なんのために
ちょいと重めの話です
1月2日の昼下がり。俺は彩歌さんと、紹介された往来の少ない神社に二人でやって来た。いわゆる初詣デートというやつですね、はい。
「智夏クン。真ん中の道は神様の通り道なので我々は端っこを歩くっスよ」
「そうなんですね」
2人で端っこを歩きながら、こじんまりとした鳥居の前までやってくると彩歌さんがぺこりと軽く会釈をしたので俺もそれに倣う。去年の初詣は作法関係なしにやっていたので、神社に入る前から作法があるなんて驚いてしまった。
このまま本殿に行くのかと思いきや、彩歌さんは参道から出て水の出ている場所に向かった。なんだろう、ここ……。近くの立て札を見ると『手水舎』と書いてあった。文字から察するに手を清める場所だろうか。
「ひしゃくで手と口を清めるんスよ」
そう言うと手袋を外してひしゃくと言った木製のお玉みたいな道具を使って彩歌さんが手に水をかけていく。俺も手袋を外して見様見真似でやってみる。
「つっめた!」
「でも冷たい方が清められてる感じしないっスか?」
「そうですか?」
滝行とかの心理だろうか。初詣に行くのが人生で2回目の俺はまだまだ修行不足ということか。
参道に戻り本殿で参拝をする。これは作法の説明が看板に書いてあったので彩歌さんと同じタイミングで2礼・2拍手・1礼をする。
家内安全。今年一年家族が健やかに過ごせますように。あ、あと友達もみんな健康で過ごせますように。彩歌さんの健康長寿は何卒よろしくお願いします、神様。最後に…母さんの具合が良くなりますように。
図々しいくらいに神様にお願いをして、来た道を戻る。
「神社って日頃の感謝を伝える場所らしいっスよ」
うろ覚えの記憶だけど、と言って彩歌さんが教えてくれた。その言葉に頭を抱えたくなった。
「めちゃめちゃお願いしちゃったんですけど。神様に「こいつうぜぇww」って思われたらどうしましょう」
「神様は器が広いから大丈夫っスよ…多分」
最後の一言で不安が煽られるが、彩歌さんがぎゅっと手を握ってくれたので不安もどこかに吹っ飛んだ。
「兄が生きていた頃…えっと俺がまだ小学校に通えてた頃ですね。そのときも初詣は行かなかったんですよ」
「どうしてっスか?」
「母が外国出身なのでそういう文化がなかったのもあるんですけど……一番は父が神社とかお寺とかが嫌いで」
ヤツが信じていたのは己と己が認めた者のみ。まぁその認めた者に裏切られたわけだが。なんにせよ罰当たりな男だった。
「彩歌さんが作法を教えてくれて助かりました」
「本当?うんちくババアうるさいとか思ってない?」
「思ってないですよ」
急に思考がネガティブに走る彩歌さんに苦笑する。
「作法を知っていてすごいなーと思ってますよ」
「えへへ……それにしてもこの神社、本当に人がいないっスね」
「これだけビルに挟まれてたら外からは見えないですから」
ビルの隙間から差し込む日の光が神秘的だが、背景がほぼビルなのでどこか物悲しい。参拝客も俺たち以外誰もいない。…と思ったら向こうから金髪の男性が1人で神社に入ってくるのが見えた。あれ?あの顔見覚えがあるような…。でも金髪だしな。違うかな?と思わずガン見していたら金髪の人とばっちり目が合ってしまった。
「……あ、師匠」
「ぬぁ!?やっぱりもとやん!?」
「元ヤンみたいな呼び方はやめてくださいと前にも言ったはずです、師匠」
「それを言うなら師匠呼びもやめてと前に俺も言ったはず」
金髪の男はなんとB組から今度A組に見事編入が決まった元山蒼穹、通称もとやんだった。髪色が黒から金になっていたことにも驚いたが、なにより驚いたのはもとやんの虚ろな目だった。
なんだかこのままもとやんを放っておけない。彩歌さんに視線を送ると、「いいよ」とでも言うように力強く頷いてくれた。
「もとやん、ちょっと話さないか」
「…あーこの髪が気になりますか?」
「それもあるけど。俺が1番気になってるのはそこじゃないよ」
ずっと真面目に勉強を頑張っていた優等生が突然金髪になったのも確かに気になるけどね。
近くのベンチに誘導すると、彩歌さんが「温かい飲み物買ってくるね」と神社を出て行った。彼女が優しすぎて涙が出そうだ。目頭に熱いものを感じていると、今にも消えそうな声でもとやんが言った。
「高校、もうやめようと思ってるんです」
「そっか」
「理由、聞かないんですか?」
「聞いたら教えてくれるのか?」
質問に質問で返すのは卑怯かとも思ったが、ここで「はい」や「いいえ」と答えるのは違うと思ったのだ。
「元々は師匠のいるA組…特別進学クラスが第一希望だったんです。でも試験の日に熱が出てしまって……。親戚はみんな頭が良くて、両親も弟も頭が良くて、でも、僕だけ出来が悪かった」
「親戚の集まりでは僕じゃなくて両親が馬鹿にされて、悔しくて。必死に努力して努力してやっと念願のA組に編入できたのに…。ちょうど親戚の集まりがあったので、そこでA組に編入することになったと言おうと思ったんです」
そうすればもう、両親が親戚から馬鹿にされることもなくなるからと。今までの努力の結果を胸に抱いて。
「そこで、聞いたんです。両親が親戚に話している言葉を。「弟に全部持っていかれちゃった取り柄の無い子」って。僕はてっきり、親は毎回僕のことを庇ってくれているものとばかり思っていて!でも!実際は両親も僕のことを馬鹿にしてた!だったら僕は一体なんのために頑張って来たんだよ……」
俯いたまま顔を覆ってしまったもとやん。信じていた人に突然裏切られる。それがどんなに心に傷をつけるか。形は違えど俺も両親に裏切られた側の人間だ。気持ちは多少はわかる。つらいよな…心が血だらけで、傷が膿んで、じくじくと痛むよな。そして自分を責めてしまうのだ。親の期待に応えられなかった不甲斐ない自分を。
「俺、もとやんがA組に編入するって聞いて嬉しかったよ。A組のみんなも喜んでた。そんできっとB組の人たちも」
昔もとやんがドジってA組に間違えて入って来た時に回収に来たカンナの反応を見ればわかる。彼は人から可愛がられる才能を持っている。
反応がないので、聞こえている前提で勝手に話すことにする。
「俺たち学生ってさ家庭と学校しか居場所がない感じするよね」
塾や習い事も学校の延長みたいだし。金銭面で親には頼りっきりだし。息が詰まりそうだ。もとやんは家庭に世界が圧迫されて、学校に目がいかなくなっている。自分は一人だと思い込んでいる。
まるでこの神社みたいに周りは高いビルで覆われていて、息が苦しい。けれど、上を見上げれば蒼穹が広がっている。
「もとやん、世界は広いよ。家庭だけがすべてじゃない。それに、君は取り柄の無い子なんかじゃないよ。真面目なところも努力し続けられるところもドジなところもみんなから可愛がられてるところも全部もとやんの魅力だよ」
それに気づいていないのは息子をまともに見ようとしないもとやんの親と、もとやん本人だけだ。横を見ると、もとやんは眩しそうに空を見上げていた。
~執筆中BGM紹介~
機動戦士ガンダムOOより「trust you」歌手:伊藤由奈様 作詞・作曲:MARKIE様




