ライバル
2年生が終わったら登場人物紹介しよ~と思いながら一か月、二か月と過ぎていき…。作中ではようやく2月でごわす。
スタジオの巨大なスクリーンに参加者1人ずつの紹介VTRが映し出される。
最初は素人側の4人から。BGM研究家、作曲Yeah!Tuber、アニメサウンド大好き俳優、そして事故で片腕になった元ピアニスト。
俺が裏にスタンバイしたときに、ちょうど素人側の4人目の紹介VTRが流れるところだった。
「挑戦者4人目は、片腕の元ピアニスト、林道朔太!」
林道朔太……?ピアノのコンクールでよく会ってたあの泣き虫だった子と同じ名前だ。
「3歳のときからピアノを始め、コンクールでは数々の賞を受賞した華々しい経歴を持つ。しかし、10歳のときに交通事故に遭い、左腕を失くしてしまう。ピアニストとしての道はそこで断たれ、彼は人生のどん底にいた―――」
スクリーンに、彼がコンクールに出ていた時の写真が映し出される。
やっぱり彼だ。「次こそは俺が勝つ!」と毎回泣きながら挑戦してきた同い年の子。まさか俺がピアノをやめていた間に事故で片腕を失っていたなんて……。
「学校にも行かず、ずっと家に引きこもっていた彼に、一筋の光が差し込む。それは、たまたま目にしたアニメだった。それからは学校にも再び通い始め、持ち前の明るさを取り戻した。そしてアニメサウンドに興味を引かれる出来事が起きたのだ!」
コンクールの会場でしか顔を合わさなかったが、毎回話しかけて(怒って?)くれるので、俺は彼が好きだった。だからそんな彼が片腕を失ったと聞いて胸を締め付けられた。
「それはコンクールで自分を負かし続けたライバルの名前を聞いたことだった。ライバルとはもう戦えない。そう思っていたが、そのライバルはなんとアニメのサウンドクリエイターとして活躍しているではないか!」
コンクール、ライバル、サウンドクリエイター……ふむふむ。この条件にぴったり当てはまる人間に心当たりがありまくる。
「作曲について学び始め、片腕でもできると確信した彼の心には再び火が灯った。打倒、御子柴智夏!を胸に掲げて登場するのはこの人だぁー!」
やっぱ俺やないかーい!だから俺の登場が林道の次なのか!
プシュー!と白煙が噴射され、笑顔で出てきたのは、過去の面影を残す彼だった。
裏に設置された小さなテレビで、スタジオの様子を見る。緊張していたことすら忘れて彼の元気いっぱいな様子を確認してホッとする。きっとここに至るまでに想像もつかないくらいに苦しい思いをしたはずだ。あんな風にまた笑えるようになるまでにどれだけの努力を積んだのだろう。
まったく、とんでもない奴にライバル認定されたもんだ。これじゃあ、半端な仕事はできない。知らず知らずに口角が上がっていく。
「挑戦者たちに受けて立つのは、アニメサウンドの作曲家!プロの方々に登場してもらいましょう!1人目はさっき話題に出たあの人だ!」
やっぱダメだ。緊張してきた。こういうときは心が落ち着く人を思い浮かべよう。彩歌さん、香苗ちゃん、秋人、冬瑚……。努力も虚しく、耳から音声が入り込んでくる。
「一年前に『春彦』の名でアニメ界に突如彗星の如く現れ、世間を騒つかせた鮮烈なデビュー作が大人気アニメ、『月を喰らう』。作中のBGMを始め、ヒロインが歌う挿入歌『レクイエム』の作曲も手掛ける」
やめて!彗星とかじゃないから!世間様を騒つかせてなんかないから!嘘言わないでくれ!
「バトルアニメの次は打って変わって王道恋愛アニメのサウンドを手がけ、その多彩な音に多くの人間が驚かされた。そして名前を『春彦』から『御子柴智夏』に変えて手がけたのは、いま人気沸騰中の年末特別アニメ『みんな大好き!果物ちゃん!』のBGM!そして、歌ってみた、で話題のキャラクターソングの作曲も手掛けたのはなんと!狐のお面がトレードマークのこの人だぁ!」
恋愛アニメの方は局が違うのでタイトルは伏せてある。大人の事情ってやつだ。それにしても紹介の仕方が大仰すぎて、なんだか申し訳なくなってくる。ほんとは緊張で心臓が飛び出そうになってる小心者なんです…うぅっ。
プシュー!と白煙が噴射される音ともに、目の前のスクリーンが割れて、目の前が開ける。リハーサル通りに白煙を抜けて真っ直ぐに歩みを進める。一応サウンドクリエイターを代表してここに立っているのだ。カッコ悪い姿は見せられない。背筋を伸ばして堂々とする。
それにしても……カメラ多すぎでは?
ライトは熱いし、視線は刺さるし。林道から滅茶苦茶見られてるし。でも、チクチクするようなこの感覚はどこか心地良い。
決められた立ち位置に辿り着くと、佐久間さんの紹介VTRが流れ始めた。
「プロ2人目は、コスプレイヤーとサウンドクリエイター、二刀流のこの人だぁ!」
さっき裏で「二刀流って(笑)せいぜい二足の草鞋やろ」と佐久間さんが言っていたのを聞いていたので、同情する。これはもう紹介VTRではない。誇張VTRだ。
「コミケでコスプレイヤーとして名を馳せていた当時、趣味で作っていた自分のためのBGMをSNSに上げると、たちまち話題になり、アニメ業界にスカウトされた異色の経歴を持つ」
ほへぇ。自分のためのBGMってなんだろ?自分の曲を作ってた、ってことだろうか。
「数々の”異世界転生系”のアニメの作曲を手掛け、ついたあだ名は『異世界の音姫』」
佐久間さん裏で顔真っ赤にしてるだろうなぁ。…そういえば、さっきからその当時の写真がスクリーンに映ってるけど、俺のときはどうだったんだろう。一応顔はNGってことになってるから、狐面被った姿しか映ってなかったとは思うけど。裏で見とけばよかったなぁと後悔していると、誇張VTRを終えて、佐久間さんが登場した。騎士服を着て眼帯をした彼女の姿はライトに照らされてとても映えていた。
「『異世界の音姫』が地上波に流れるとか考えるだけで恥ずいわ」
「俺も彗星とか言われて恥ずかしいです」
横に並んだ佐久間さんが着いて早々ため息を零した。
次はAFLOさんのVTRだ。実はプロ側の4人の中で最も古参の人でもある。あ、客席にしーちゃんがいる。隣の女性は奥様だろうか。悲しいかな、しーちゃんは父の誇張VTRには見向きもせずに俺と佐久間さんに手を振っている。
それに気づいたであろうAFLOさんの登場したときの顔と言ったらもう。申し訳ないが少し笑ってしまった。
最後に番組側の本命である氷雨さんが登場して、参加者全員が揃った。
~執筆中BGM紹介~
美少女戦士セーラームーンより「ムーンライト伝説」歌手:DALI様 作詞:小田佳奈子様 作曲:小諸鉄矢様
昨晩は月の話題で盛り上がってましたね。




