15センチ
◇球技大会のおさらい◇
一日目はソフト、バスケ、バレーで男女別にA組内でチームが分かれます。そして二日目はクラス対抗のドッヂボールです。一日目と二日目のクラスの戦績で総合優勝が決まります。
現在一日目。
「……誰にでも優しいわけじゃ、ないんだよ?」
「え?」
その言葉の真意を聞く前に、香織が俺との距離を縮めてくる。
「―――――ねぇ、智夏君」
あれ、なんか近いな…。だいたい15センチの定規くらいの距離かな。パーソナルスペースって人それぞれだからこういうこともある、のか?
寝起きで頭の回転が遅くて、情報をうまく処理できない。
おーけー。まずは見えているものの情報を整理しよう。ここは保健室で、俺はソフトボールの試合中に顔面キャッチしてここに運ばれてきた。そして多分香織は心配で付いてきてくれた。そしてその香織はいま俺がいる保健室のベッドに片膝を乗せて15センチ…もないくらいの距離にいる。なるほどわからん。なにがどうしてこうなったんだ?
思考も動きも止まった俺にだんだんと香織が近づいてくる。正確に言うと、香織の手が。手が近づいてくると反射的に目をつぶってしまうのは過去のことが原因か。香織が俺に何かするわけでもないし、と自分に言い聞かせ、瞼をこじ開ける。すると視界には見慣れた眼鏡のフレームが。
「眼鏡やっぱり歪んじゃったね」
「……へ?あ、あー。そうだね」
どうやら香織は眼鏡をかけてくれたようだった。眼鏡を外してみて見ると、フレームは歪んでいるし、レンズにはヒビが入っている。これは新しいのを買わなきゃだめだな。
「拾ってくれてありがと」
「どういたしまして!友達だからね!―――いまは、まだ」
「なんか言った?」
「ううん?なんでもないよ」
友達だから、の後に何か言った気がしたのだが。どうやら答えてくれる気はなさそうだ。
「香織、試合は、」
「あ!しばちゃん起きてる!」
「聞いてくれよ御子柴!」
「鈴木ずりぃぞ!俺に言わせろ!」
試合はどうなった?と聞こうとしたら、田中、鈴木、玉谷、そして後ろから呆れ顔で井村がぞろぞろと保健室に現れた。
「勝ったよ、御子柴」
「…!まじで?」
「まじまじ」
「なんで井村が言っちゃうんだよ!」
「そーだそーだ!」
「フライング反対!」
まさか本当にソフトボールで優勝するとは……。これは球技大会総合優勝もいけちゃうんじゃないか?たしか女子ソフトもA組が優勝してたし。ていうか、ここでそんなに騒いでたら…
「あなたたち?ここは保健室なのよ。騒ぎたいなら校長室に行きなさい」
「「「すみません」」」
教室に、ではなく校長室に、と言ったあたりに保健室の先生の本気が窺える。
「御子柴大丈夫か?」
「鼻、痛そうだな」
「痛くないから平気だよ」
頭痛とか、体の内側の痛みなら感じられるようになったけど、外側からの痛みは感じないまま。特に不便も感じないので俺は大して気にしていないけど。この場で俺が痛みを感じないと知る田中と香織は表情が固い。
自分では全然平気なのに、2人に痛そうな顔をされるとどうしていいのかわからなくなる。俺と田中、そして香織の重い雰囲気に他の面々が押し黙ったとき、保健室の先生がパンパン、と手を鳴らした。
「ほら、見舞いは帰った帰った。御子柴君、これから病院に行くから勝手に帰らないでね?」
「え、病院?」
病院という単語を聞いてその場にいた全員が驚く。
「倒れたときに頭打ってるから一応ね。親御さんには連絡しといたから、病院で会えると思うわ」
