間に合ってます
サブタイトルが「間に合ってます」なのに予約投稿ミスってるのに直前に気付いて危うく「間に合ってません」になるところでした。ふー、危ない。
鈴木が考案した俺たちA組のクラスTシャツ。着ることを拒否するのも当然できたのだが、考えてくれた鈴木が可哀そう…などと思ったのではなく、単にお金を出したのに着ないのはもったいないという理由だった。それに半袖のTシャツなので上からジャージを着るから対外的にも問題ない。
「お前らジャージ脱げよ~せっかく作ったのによ~」
「やだよ。お前めちゃくちゃ視線集めてるぞ」
制作者の鈴木一人だけがこの寒さの中でジャージを着ずに半袖のクラスTシャツを着ている。意地でも上に何も着ない気だな。
「女の子の視線を一身に浴びるとか最高だろ?」
「クスクス笑われながら見られてるだけだ」
「いやそんなはずはない!さっきだってカンナさんから「いいセンスね」って言われたし~」
前々から思ってたけど鈴木って…
「鈴木って愛羽さんと仲良さげじゃね?なんで?」
俺と同じことを井村も考えていたようだ。修学旅行とか噂が流れたときとか、二人の間に多少なりとも接点はあったが、カンナが名前で呼ばせるほどの仲だったとは。
「あーそれは…」
鈴木が一瞬チラッと俺の方を見た、ような気がした。
「?」
なんだろう。
「まぁ色々あったんだよ」
「なんだそれ」
「いっつもぺらぺらと聞いてもないことはよく喋るのに、こういうことは濁すんだね」
「御子柴怒ってる?”顔面キャッチが十八番”って書いたのまだ根に持ってる?」
とりあえず返事の代わりに、にっこりと笑っておいた。鈴木が言うには悪役みたいな笑顔だったらしい。
審判の先生がぬるっと試合開始の合図を告げる。
「いまから~A組VSF組のドッヂボールの試合を始める~。顔面はセーフだけど怪我すんなよー」
最後の一言を言うときだけ俺を見て言っていたような。顔面キャッチは十八番でもなければわざとでもないのに。
「なんで一人だけ半袖なんだ?」
「背中に変なの書いてあったの見たよ」
「もしかしてクラス全員、あんなTシャツ着てんのか?」
F組の人たちがざわついている。それを見て鈴木が俺たちに言った。
「なぁみんな本当にジャージ脱がねぇの?」
しょぼーん、の顔文字みたいな顔で鈴木が言うから、さすがに良心が痛んできた。
「はぁ、ったくしょうがねぇなぁ」
やはり一番最初にジャージを脱いだのは、井村だった。その背中には「小動物には赤ちゃん言葉の井村です」と書いてあった。へぇ~。
次に玉谷がジャージを勢いよく脱いで、どこぞのヒーローのごとくジャージを放り投げた。自分で投げたジャージを自分で拾いに行くその背中には「遠距離恋愛のことなら玉谷にお任せ」と。玉谷…。
玉谷の背中を見てしんみりしたところで、次にジャージを脱いだのは田中。その背中には「実は田中はシスコンだってばよ!」って。合ってる合ってる。ついでに言うとシスコンでもありブラコンでもあるけど。俺もコレが良かったな。
俺もこっそりとジャージを脱ぎ、体育館の隅に畳んで置いておく。あー背中に視線を感じるよー。「顔面キャッチが十八番の御子柴です」が見られてる…。
潔く男子達はジャージを脱いだが、女子はまだためらっている。そんな中で、香織が女子の中で一番初めにジャージを脱いだ。その背中には「香織ちゃんのお通りだぁ!」と書いてあった。どうやら女子は下の名前らしい。
次に香織に促されてエレナがジャージを脱いだ。背中には「教室の場所が覚えられないエレナちゃんです」と。いまだに玄関でクラスメイトを見つけて一緒に教室まで来てるもんな。もう覚えられないんじゃなくて覚えようとしてないんだろ。
結局なんだかんだ言ってクラス全員がジャージを脱いでクラスTシャツになった。他のクラスはどこもジャージのままなのでかなり目立つ集団である。
