味だった……。これを作れる頼子さんって一体なにものだよ。一度料理を作ってるところを見せてもらいたいくらいだ。
「秋人君は、本当に優しい色をしているのね」
目を細めて、頼子さんが僕を見て言った。瑠璃が人のオーラを色で見れることは知っていたが、どうやら頼子さんも見ることができるらしい。
「優しい色、ですか?」
そういえば昔、瑠璃にも同じことを言われたような記憶がある。優しくなんか、ないのに。本当に優しい人っていうのは、兄貴や冬瑚や香苗ちゃんみたいな人たちのことだ。僕が母さんとうまく話せない理由。それは過去のことが邪魔をするからだ。昔、母さんが家を出て行ったせいで兄貴が受けた酷いこと、冬瑚にずっと寂しい思いをさせてきたこと。その全部が許せない。だから、僕は優しくなんかない。
「秋ちゃんは優しい人だよ。自分以外の誰かのために怒れるところも、世話焼きなところも、叱ってくれるところも、全部全部、秋ちゃんの優しさなんだよ」
僕の、優しさ…。
「秋ちゃんの色は、赤や黄色やオレンジ…あったかい、秋の色だよ」
兄貴みたいに、優しい人にならなきゃいけないと思っていた。でも、瑠璃の言葉は、今の僕のままでいいよと言ってくれている気がした。ありのままの僕を、肯定してくれたような、そんな気がして。
「あれ…?」
なぜだか涙が止まらなかった。後から後から堰を切ったみたいに溢れてきて。戸惑う僕を瑠璃はそっと抱きしめてくれた。
その後涙が止まって冷静になると、瑠璃の両親の前で何をやってるんだと猛烈に恥ずかしくなった。
帰り際に「またいつでもいらっしゃい」と頼子さんが言ってくれたので、言わずにいようと思っていたことを、言ってしまった。
「料理してるところを、今度見せてもらってもいいですか?」
いつもの僕なら絶対に言わない言葉。多分、無意識に他人に壁を作ってたんだと思う。特に大人には。でも、この人たちなら。瑠璃のご両親なら信じられる。いや、信じたい、かな。
「見るだけじゃなくて、一緒に料理しましょうよ!」
「はい!」
家に帰ると香苗ちゃんに「おかえり」って言われて、僕のすぐ後に帰ってきた冬瑚が「ただいま」って言ってきた。
「ただいま、おかえり!」
~執筆中BGM紹介~
宇宙よりも遠い場所より「ハルカトオク」歌手:saya様 作詞・作曲:藤澤慶昌様
次回からは本編に戻ります




