トゲトゲ
みなさんお察しかと思いますが、○○編、とタイトルを付けるのが作者は致命的にド下手くそです。よって、突然○○編の名前が変わるかもしれません。しょうがねぇなぁ、と暖かな目で見ていただけたら幸いです。
『月を喰らう』の挿入歌であるレクイエム。アーティストである鳴海彩歌の色鮮やかな歌声が人々を魅了していた。
「この曲好き!」
「鳴海さんの歌声ってやっぱり良いな」
「泣ける曲」
『新春!アニソン歌合戦!!』の生放送中の観客の反応。その7割は曲や歌声、『ツキクラ』の感想など。しかし、残る3割は普段なら話題にもならないアーティストの後ろにいる伴奏者についてだった。
「あの狐面ってまさか御子柴って人!?」
「あれってレクイエムの作曲家本人じゃ……?」
「カメラさんもう少しピアノの人を映してください!」
テレビ局のスタジオで見ていた観客の反応も似たようなものだった。ただ1人を除いては。
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レクイエムの最後の一音を、名残惜しく思いながら弾ききった。
事前に言われた通り、早々に舞台裏に戻ろうと立ち上がったとき、静寂から一転。爆発的な拍手の音が客席から響いた。
Luna×Runaの2人や香苗ちゃんたちが拍手してくれてるのが見えて、ホッと息を吐いた。が、1人だけ険しい表情で拍手もせずに、睨むようにステージを見上げている人物がいた。中学生くらいの女の子に見えるその子の視線に彩歌さんも気づいたようだ。ステージにいる2人が自分を見ていることに本人もまた気づき、俺たちに口パクでメッセージを伝えてきた。
『へたくそ』
これだけ言って、険しい顔の少女は顔を背けてしまった。
舞台裏に戻ると、スタッフや出演者の方から労いの言葉をもらったが、気になるのはあの少女が言った4文字だった。
『へたくそ』
これは彩歌さんに向けて言ったのか、俺に向けて言ったのか、それとも両方に言ったのかはわからない。心にもやもやとしたものを残したまま控え室に戻ると、着付けをしてくれた人が笑顔で迎えてくれた。
「お兄ちゃんのピアノ良かったよ〜。色気たっぷりだったわ」
「ありがとうございます」
この人は良かったと言ってくれた。客席の反応も良かった。だけど、レクイエムはあの子だけには違う聞こえ方をしたらしい。
しゅるしゅると和装独自の帯を解く音を聞きながら、つい疑問が口に出てしまった。
「へたくそってどういうときに言います?」
「へたくそ?…うーん、そうねぇ。例えば自分の望む結果を相手が出せなかったとき、とかかな」
「望む結果、ですか」
「失望とも言うかもね。…なに?へたくそって言われたの?」
「多分ですけど」
「ありゃ~」
失望、か。俺が聞く限り贔屓目無しで彩歌さんの歌は素晴らしかった。だから、あの『へたくそ』は俺に向けて言われた言葉。あの女の子の望む音を俺は出せなかったのだろう。
着付けの人にお礼を言って別れて、廊下で彩歌さんの着替えを待った。そもそも出待ちっていいんだろうか?怒られたらどうしようか。場所を移動すべきかと悩んでいたとき、彩歌さんが扉を開けて出てきた。
「あ、智夏クン良かった、まだいたっス!今日は本当にありがとう!とーってもカッコよかったっスよ!」
目が合うなり、花が咲くような笑顔で褒められた。
「彩歌さんこそ、伸び伸びとした素晴らしい歌声でしたよ!本当に、綺麗でした」
お互いに労いあったあとに、近くにあった休憩室のような場所に移動して向かい合って座る。
「智夏クン、あの女の子の言ってた『へたくそ』って」
「僕に言ったんだと思います」
「いやいやいやいや!私に言ったんスよあれは!」
「いやいやいやいやいや、俺にですよ」
「いやいやいやいやいやいや、私っス」
いやいや、やいやい言っていったとき、良く響く高い声が一刀両断してきた。
「あんたら2人に言ったんだけど」
「「うわっ!?」」
いつの間にか横に立っていたのは、まさに俺たちに『へたくそ』と口パクで言ってきた女の子本人だった。
「御子柴智夏」
「はい…」
年下の女の子の迫力に負けて押されている。
「出場するコンクールは全部優勝の、あの鬼才って呼ばれてた御子柴智夏?」
優勝はともかく”鬼才”はただの黒歴史なんだが。いや別に俺が自分で言ってたわけじゃないから!周りが言ってだけで!
「そうだったら、がっかりだ。あんなへたくそになってるなんて」
「君、急に来て一体なんなの?それにここは関係者以外立ち入り禁止っスよ」
「このテレビ局の偉い人があたしのパパだから私はどこでも入れるの。それより、あんたの声。気に入らない。御子柴智夏の実力のほとんど何も引き出せていないじゃない。あんな他の人にもできる演奏なんかさせて」
さっきから黙って聞いていれば言いたい放題。彼女をここまで連れてきたであろうスタッフも後ろでおろおろするばかり。
「偉いのは君のパパであって君じゃない。君が好き勝手していい理由にはならないよ。彩歌さんの声が気に入らないって言っていたけど、それはわざわざ面と向かって言う必要があったかな?君は俺がコンクールに出てたときを知ってるみたいだけど、今日の演奏はコンクールじゃなくて伴奏だよ。あくまで主役は歌声なんだ」
おわかりいただけた?と女の子を見ると、うつむいてぷるぷると震えていた。…あ~やべ、言い過ぎた、かも。
「ふぇぇ~~~ん!!なんであたしが怒られないといけないの!?あたしは思ったことを言っただけなのに!パパに言いつけてやるんだから!」
パパに言いつけてやる!って本当に言う人いたんだ。泣き出した女の子を冷めた目で見ながらどうしたもんかと考える。
「逃げます?」
「わーそれは良い考えっス~」
お互いに遠い目をしながら小さな子供のように泣きわめく女の子から目を逸らす。俺が言えたことじゃないけど、この子友達いないだろ。
結局女の子が泣き止むまで2人でその場に留まり、泣いて腫れた目を冷やすために水で濡らしたハンカチを差し出したり、飲み物を持ってきたりと甲斐甲斐しく世話を焼いたのだった。
「ねぇなんで弾き方変わったの?」
ぐすぐすと鼻を鳴らしながら、女の子が聞いてきた。
「自分では変わった自覚はないんだけど。どういう風に変わったか逆に俺が知りたい」
「んーなんか迫力がなくなった…のは伴奏だからってさっき言ってたし」
自分の言ったこと以外信じないタイプだと思っていたのだが、案外他人の話に耳を傾けるタイプらしかった。
「トゲトゲしなくなった?」
トゲトゲ……?そんな攻撃的でしたっけ?
「前は聞いてると胸が痛くなった」
「へぇ、それはすごいっスね」
「うん!本当に御子柴智夏の演奏はすごかったんだから!」
なぜ君がドヤ顔をする。そしてなぜフルネームで俺を呼ぶ。
「私は昔の智夏クンの演奏は知らないけど、今の智夏クンの音は優しいっていうのはわかるっス」
「優しい…あぁそんな感じかも。トゲが取れて丸くなったーみたいな?」
「昔の俺を不良みたいに言うなよ」
最初に比べればはるかに和やかに話が進むなかで、俺と彩歌さんが思っていたことは…
いまさらこの子の名前、聞けないんだけど~!!
だった。
~執筆中BGM紹介~
銀魂 THE FINALより「轍~Wadachi~」歌手:SPYAIR様 作詞:MOMIKEN様 作曲:KENTA様




