みんな凡人
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『月を喰らう』第12話放送日後の学校。教室では毎週恒例と言っていいほどの会話がなされていた。
「俺、アニメを見て初めて泣いたよ」
「主人公が過去を思い出すシーン。あそこで俺の涙腺は崩壊した」
「家族を大切にしようって思ったよ…」
アニメのことを諸悪の根源みたいに毛嫌いする人種もいるが、そんな人たちに今の会話を聞かせてやりたい。我々は、アニメを通して命の尊さを学ぶのです。
「あのとき流れてた曲!すっごい感動的だったよね!」
「あの音楽作ったのって『春彦』って人なんだって!ネットに載ってた!」
「その人知ってる!正体不明の天才サウンドクリエイターって噂になってた」
「あんな素敵な曲を作るんだもん、きっと超イケメンよ」
「うちにもピアノめっちゃうまいヤツいるじゃん。陰キャだけど」
「ピアノ弾けても陰キャだし」
そこの女子、聞こえないと思ってたら大間違いだからな。一言一句余すことなく聞こえてるからな。春彦本人にぐさぐさ刺さってますよ。
「朝っぱらから噂されるなんて人気者だねーしばちゃん」
「おはよう、田中」
「はよ~」
半分瞼が閉じた状態で登校してきた田中。そういえば、と思い出したかのようにこちらを振り返る。
「前はエンディングで『春彦』の名前見つけたけど、今は見つけらんないのはなんで?」
「2話以降からはオープニングの方に載ってるからだよ」
「ほへー俺オープニングじっくり見たことなかったわ。次はよく見とくことにする」
「来週から新しいオープニング曲だけどな」
アニメのOP&EDは見ないという人は結構多いのではなかろうか。その時間はスマホをいじくって時間を潰したり、録画だったら飛ばしたりする人もいるだろう。しかし、これがなかなかに面白いのである。作品によっては1クール同じものを使っているものもあるが、時には話が進むごとに徐々に変化していくものもある。あれ考えてる人はすごい。そして作画を担当している人たちも本当にすごい。
何はともあれ約束の1週間に間に合って、ほっとした。これでようやくのんびりした生活に戻れる。この時はまだ、そう思っていた。
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放課後、学校からドリボに向かっている最中にスマホに着信が入る。香苗ちゃんから珍しく電話が掛かってきた。香苗ちゃんとは電話よりも直に会話する方が早いので、あまり電話を使わないのである。
「香苗ちゃん?ど、」
『夏くん!今から迎えに行くから学校の近くのコンビニで待ってて!』
と言うなり電話が切れてしまった。学校とドリボまでは距離が近いのですぐに来るだろうが、なぜ迎えに?何かあったのだろうか。
言われた通りコンビニで時間を潰していると、10分後くらいに香苗ちゃんが息を切らしながらやってきた。
「香苗ちゃんどうしたの?」
「ここじゃなんだから、車の中入ろうか」
そう言って歩き出した香苗ちゃんの背を追いかける。本当に何があったんだ?
車のドアを閉めるなり、香苗ちゃんが話しだす。
「『春彦』の正体を探りにマスコミやら野次馬やらがいっぱい会社の前にうろついてるの!」
「えぇ!?」
「ネットではあなたの正体暴きに躍起になっている輩がいるし、先日のチーム夏くんの補充人員の面接会場での姿が話題になってる。そりゃあマスコミも食いつくでしょうよ。正体突き止めた人はもはや英雄ですもの」
「大変だね」
「もぉー!夏くん!他人事じゃないんだよ!」
実際に見ていないからか実感がわかず、どこか他人事のように思ってしまう。
「当分の間はこうやって誰かが迎えに来て裏からこっそり入ってもらうからね」
「それはお手数かけます」
「夏くんが悪いわけじゃないから」
3分ほど車を走らせると、香苗ちゃんに屈んで外から見えないようにして、と言われたので言われた通りに足元に身を小さくして隠れる。
「もう大丈夫だよー」
「ふぅ。毎日これをやるのは面倒くさいね」
「まったくね」
裏からこそこそとドリボに入る。なんだか悪いことをやっている気分である。すると、前から五十嵐監督がやってきた。
「あー!みこちん!!なんていいところに!!」
相変わらず声が大きい。
「来週声優イベントやるのは知ってるよね?」
「えぇ知ってますけど」
「それに出てほしいんだ!!」
「……はい?」
「はひょっ。えっとその、」
「声優イベントですよね?なぜ一般人の俺に矛先が?」
もうわけがわからない。声優のイベントにこんな冴えない高校生が出てどうするんだ。
「みこちんに急ぎで作ってもらったあの曲、想像以上の反響だったよ」
「そう、みたいですね」
その曲のおかげでこうして裏からコソコソと入ってきたわけだし。
「それで、お偉いさんたちが、『春彦君も出しちゃおうよ!絶対その方が話題性がある!』って」
「ええぇ?なんですかそれ。俺に拒否権ないですよね?」
「えっと、まぁ、はい」
「ミヤちゃん?そんな話、聞いてないよ?」
