優勝したら焼肉
今回から冬休みが明けて新章「球技大会編」スタートです。そのまんまの意味ですね、はい。
Luna×Runaの2人と作った曲『星屑の軌跡』が今年の夏に公開予定の『月を喰らう』劇場版の主題歌に選ばれたこともあって、冬休みが明けても頻繁にドリボに出入りしている。
冬休みが明けてから、もとやんは学校に来てくれた。右頬に湿布を張って、髪は金髪のままだったのでヤンキーかな?と一瞬思ったのだが、話を聞くとどうやらうまくいったらしい。
「両親に今まで思ってたこと全部ぶちまけたら泣きながら謝られて。そしたら弟に「僕だって兄さんが羨ましかったよ!」って言われて初めて兄弟喧嘩をしまし…した」
それでスッキリしたらしく、もとやんの顔は晴れ晴れとしており、目も光を取り戻していた。まだ多少のぎこちなさを残しながらも両親と今後の話をしたらしく、急に「自分の好きにしたらいい」と言われて戸惑っている様子だったが、これからゆっくり自分のやりたいことを探していくと、もとやんは笑っていた。
「お前ら席につけ~」
「「「うぇ~い」」」
ゆるい返事で各々席に着き、担任の吉村先生が相変わらずダルそうに…ではなく珍しくシャキッとして話し出した。
「冬休みが終わって、次は何がある?」
「抜き打ちテストー」
「それは終わった」
「球技大会ー」
「その後だ」
「卒業式?」
「そうだ。お前らに残された楽しい時間もあとわずかだ。卒業式が終わって4月になればお前らは晴れて高校3年生だ。つらくて苦しい受験生だな」
受験生という言葉に皆一様に表情を暗くさせた。
「高校受験のときはここにいるやつら全員ライバルだったけどな、今は受験戦争に共に立ち向かう仲間だ。互いに助け合って全員で笑って卒業するぞ」
普段と違ってあまりにも先生らしいことを言うものだから、教室中がシーンと静まってしまった。卒業…か。あと1年もあると思っていたが、もう1年しかないんだな。この連中とつるむのも残り1年。卒業というものにいままで実感がわかなかったが、こうして終わりを突きつけられてやっと身に染みてきた。
「寂しいな」
ぽつりと漏れた声は、静まり返った教室に思いのほか響いた。
「し、しばちゃーん!!」
「御子柴ー!!」
「うわっ」
「うわってなんだよ~。可愛いこと言ってくれるしばちゃんへの愛情表現だろ~」
「うっっっわ!」
「力いっぱい気持ち悪がるのやめれ」
田中と鈴木が満面の笑みで両手を広げてこっちに振り返った姿はちょっと、いやかなり鳥肌ものだった。腕をさすっていると、周りのみんなが笑っているのに気づいた。香織が鼓舞するように席を立って言った。
「こうやってみんなで笑って卒業したいよね!」
「そうそう。俺たちなら受験乗り越えられるって」
「みんなで受験がんばろー!!」
「「「おー!!!」」」
おー!と一緒に声を挙げたはいいものの、俺はまだ進路が決まっていない。自分が何をしたいのか、何になりたいのかすらわからないまま、時間だけがただひたすらに過ぎていく。それはまるで俺だけがここに取り残されたようで、焦りが募っていった。
「で、だ。3年生になったら楽しいことはなんもないからな」
「ヨシムーそれは言い過ぎじゃね~」
「あぁ?事実だろうが。だから2年生の最後をめいっぱい楽しむんだろうが。お前ら球技大会で優勝したら焼肉おごってやるよ」
「「「…え、えー!?」」」
「今までそんなご褒美一回もなかったのに?」
「アイスとかジュースじゃなくて焼肉?」
「本当にいいの?お財布空っぽになっても知らないよ?」
「大丈夫だ。頭脳派のお前らが優勝するとは思ってないから」
「ひでぇー!!」
「くっそ、こうなったらヨシムーの財布を空っぽにするために球技大会優勝するぞー!!」
「「「おー!!!」」」
「本音と建前が逆だぞお前ら」
受験がんばるぞのときより大きい声を挙げながら一致団結する。こうして教師のファインプレーにより受験前に楽しいイベントが増えたのだった。
「球技大会の競技は全部で4つ。ソフトボール、バスケットボール、バレーボール、そしてクラス全員参加型のドッヂボール。去年はボロ負けもいいところだった。けどあれはくじ引きで出る競技を決めたからだ!今年は焼き肉がかかってるからな。一人一人の能力に合った競技を選ぶことにする」
クラス委員の井村が嬉々としてクラスを仕切っていく。ちなみに俺が去年出た競技はバスケットボールと強制参加のドッヂボール。何度顔面にボールを喰らったことか…え?ドッヂボールだけじゃなくてバスケットボールも顔面キャッチしましたけどなにか?鼻血出ましたけどなにか?
