出るだけ
誤字報告ありがとうございます!
「血の雨を降らせる」って書こうとして「血の海を降らせる」って誤字をするなんて。海を降らせたらそれはもう完全なる地獄絵図ですね~。
「ずぅっと君を待っていたよ」
サウンドクリエイターの先駆者と呼ばれているようなとてもすごい人が、俺を待っていた…?俺の存在を知られていただけでも信じられないのに。
「え…?」
「君の音に一目惚れしたってことさ。いや、この場合は一耳惚れかな」
「語呂悪すぎやろそれ」
氷雨さんと佐久間さんはけっこう仲が良いみたいだ。
「智夏氏。犬飼さんはご健勝かな?」
犬飼さんとはドリームボックスで共に音を作っている俺の師匠みたいな人だ。
「犬飼さんとお知り合いですか?」
「おっと、もしかして我のことについて何も聞いていないのですかな?」
「?」
何の話だろう?犬さんからAFLOさんについて聞いたことなんてあっただろうか。
「これはもう5年以上も前の話であります」
AFLOさんが目を閉じて拳を握り、抑揚を込めて突然昔話を始めた。これ聞かなきゃダメかな。しーちゃんもうんざりした顔をして俺の方にやって来た。
「我はあの当時、我こそが唯一絶対神であり、敵う者などいない、孤高の戦士と思い込んでいたのであります。今思えば井の中の蛙だったわけでありますな」
しーちゃんがスケッチブックをかばんから取りだして「いちごちゃん描いて!」と言ってきた。いちごちゃんとは冬瑚が声優を担当したあのいちごちゃんだろうと見当をつけて、受け取ったスケッチブックに輪郭を描いていく。
「粋がる小僧だった我を愛ある指導で導こうとしてくれたのがドリームボックスの方たちだったわけでありますな。つまり、ドリームボックスは我の古巣であり、智夏氏は我の後輩ということになるわけであります……智夏氏?聞いているでありますか?」
いちごちゃんの輪郭だけをペンで描いて、塗り絵風にしてしーちゃんにスケッチブックを返す。
「わぁ!きつねちゃんお絵かき上手だね~!」
「本当にお絵かき上手でありますな…じゃなくて!我の話を聞いていたでありますか!?」
「つまりドリボの先輩というわけですよね?」
「あ…聞いていたでありますか」
そういえば昔、犬さんに前任のサウンドクリエイターについて聞いた時に「我」が一人称の強烈な人がいたと聞いたことがあったような。
「犬飼さんによろしくお伝えくだされ」
「いやです」
「い、いや?」
俺に断られるとは思っていなかったのか、AFLOさんは目を白黒させている。
「自分できちんと犬飼さんに伝えてください」
「で、でも…」
大きな体でもじもじとしているAFLOさんは、まるで喧嘩して仲直りの仕方が分からない子供みたいだ。
「パパ、根性だよ。…っていっつもママが言ってるよ」
なかなか決断できない父の姿を見かねてか、娘のしーちゃんが母の口癖で背中を押す。
「そうでありますな。近々会いにゆきます、と伝えてくれるでありますか?」
「はい、喜んで」
「我は良い後輩を持ったでありますな」
「AFLOさんのことを先輩だと思ったことはないですけどね」
「……後輩が生意気であります」
AFLOさんは先輩というより先人という感じなのだ。それに先輩と言ったらどうしても学校の関係をイメージしてしまう。
その後スタッフが今日から一週間かけて行われる番組撮影のスケジュールや、一通りの流れを確認していく。
俺たちプロ側の流れはだいたいこうだ。
・参加人数4人
・番組が用意したアニメーションにBGMを作る
・BGMにはお題がある
・1週間以内に曲を作成する
一方で一般公募で選ばれた素人側は少し違う。
・参加人数4人
・番組が用意したアニメーションにBGMを作る
・BGMにはお題がある
・プロ側のBGMのお題を決めることができる
・2週間以内に曲を作成する
という流れらしい。つまりもう1週間前から素人側の人たちは作曲をしているらしく、時間的ハンデが与えられている。
ここまでで一つわからないことがあるので、先ほど案内してくれたスタッフの人に質問する。
「BGMのお題ってどういうことですか?」
「それはスタジオに着いてからのお楽しみということで」
この人ほんとに教えてくれないな。こういうのが格好いいとか思ってるのだろうか。やられた方はただイラっとするだけなんだけど。
「私はもったいぶられるのが嫌いでね」
「はい!すみません!なんでも話します!」
逆に気持ち良いくらいのこの態度の変わりようと言ったら。なにはともあれ氷雨さんのおかげでBGMのお題の疑問が解けそうだ。
「番組で素人側に出したお題は”春夏秋冬”です。アニメーションの映像と、この”春夏秋冬”というお題に沿って作曲してもらっています」
「つまり一人は春、一人は夏、って感じで4人で役割を分担してるってことですか」
「そういうことです。”春夏秋冬”は番組で出したお題ですけど、氷雨さん達プロ側のお題は素人側が出します」
「ほほぉ?なかなか面白そうじゃないか」
ニヤリと口の端を上げて笑う氷雨さんから壮絶な色気が。AFLOさんなんか咄嗟にしーちゃんの目を塞いでいる。賢明な判断です、AFLOさん。
「では、我々もそろそろ向かおうか!」
こういうのはスタッフの人が言って先導してくれるのでは?と思ったが氷雨さんがあまりにも当然のように先頭に立つのでその疑問も消えてしまった。
舞台袖に移動し、あまりのセットの豪華さに唖然とする。事前にスタッフの人から「登場シーンはド派手にするんで!」って言われていたが、まさかここまでとは……。
「それではまずは素人側からの挑戦者をご紹介!」
スタジオの照明が落ちて、カラフルなスポッドライトがぐるぐると駆け巡って会場を煽る。少し古めな演出だが、客席の盛り上がりは凄まじい。
一人ずつ紹介VTRが入って、ライトに照らされて白煙が立ち込める中、挑戦者が登場する。
「こんな感じで登場するんですか?」
「はい」
えぇ!?無理無理無理。うっ…あそこから登場すると考えただけで口から心臓が飛び出そうだ。
「御子柴さん、佐久間さん、AFLOさん、最後に氷雨さんの順で登場してもらいます。タイミングはこっちで合図するのでただ出るだけで大丈夫ですよ」
いや、出るだけって。その出るだけがめちゃくちゃ緊張するんですけど?しかも紹介VTRまで作ってるなんて…恥ずかしぃぃいぃいいいい!でも!これもツキクラの映画の番宣のため!ひいてはドリボの皆のため!腹を括れ!俺!
「御子柴さ~ん、こちらにスタンバイお願いします」
「ひゃ、ひゃい!」
~執筆中BGM紹介~
だがしかしより「Checkmate!?」歌手:MICHI様 作詞:RUCCA様 作曲:藤田淳平(Elements Garden)様
一晩経てばタッチパッドも機嫌を直してくれるかと思いきや、うんともすんとも言いませんわ。もうど~にでもな~れ。




