いける
中間考査と、地獄の体力テストを気力で乗り切り迎えた6月上旬。
チーム夏くん(香苗ちゃん命名)のメンバー補充のための面接がいよいよ開催される。その面接には俺も参加するわけだが、ここで1つの問題が生じた。
「智夏君の顔を果たして晒していいものか…」
「夏くんの顔を見ちゃったらみんな惚れちゃうよね」
「顔の造形はともかく、俺個人としても採用者以外には顔は極力見せたくないです」
防音室で香苗ちゃんと犬さんの3人でひざを突き合わせて話し合っていた。議題は俺の顔出しについて。正体不明のサウンドクリエイター『春彦』として話題になっているので、下手に顔を出すことはできない。
「『春彦』は女だって噂もあるくらいですから、本当は面接会場にも出ない方がいいのかもしれないのですが」
「チーム夏くんのメンバーを集めるのに夏くんがいないのはダメだよー」
「男であることはバレても良くないですか?名前だって男ですし」
「まぁねぇ。でも性別不詳の方が謎が多くて好きっていう人もいるし…。あっ、夏くん線が細いから顔隠せば性別不詳にならないかな?」
「は!確かに。体だけで見れば、長身の女性に見えなくもない」
犬さんが俺の顔を手で隠しながらおかしなことを言っている。
「そんなバカなことが…」
「いける。いけるわ。顔を隠して、後は髪型を中性的にすれば、いける」
「えぇ?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
面接当日。『月を喰らう』で今大注目のドリームボックスが音響スタッフの求人を行ったということで、全国各地からアニメ業界で働くことを夢見た人々が集まっていた。
「え、こんなに!?」
「これでも半分くらいは削ったのよ?」
エントランスに集まった求職者たちを見て驚いていた。てっきり5、6人くらいかと思っていたのだ。それがパッと見ただけでも20~30人はいる。
「昨今のアニメブームはすごいからねぇ。声優業界だけが人気じゃないのよ」
「へぇー」
「でも、普段はこんなには集まらないわね。多分夏くん目当てね」
うそん。俺ってもしかして珍獣扱いされてる?
「正体不明の『春彦』を見るチャンスだからねー」
「若い人の考えることはよくわかりませんね」
「君も若者だろう?智夏」
後ろから颯爽と歩いてきたのは社長の滝本渚、その人である。
「それじゃあ行こうか、戦場へ」
「がんばってね〜!」
いざゆかん、戦場へ。
「何あの仮面の人?」
「男かな?女かな?」
「もしかして、あの人がっ!?」
「生『春彦』だ!!」
なんだ、生って。俺は生物か。
それにしても、本当に性別不詳になるとは。狐を模した仮面の下で複雑な心境になる。仮面といえば狐だ!という主張を頑として譲らなかった香苗ちゃんの要望により、『春彦』という名前に因んでほんのり桜色で、模様に桜の花弁があしらわれた上品な狐のお面をつけている。目元を隠していた長い前髪はサイドに流し、横の髪を耳にかける。襟足の髪をちょこんと結ぶとあら不思議、中性的な髪型の出来上がり〜。
社長、犬さん、俺の順に席につく。対面には5つの椅子が用意されており、5人ずつのグループ面接なのが伺える。
「それじゃあ入ってもらってくれ」
社長の言葉を合図に5人が会場に入り、対面の席に着く。
「それじゃあまずは、」
社長が最初に質問をする。初めの質問といえば、やはり志望動機だろうか?いや、面接者の緊張をほぐすために世間話から入るものもあるという。一体社長はどちらだろうか。
「好きなアニメについて、1分間語ってくれ」
いきなり変化球が飛んできた。俺は面接を受けたことがないから、もしかしてこれが普通なのか?目の前に座る面接者たちを見る。明らかに動揺している、あ、やっぱり普通じゃないのか。
「では、君から」
「は、ひっ」
最初に当てられた茶髪の派手な彼は声が上擦っている。頑張れ。
「自分は、『花吹雪いろは』が好きです!ストーリー、作画はもちろんのこと、特に心惹かれたのが…」
それはもう熱く語った茶髪君。ザ・陽キャといった見た目で語る内容はザ・ヲタク(褒め言葉)。エントリーシートを見る。名前は瀬川真。チェックシートに高評価を書く。
次の人、そのまた次の人も語る、語る、語る。あれ?いつの間にかこのグループ全員に高評価付けてる。
「それじゃあ次は僕から。えっと、瀬川くん。君は専門学校で去年まで音響について学んでたみたいだけど、どうして辞めてしまったのかな?」
「はい。自分の家は以前会社を経営していたのですが、去年倒産し、授業料が払えず、学校を辞めました。ですが、その後も独自に…」
その後も犬さんは一人ずつ内容を変えながら質問していった。みんな色んな事情を抱えながらこの場に来ているらしい。
しみじみと聞いていると、社長から視線が。社長、犬さんときたら次の質問は俺。何を聞こう。能力は全員高いことはエントリーシートを読めばわかる。アニメを好きなこともわかった。それなら。
「では最後に私から。なぜドリボで働きたいのですか?大手と言われるアニメ製作会社は他に多くあります。選択肢が数多くある中で、なぜこの会社を?」
視線をゆっくりと瀬川君に合わせる。21歳で年上だけど。言ってしまえばこの場にいる誰よりも俺は年下だ。しかし舐められる気は毛頭ない。
「はい。自分がこの業界に入ろうと思ったきっかけは犬飼さんの作った音を聞いたからです」
瀬川君はまるで恋する乙女のような瞳で犬さんを見つめる。そういえばチラチラ犬さんを見てたな。
「へぇ僕の名前知ってるなんてねぇ」
「知らないわけないじゃないですか!あの伝説のロボットアニメの音響監督を務めたあなたを!」
瀬川君、良いね!わかるよその気持ち!
ちなみに他の人はと言うと。
「『春彦』さんに憧れて!」
「『春彦』さんと一緒に働いてみたくて!」
こんな人ばかりだった。俺に憧れを抱いてくれているのはありがたいが、共に仕事をする立場なら、対等でいたい。要するに俺に意見をはっきり言える人がいい。
5人が退出して、小休憩の間、3人で話す。
「智夏君は誰が良かった?」
「瀬川君ですね。お二人は?」
「イエスマンはいらないってことかい?智夏。でもまー、あの5人の中でなら確かに瀬川だな」
「瀬川君の目、良かったですねー」
あの恋する乙女の目を気に入ったのだろうか。
「あの目には僕を追い抜いてやるっていう闘志が浮かんでいた。気骨のある若者が来てくれて嬉しいな」
満場一致で瀬川君のエントリーシートを合格の箱に入れる。
「それじゃあ次!」
5回ほど入れ替わりを繰り返し、チーム夏くんのメンバー面接は幕を閉じた。
疲れた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ようこそドリームボックスへ!選ばれし3人の勇者たちよ」
「香苗、ふざけるのも大概にしろ」
「はーい。改めて、今日から私の夏くんのこと、よろしくね~」
ぽかーんとしながら3人の勇者、もとい季節外れの新入社員が香苗ちゃんの姿を見送る。
「ではみなさん、仕事場に案内するので付いてきてください」
「「「あ、はい」」」
後ろに付いてくる3人は、最初に面接した瀬川君と、その後に面接をして合格した北川君と沖田君、全員男である。面接会場にはもちろん女性の方もいたのだが、どうにも俺の正体が気になる人ばかりらしく、俺に興味の無さそうな3人を選ばせてもらった。
「ここがトイレで、あっちが給湯室です。それで、この一番奥の部屋が今日から皆さんの仕事場になるお部屋です」
重い扉を開けて、3人を部屋に通す。
「犬飼です。よろしく」
「瀬川です」
「北川です」
「沖田です」
これは流れに乗るべきか?
「御子柴です。よろしくお願いします」
「高校生?」
「あ、はい」
「バイトですか?」
瀬川君、さん?が聞いてくる。明らかに余所余所しい。面接会場で会ってるのに。もしかして忘れられたかな。
「バイトですね。それと、お久しぶりです、皆さん」
「「「?」」」
「『春彦』です」
静寂に包まれた。後ろでは必死に犬さんが笑いをこらえている。もしかして、忘れられていたのではなく、気づかれていなかっただけ?
「「「え、えええぇーーー!!!」」」
さっきからハモリすぎでは、この3人。前世で三つ子だったのでは。少々呆れながら叫ぶ3人を見つめるのだった。
作者が経験した面接は今思えば圧迫面接に近いものでした。頑張ったな、自分。偉いぞ!