あっちゃー。せっかく今日は香苗ちゃん一日休みだったのに。申し訳ないことをしてしまった。
「じゃ、しばちゃんまた明日な!」
「明日のドッヂボールでも優勝して総合優勝な!」
「ヨシムーの財布を空っぽにするぞ!」
「智夏君、お大事にね」
こうして愉快な男子達と心配してくれた香織と別れて、保健室の先生と一緒に病院に向かった。幸い、脳に異常はなく、そのまま迎えに来てくれた香苗ちゃんと一緒に家に帰った。
その日の晩のこと。
心配して腕にくっついて離れない冬瑚の頭を撫でながら、香苗ちゃんから仕事の話をされた。俺と、そして冬瑚の。
「夏くんにテレビ局から出演の依頼が来ています。それも熱烈に」
「テレビ!?すごいね夏兄!」
「そして冬ちゃんにもテレビ出演の依頼が来ています」
「冬瑚も?夏兄と一緒に出るの?」
「別々よ」
冬瑚がテレビに出ようものなら、危ない人に目を付けられないだろうか。不安になって冬瑚を膝に乗せてギュッと抱きしめる。
「夏兄どうしたの?」
「誰にも奪われないようにしてる」
「香苗ちゃん、冬瑚にテレビ出演の話って、あの果物のやつ?」
秋人は毎回アニメのタイトル覚えないな。わざとか?それとも興味ないだけなのか?
「果物のやつって……『みんな大好き!くだものちゃん!』の歌とダンスが小学生を中心にSNSでバズってるらしくてね。テレビで歌ってほしいんだって。冬ちゃんはどうしたい?」
「冬瑚は…」
この判断が後々自分の人生を大きく変えるかもしれない、ということを幼いながらに理解しているのか、必死に考えている。
「冬瑚はね、大きくなったら何になりたい、とかまだ決まってないし、やりたいこともいっぱいあるの。でも、今は衣吹ちゃんとかハルト君達に会いたいから、テレビに出たい……けど、ダメかな?」
心配そうに俺たちを見てくる冬瑚の頭をよしよしと撫でる。
「冬瑚のやりたいようにやればいいんだよ。俺たちは冬瑚の決めたことを全力で応援する」
「ほーにん主義ってやつ?」
「あら冬ちゃん難しい言葉を知ってるのね~」
「えへへ」
「でも放任主義ってわけじゃないわよ?冬ちゃんもまだ子供だから、ちゃんと見てるし、ちょこちょこ口は出す!」
「うん!よろしくお願いします!」
犬だったら尻尾をぶんぶん振りそうなほどに嬉しそうな冬瑚が可愛い。可愛いオブ可愛い。
「次は夏くんの話ね。△△テレビの『素人とプロはどっちが強い?』っていう番組知ってる?」
「知らない、けど」
タイトルからもう嫌な予感が。なにその悪趣味な番組。見てる人はいるのだろうか。
「結構人気の番組らしいの。そこのスタッフからサウンドクリエイターの『御子柴智夏』へ正式に出演のオファーがうちに来てね~。もちろん夏くんはプロ側の人として呼ばれてる。夏くんが嫌なら出なくてもいい!」
俺の判断に任せると断言してくれたわけだが。冬瑚のときと違ってなんだか隠し事がありそうな表情だ。さっき熱烈なオファーとか言ってたし、それに△△テレビは『ツキクラ』が放送されていたテレビ局だ。
「俺がその番組に出たら、宣伝ができるね。映画の」
「……全くその通りです」
より多くの人に『ツキクラ』を知ってもらう絶好のチャンスだ。目立つのはあまり好きではないけれど、これは仕事だから。
「出演の依頼、受けるよ」
「夏くぅん!!」
膝で抱っこしていた冬瑚ごと香苗ちゃんに抱きしめられた。
~執筆中BGM紹介~
BORUTO-ボルト-NARUTO NEXT GENERATIONSより「BAKU」歌手:いきものがかり様 作詞・作曲:水野良樹様
耳に残るんですよねぇ…




