シンプルで、それ故に
『素人とプロはどっちが強い?』という人気番組(らしい)は毎週火曜のゴールデンタイムに放送されるバラエティー番組だ。いま撮っている部分は編集したものを流すが、勝敗を決めるときは生放送になる。
「続いては今回のテーマ”アニメーションBGM作曲バトル”の審査員をご紹介します」
司会の紹介で審査員が立つ。審査員は5人。有名なアニメ監督だったり、人気の歌手だったりと音楽関係者が揃っている。この5人の審査員と、視聴者投票で勝敗が決まる。
「バトル、恋愛、日常、ロボ……さまざまなアニメに欠かせない存在が今回のテーマであるBGM、バックグラウンドミュージックなんですね」
こっちに話が振られる気配は今のところないので少し気が抜けて、周囲を見る余裕が出てきた。戦うことが主旨の番組のため、いま収録している俺たちがいるスタジオのセットはボクシングのリングのようになっている。
「アニメを見ない人は聞いたことがない?―いえいえ、そんなことはありません。アニメのために作られたBGMはこの番組を始め、多くのバラエティー番組でもBGMとして使われているんです!」
そういえば、バラエティー番組を見たときに知ってるアニメのBGMが流れていたときは本当に驚いた。今となっては俺が作った曲もいくつかバラエティー番組で使ってくれているらしい。多くの人の耳に届いて嬉しい限りだ。きょろきょろと目立たないように周囲を見ていると、あることに気付いた。
……氷雨さん寝てない?
パッと見ると綺麗な姿勢で座っているだけに見えるが、目元にかかるくらいの前髪に隠れた目は閉じているし、お団子頭に刺したかんざしの髪飾りがゆらゆらと揺れている。つまり、わずかにこっくりこっくりと舟を漕いでいるわけだ。この状況で寝れるって、大物だなぁ、と一瞬感心するが、このまま放置というわけにはいかない。
俺と氷雨さんの間には佐久間さんとAFLOさんが座っているので、佐久間さんを肘でつついて氷雨さんを指さす。こんなときだが、なんだかジェスチャーゲームをしているようで楽しくなってきてしまった。
佐久間さんが寝ている氷雨さんに気付いて呆れたあと、俺の方を向いて力強く頷いてくれたので意図は伝わったようだ。佐久間さんが娘の方をじっと見つめるAFLOさんを肘でつつく…というかもはや脇腹に肘鉄を入れていた。無言でAFLOさんが痛みに悶絶している。そしてそれを見て楽しそうに笑っている客席のしーちゃん。……なんだこれ。
佐久間さんが涙目で無言の抗議をするAFLOさんにアゴで氷雨さんの方を見ろ、とジェスチャーを送る。そこでようやく隣に座る氷雨さんが眠っていることに気付き、俺たちにサムズアップしてきた。
AFLOさんが人差し指を出して、徐々に氷雨さんの脇腹に向かっていく。ま、まさか…!?氷雨さんの脇腹をつつくつもりですか!それってセクハラじゃ……いや、その前にそんな起こし方でいいんですか。内心ハラハラしながら行方を見守る。
もう少しで氷雨さんの脇腹にAFLOさんの指が到達する、というところで形の良い細長い手が、そっと添えられた。
あ、氷雨さん起きた。
氷雨さんがAFLOさんの指を掴みながらボーっとしている。まさか控室で俺が襲われたみたいな抱きつき癖がここで発動するのか!?しかもAFLOさんの奥さんと娘さんの前で!?俺と佐久間さんが全く同じ表情で焦っていると、氷雨さんがこっちを見た。そして自分が握ったAFLOさんの指を見て、ギリギリッと握り潰し始めた。なになに怖い。
AFLOさんはまた無言で悶絶してるし。客席のしーちゃんは楽しそうだし、奥さんと思しき人は司会者の話を聞いていてこっちに気付いてないし。
俺たちの方に向いてるカメラを回してるカメラマンさんの顔が怖いよ。見えないけど絶対怖い顔してる。
「皆さんにはこのアニメーション映像にBGMを付けてもらいます」
こっちでドキドキハラハラのジェスチャーゲームをやっている間に、アニメーション映像が流れることになっていた。危うく見逃すところだった。見逃しても後から見られるだろうけど。
1週間前から作曲に取り掛かっている素人側の4人は既にこの映像を見ているが、俺たちは初めてだ。どんなアニメだろうか。バトルシーン?それともほのぼのシーンとか、シリアスシーン?少しわくわくしながらモニターを見ていると、映像が流れ始めた。
それは予想とは違った。白、黒、茶のほぼ3色で描かれたアニメーションだったのだ。しかも場面転換も何もない。ただウサギが電車の椅子に座って窓の外の景色を眺める映像がひたすらと続くだけ。音はもちろん、セリフもない。ウサギが見ている外の景色も描かれていない。ただひたすらにウサギが一匹でポツンと2人席の窓側に座って外を眺めているだけ。
これは……。思っていた以上に難しい。ウサギが見ている外の景色や、ウサギの心情、その他すべてをBGMで表現しなければならない。シンプルで、それ故に難しい。
「この映像に皆さんにはBGMを作ってもらいます。挑戦者の皆さんのお題は”春夏秋冬”です。この映像にBGMだけで”春夏秋冬”を表現してもらいます」
なるほど、だからお題があるわけだ。
「プロ側の皆さんには挑戦者の方たちが考えたこのお題”喜怒哀楽”でBGMを作っていただきます」
あのウサギが電車に乗って窓の外を眺めている映像に、俺たち4人で喜怒哀楽をBGMで表現するということか。シンプルな映像だからこそ音楽が際立つし、なにより作曲者の個性が如実に表れる。
この4人で喜怒哀楽のパート分けをどうするか、どういう世界観で曲を作るかなど決めなければいけないことは多くあるが、俺たち4人の思っていたことは多分同じ。
楽しみだ。
今回の収録日が作中では日曜日で、次の土曜日までに曲を作る。そして放送日の火曜は生放送。
(日曜)収録・作曲開始→(土曜)作曲締切→(火曜)生放送。事前に撮って収録したVTRとそれぞれが作った曲を流し、最後に審査員と視聴者投票の結果で勝敗が決まる……といった流れです。わかりづらくてすみません。