ゴゴゴっと背中に炎を背負いながら監督を問い詰める香苗ちゃん。ていうか、香苗ちゃんも初耳だったんだ。
「私の可愛い夏くんをモノみたいに扱わないで」
「うぅ、すみません…」
「ミヤちゃんに言っても仕方ないんだけどね。嫌なら断っていいんだよ夏くん。私がどうにかするから」
俺がここで断ったら本気で香苗ちゃんはどうにかしてくれるんだろうと想像がつく。でも、それはきっと捨て身の行動だろうから。
「やります」
「ほんとに!?」
「その代わり条件が一つ」
ただでやる気はない。ごくりと監督が唾をのむ音が聞こえた。
「やるのは演奏だけです。それ以外は一切やりません」
あくまでも演奏だけ。メインは俺ではなくアニメであり、声優の方々である。さっきの監督の物言い的に、俺をトークショーにも出させるような感じだったが、それはしない。俺は俺の力で、曲で前に進む。
「わかった。上にもそう伝えとくよ」
「お願いします」
監督の背を見送りながら、香苗ちゃんがこぼす。
「子供の成長は早いね」
「素晴らしい親の背中を見て育ってるからね」
「それって私のこと?」
「香苗ちゃん以外に誰がいるの」
例え本当の親ではなくとも。本当以上の、繋がりができた。
「あー目から汗が…」
「はい、コレで拭いて」
目頭を押さえた香苗ちゃんにスッとハンカチを差し出す。
「うぅ、息子がイケメン過ぎる。お婿さんに行かないで~」
「気が早いよ」
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親子の会話がなされていたころ、とある一室は暗い雰囲気に覆われていた。
「天才って本当に存在したんすね」
「専門学校に通っていないどころか、まだ高校生なんで末恐ろしいよ。いや本当に」
「あれで作曲活動がまだ1年そこらって、やってらんないですよ」
あの面接に合格して正直自惚れていたところはある。そんな感情はこの1週間で崩れ落ちていったが。瀬川が静かに口を開く。
「この業界、天才ばっかりなのはわかっていたことでした。でも、その中で戦い抜く力が自分にはあると思ってたんです」
上には上がいる。当たり前のことに今さら気づいてしまった。気づかされてしまった。気づいてしまったらもう、立ち上がれない。
「そっか、瀬川君は作曲家志望だっけ?」
はい、と力なく答える。
「でも、自分には無理そうです。アレには敵わない」
アイツがただの天才だったなら、まだ憎むこともできたかもしれない。でも、アイツが努力していることも知ってしまった。天才が努力しなければ生き残れない世界で、凡人の自分はどうすりゃいいっていうのか。親の会社は倒産するわ、学費払えなくて学校中退するわ、憎めない天才に打ちひしがれるわ、ほんっとついてねーなー。
そのとき、犬飼さんの後ろのピアノの陰から何かが立ち上がった。
「佐川さん、だっけ?」
「瀬川です」
いつの間にか入り込んでいた人物、声優のカンナが苦労も知らなそうなお綺麗な顔でこちらを睨む。
「そう。あなたさっきから聞いていれば天才、天才と小うるさいけれど」
「小うるさい」
アイツと話しているときとは大違いじゃないか。なんだこの冷たい声は。
「私、天才って言葉、大っ嫌いなの」
「はぁ」
それを自分に言われても。嫌なら聞かなきゃいいのに。てかなんでこの人ここにいるんだよ。
「この世に天才の一言で片づけられるような安っぽい人間は一人もいないわ。いわばみんな凡人よ。狭川さんみたいに」
「瀬川です」
そんな説教じみたこと、声優という狭き門の中で活躍している天才に言われたくない。どうせ下々の凡人の気持ちなんてわからないだろう。
「今、あなたは何を思ってる?あなたの胸にはどんな感情が宿ってる?」
「はぁ?」
「アイツの、『春彦』の作曲する姿を見て、その曲を聞いた人々の反応を見て、どう思った?」
そんなもの、決まっている。
「悔しいよ。言葉じゃ言い表せないくらいに悔しいに決まってるだろ!」
「それなら戦いなさいよ!自分の持つあらゆる武器で!拳で!足で!」
「お前みたいな天才に何がわかるんだ!」
「100回以上よ」
「は?」
「役がもらえるようになるまで、100回以上はオーディションを受けた。だって才能なんて私には無かったからっ!だから努力してきたの!本気で頑張ってきたの!天才なんて言葉で私の今までの努力を踏みにじらないで!」
絶句した。苦労なんて知らないだろうと、当たり前のように考えていた。そんな情けない自分が悔しいし恥ずかしい。年下の女の子に怒鳴って、さらには諭されるとは。
「君の努力を侮辱した、ごめん」
「私も言い過ぎたことは謝るわ」
「・・・今からでも間に合うだろうか」
何を、と言わずとも伝わったようだ。
「当たり前よ。左川さん」
「瀬川です」
「すみません、遅れましたーってあれ?カンナ?」
「また来るわ」
「え?何しに来たの?」
「じゃーねー」
不思議な顔をしてカンナを見送る智夏君に宣言する。
「智夏君、いや『春彦』君。負けないから」
「望むところです……ちなみに何を?」
次回は声優イベントでの演奏会。