声を大にして言いたい
作中で年明け。
新年の挨拶を彩歌さんにチャットで送り、家を出るとLuna×Runaの2人が手を振って迎えてくれた。そんな二人に軽く会釈をして挨拶を交わす。
「明けましておめでとうございます。本田さん、猫平さん」
「明けましておめでとうございます。智夏ちゃん」
「お、おめでと。智夏ちゃん」
俺たち3人がなぜわざわざ1月1日に集まったのかと言うと、本田さんがテレビ局で今日生放送される『新春!アニソン歌合戦!!』の観覧チケットを入手してくれたからだ。ちなみに香苗ちゃんと秋人と冬瑚も、社長からチケットをもらったらしく俺とは離れた席ではあるが見に行くらしい。
「そ、それじゃあテレビ局にい、行こうか」
「運転お願いね」
「ま、任せて」
「うっ…」
猫平さんの運転を思い出しただけで気持ち悪くなってきた。またあれに乗るのか。テレビ局に着くころにはヨボヨボになってるかもしれない。念のため、運転手の猫平さんに一言言っておく。
「お手柔らかにお願いします」
「そ、それは荒い運転をしてくれっていうフリかな?」
なんて恐ろしいことを言うんだこの人は…。俺のドン引きした顔を見て、猫平さんが「ご、ごめんね。面白くない冗談だった」って泣きそうな顔で謝ってきたので逆に申し訳なくなってきた。
「いえ、俺も冗談だって気づけなくて、すみません」
「い、いや、智夏ちゃんは悪くない。地球温暖化が止まらないのも、絶滅危惧種が増え続けるのも、あの漫画が連載を再開しないのも、ぜ、全部あたしが悪い」
「誰もそこまで言ってないでしょう?瑠奈は想像力が毎度凄まじいわね」
本田さんがよしよしと慰めるように猫平さんの頭を撫でる。
あれ?いま、本田さん…猫平さんの頭の位置を間違えた、ような?気のせいだと言われればそれまでなのだが、それでも確かにいま彼女の右手が空を切ったのを見たのだ。
「本田さん」
「なんでしょう?」
「あ…いえ、なんでも。行きましょうか」
「?」
本田さんに聞こうかとも思ったが、果たして俺が聞いてもいいのかどうかわからない。車に乗り込んで、2人のことを思い返してみれば、気づくことがある。
運転は絶対に猫平さんがしている。ダンスのレッスン中に本田さんが距離感を間違えてぶつかることがあった。そして、2人で歩くときは猫平さんは絶対に本田さんの左側を歩いている。まるで本田さんの左目を補うかのように。
思考の海に沈んでいると、助手席に座っていた本田さんが振り返って後ろに座る俺を見てきた。
「智夏ちゃん。前に、社長から売れないからクビにされそうって言いましたよね?」
「はい。それで、俺の元に依頼しに来たと」
「そうです。けれど、クビにされそうな理由はもう一つあるんです」
「つ、月子ちゃん…」
運転中の猫平さんが心配そうに本田さんに視線を送る。……いま、とても重要なことを聞くタイミングなのは察している。でも、それでも一つだけ声を大にして言いたい。
「猫平さん、ま、まままま前を見て運転してください!」
「あ、ごめん」
脇見運転は危ないので絶対にマネしてはいけません。絶対な!じゃないと吐くよ!俺が!
話の腰をぽっきり俺が折ってしまったが、優しく笑って本田さんが話を続ける。ずっと後ろを向いていて、酔わないのだろうか?