「まずは女子からな~相沢はソフトボールで―――」
「香織ちゃんはバスケね」
「任せて!」
ふんす、と気合十分に返事をする香織。視野が広く周りが良く見えている香織にはぴったりの競技じゃないだろうか。
「エレナちゃんはソフトボールで!」
「よろしくてよ」
昔のエレナのわんぱくっぷりを思い出して本当にぴったりの人選だと思い直す。ホームラン王に輝くエレナの姿が目に浮かぶ。
「じゃー次男子なー俺はソフトボールで―――」
「鈴木はソフトボール」
「田中ーソフトボール」
お、これはもしや。
「御子柴はソフトボール」
ソフトボールは野球経験者とチームワークがよさそうなメンツを選んだらしい。決して仲が良い奴を同じ競技にしたというわけでは…ない……のか?
「なぁしばちゃん」
「なんだよ田中」
「ソフトボールはな、グローブでボールをキャッチする競技だぞ」
「それくらい知ってるけど」
いまさらなんだ?と怪しんでいると田中が俺の肩にぽんと手を置いて言った。
「いや、ぷふっ、去年みたいに顔面でキャッチするかと思って、ぶふっ」
「顔面に気を付けるんだな」
「えぇ!?お前まさか俺の顔面めがけて送球するつもりか…!」
「顔面に気を付けるんだな!」
こうして和やかに球技大会本番を迎えた。
~執筆中BGM紹介~
ダイヤのAより「Go EXCEED!!」歌手:Tom-H@ck featuring 大石昌良様 作詞:hotaru様 作曲:Tom-H@ck様
――――もとやん兄弟の喧嘩――――
「なっ…!父さんたち陰で兄さんのことそんな風に言ってたのかよ!っざけんなよ!」
「なんでお前がそこまで怒るんだよ」
別にお前が悪く言われたわけでもないのに。不出来な兄に比べてこの弟は優秀だし。庇う理由がない。
「だって!兄さんは悔しくないのかよ!?俺は兄さんのそういう何もかもため込むところが大っ嫌いだよ!」
たいして仲が良い兄弟とも思っていなかったが、大っ嫌いと面と向かって弟に言われると傷つくものなんだな。
「あ…んー!!もう帰る!!」
「帰るってここ家だけど」
急に泣き顔になって意味不明なことを言いだした弟(小6)。
「うるさいっ」
弟の肩を咄嗟に掴んだ俺の手を振り払おうと、弟が手をはじこうとして…
パシッ
俺の右頬に当たった。じんじんするが、いまはそれどころじゃない。
「どうしたんだよ?なんでそんなに怒ってるんだ?」
「それはっ!兄さんが俺のこと羨ましいとかいうから!俺の方が兄さんのこと羨ましがってたもん!」
「???」
「兄さんのこと…その…大好き、だし」
「?????」
「もう帰る!」
と言い残すと弟は部屋に戻っていった。‥‥‥‥え?なにいまの。弟が可愛く見えたんだけど。あれ?弟ってこういう生き物だっけ?
混乱を極めたもとやんの頭はこの出来事を兄弟喧嘩として処理したのだった。