「み、みんな…!ありがとう!本当にありがとう!」
全員がクラスTシャツになった姿を見て半泣きになりながら礼を言う鈴木の肩を井村が掴む。鈴木の反対側の肩を玉谷が掴んで、それに倣って俺と田中も肩を組む。そうして円が出来上がっていき、クラス全員で円陣を組んだ。
井村が円陣を組んだ全員に聞こえるように声を張り上げる。
「ヨシムーの財布を空にするっていう目的で昨日はそれぞれ頑張って、ソフトボールは男女ともに一位を取ったし、他のチームも2位、3位とかなりの高順位を取った。去年ボロ負けしてたのが嘘みたいだ」
それぞれが去年の惨敗具合を思い出して苦笑する。
「ここまで来たら、ヨシムーの財布とかどうでもいい!俺たちで!A組で!勝ちたい!優勝したい!そうだろ?」
「「「おー!!!」」」
「総合優勝するぞー!!!」
「「「おぉぉぉおおおおー!!!」」」
もうすぐ受験生とか、学期末試験とか、そういうのは一旦忘れて目の前の球技大会を本気で楽しむ。円陣を終えてバラバラになった後に、玉谷の肩をポンポンと叩く。
「鈴木に悪気は…なかった……と思うんだ。それ考えたの冬休みの間って言ってたし」
「わかってる。俺も冬休み中は別れることになるなんて思ってもみなかったから…。いいんだ、俺、外野だからさ」
最初から外野の3人はビブスを着る決まりなので、背中の文字が隠れる。最初から外野の3人はそのまま敵チームにボールを当てても外野に居続けるため、背中の文字が途中で晒されることもない。
「玉谷…。お前いいやつだからさ。すぐにいい人見つかるよ」
「御子柴、お前もな」
あ、俺は可愛い彼女がいるんで間に合ってます。なーんて本当のことを言ったらタコ殴りにされそうなので大人しく黙っておくことにする。沈黙は金なり。
審判の笛が鳴って、試合が始まった。俺は内野スタートのためビブスは着ていない。ドッヂボールが苦手な人は基本内側にいて、そのほとんどが女子なわけだが。
「御子柴君、もっと真ん中に行って」
「そうそう、私たちが守るから」
さらに女子に囲まれて守られているのが俺なわけである。解せぬ。
「いや、俺は大丈夫だから…」
「昨日ボールぶつかってたでしょ?」
「そうだよ、危ないよ」
昨日の顔面キャッチで倒れた姿が女子の庇護欲を掻き立てたのか、守ろうとしてくれている。気持ちは嬉しいし、正直女子の方がボールを取るのはうまいかもしれないけど、俺だって男だから。
「大丈夫だよ」
守ろうとしてくれた女子たちの前に出る。でも、顔面キャッチをしないとは言い切れないので買ったばかりの眼鏡はポケットの中にしまっておく。
眼鏡を外して幾分か開けた視界でボールを追いかける。
「チーちゃん、前に出たからにはしっかりとボールを取るの。わかった?」
「当然」
開始早々敵チームの3人を外野に送ったエレナが隣にやってきた。
「じゃああの人、私に当てる気満々みたいだから、守ってね」
「わ、わかった」
エレナが示した方を見ると、敵チームの内野の男子が確かに隣のエレナに狙いを定めていた。
――――来る!
ボコォッ!という間抜けな音が響き、俺の胸に当たったボールが宙に浮いた。
「まぁ、チーちゃんにしては頑張ったわ」
俺がキャッチしようとして失敗し、当たってしまったボールが床に落ちる前にサッとキャッチしてくれるエレナ。当たったボールが床に落ちる前にキャッチできればセーフなので、助けられた。
「次こそは取るよ」
「それでこそチーちゃんよ」
第一試合はエレナや玉谷の活躍によりA組の勝利で終わった。この試合中、俺は3回ボールをキャッチしようとして、3回とも失敗した。次こそは…!
~執筆中BGM紹介~
HUNTER×HUNTER(2011)より「departure!」歌手:小野正利様 作詞:羽場仁志様 / TEAM HUNTER様 作曲:羽場仁志様