「もう一つの理由は、私のせいなんです」
「…もしかして、目、ですか?」
「すごい。よくわかりましたね」
「ここ数日ずっと見てましたからね」
この言い方はなんかまずいな。まるでストーカーみたいな発言だ。俺が内心ヒヤヒヤしていることなど知らず、本田さんが自分の左目を指さして言った。
「目の病気で、左目の視力が著しく低下してしまって。このままアイドル活動を続けていくのは難しいだろうと、お医者さんに言われてしまいました」
「そう、なんですね…」
Luna×Runaに曲を作るにあたって、過去の2人の舞台の映像を見た。どちらも嫌々やっていたわけではない。心の底から、アイドルという職業を楽しんでいた。売れなくても、少ないファンを大切に、目の前のことを丁寧に全力に。その仕事を突然奪われるというのは、一体どれほどの…。
アイドルの曲を止めよう、と提案したのは俺だ。それなのに、罪悪感を抱えるなんて間違ってる。知らず知らず俯いていたら、頭上から優しく温かい声が聞こえてきて、顔を上げた。
「智夏ちゃんがあのとき、新しい道を示してくれたときね。本当に、嬉しかったんですよ。アイドル以外にも道があるって、気づかせてくれてありがとうございます。…だから、私たちがクビになったとしても、智夏ちゃんは気にしないでください」
「そ、そう。最後にアイドルをやめるって、き、決めたのは私達。じ、自分の決断に責任を持つのは当然のこと。だ、だから智夏ちゃんは、心のままに、好きな曲を作って」
本田さんと猫平さんからそう言われて、紙を一枚渡された。それは、以前俺が突き返したもの。
「歌詞、できたんですね」
「はい。その曲のタイトルは『星屑の軌跡』です。Luna×Runaの歩いてきた道を、歌詞にしました」
どうでしょう?と不安げに聞いてくる本田さんの声すら届かないほどに、歌詞に目を奪われた。
急いでスマホを取り出してアプリを開く。
「今から作曲するので話しかけないでください」
「「え!?いま!?」」
スマホの画面に表示されるピアノの鍵盤を指先でタップしていく。2人の驚く声も、もう聞こえてはいなかった。
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テレビ局のスタジオにて。
「「みなさん明けましておめでとうございまーす!新春!アニソン歌合戦!!の始まりです」」
「最初のアニソンアーティストはこのグループだぁ!」
本番が始まる直前までスマホで作曲していたが、見かねた猫平さんにスマホを没収されてしまった。
生歌、生演奏どれも迫力があって引き込まれた。純粋に楽しみたい気持ちもあるのだが、どうしても作曲家目線で聞いてしまう。こういう作り方もあるのかと、色々な音を聞いてインスピレーションがわいてきて、ピアノを触りたくてうずうずしてきた。
あわただしくセットと人が動く中、香苗ちゃんがCMに入っている間に俺の席までやってきた。
「どうしたの?」
「緊急事態発生!エマージェンシーよ!」
「…どうしたの?」
香苗ちゃんにずるずると引きずられながら連れてこられたのは、あわただしいテレビの舞台裏だった。そしてそこには、出演予定と聞いていた彩歌さんが青ざめた顔で立っていた。
「彩歌さん!体調が悪いんですか?大丈夫ですか?とりあえずそこのベンチに座りましょう」
周りの目があることも忘れて、彩歌さんの手を取りベンチに座らせる。いまにも倒れそうな顔の彩歌さんの手は震えていた。
「ど、どうしよう、智夏クン……!」
「大丈夫、大丈夫だから落ち着いて、ゆっくり話して」
香苗ちゃんが持ってきてくれた温かいお茶を手渡して、こんなに動揺している事情を聴く。
「さっき連絡があって、伴奏してくれる予定だった人が渋滞に巻き込まれて来れなくなったって!どうしよう、このままじゃ…」
「伴奏って、レクイエムの?」
彩歌さんは『ツキクラ』の挿入歌であるレクイエムを今日生放送で歌う予定で、その伴奏をしてくれる予定だった人が来れなくなった、と。
「大丈夫だよ、彩歌さん。来れなくなったその人の代わりに、俺が伴奏するよ。なんてったって俺はレクイエムの作曲家だから」
~執筆中BGM紹介~
クオリディア・コードより「Brave Freak Out」歌手:LiSA様 作詞:田淵智也様 作曲:高橋浩一郎様
読者様からのおススメ曲でした!




