トーコニズム
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とんでもない誤字をしておりました。穴があったら埋まりたいくらいに恥ずかしぃぃぃいい!!
プレゼントに大満足のご様子の我が家の姫、冬瑚が着替えに行っている間にスマホに通知が来ていたので中を見る。
2件は田中からだった。うち1件は写真で、
『サンタの試練に見事合格!しばちゃん先生ありがとな!』
とメッセージが書いてあった。写真をタップすると、ピアノ教室のパンフレットをたくさん持ってご満悦な津麦ちゃんが映っていた。
そっか、ピアノ教室に通えることになったんだ。喜ばしい反面、ピアノの先生としての役割が終わったことに一抹の寂しさも覚える。
残る3件は学校祭で『ヒストグラマー』としてバンドを共に組んだ後輩の為澤虎子からだ。
『パイセン!3年生のために曲作ろ!』
『卒業ソング作りたい!』
『虎子は歌詞考えるからパイセンは曲作ってね!』
3年生のために、とは『ヒストグラマー』の3年生メンバーとマネージャー的存在の山崎先輩のことだろう。
今はサウンドクリエイターの仕事は落ち着いているため、卒業ソングを作るのは問題ない。が、卒業ソングってどんなものを作ればいいんだ?
基本的にアニメ関連以外の曲をあまり聞かないため、世間一般の卒業ソングというものがわからない。そこでYeah!Tubeで「卒業ソング」と検索してヒットしたものを上から順に聞いていく。
曲を聞きながら、そういえば、と疑問に思ったことを虎子にチャットで聞いてみる。
『曲作ったら先輩たちの前で演奏するのか?それとも作った曲をみんなで演奏するのか?』
チャットを送ったらすぐに既読が付き、間髪入れずに返事が来た。現代っ子のフリック操作速度ハンパない。
『2人で先輩たちの前で披露する!卒業式の後に時間くださいってもう言っちゃった~』
ふ~ん2人、2人かぁ・・・・・・って2人!?ピアノとドラムだけで!?思わず立ち上がったら近くにいたハルが驚いて走って行ってしまった。するとすぐに追加でチャットが来た。
『虎子がボーカルで、パイセンが伴奏ね』
あ、そういうことね。お兄さんびっくりしちゃったよ。ピアノとドラムで演奏と聞いて、思わず有名なジャズアニメみたいなことになるのかと思ってしまった。いかんいかん、何事もすぐアニメと結びつけようとする癖は直さないと。
『了解。歌詞よろしくな』
虎子にチャットを送って、卒業ソングを聞いていると、着替え終わって朝食も片した冬瑚が隣にやってきて流れている曲を歌いだした。
「冬瑚この曲知ってるの?」
「さっき流れてた曲も全部歌えるよ!」
どうやらかなりメジャーな曲だったらしい。冬瑚の声楽で鍛えられた歌声が家の中に響く。クリスマス当日に卒業ソングを歌うのはどうなんだろうか。今からサンタさんが慌ててやって来た曲を流そうか、と考えたが冬瑚が楽しそうに歌っているのでそのまま卒業ソングを流しておくことにした。クリスマスに卒業ソングを歌ったっていいではないか。冬瑚が楽しいならすべてよし。
ジャイアニズムならぬトーコニズムについて考えていたとき、香苗ちゃんが不思議そうに聞いてきた。
「なぁに夏くん。急に卒業ソングなんて聞いちゃって」
「先輩たちに作ることになったんだ」
「「ほへぇ~」」
「だから卒業の曲ばっか聞いてたのかよ」
「うるさかった?」
「いや季節感ゼロだと思って」
「冬瑚が良いなら全て良いのです。冬瑚が白だと言えばカラスだって白色なのです」
「夏兄、カラスは黒色だよ?」
トーコニズムはあっさりと冬瑚本人に打ち砕かれてしまった。
卒業ソングをいくつか聞いているさなか、あることに気付いた。人生の中で自分が卒業生になったことは今まで一度もないことに。小学校の途中から高校一年生の最初まで学校に行っていなかったせいで、「卒業」「卒業生」というものを自分の中で明確にイメージができないのだ。
困ったことになってしまった。今まで曲作りは明確なイメージを元に行ってきた。それが今はイメージがまったく湧かない。
手詰まりなのでここは卒業経験のある人たちに聞いてみようか。
「香苗ちゃん、秋人。卒業ってどんな感じ?」
「んぅ~。一言で言うなら”寂しい”かな」
香苗ちゃんの卒業のイメージは、いま聞いている卒業ソングもそんな感じだ。だが秋人は違うらしい。
「僕は小学校の卒業式しかしたことないけど。”変化”かな」
「”変化”?」
「だって卒業したらその先、環境とか関わる人とかガラッと変わるだろ?」
「なるほど」
確かに色々なことが変わるよな。ふむふむ、と頷いていると冬瑚が私の意見も聞いてと言わんばかりに膝をバシバシ叩いてきた。
「冬瑚は卒業は”楽しみ”だよ」
「どうして”楽しみ”なんだ?」
「だって夏兄達と歳が近くなるからね!」
「その時は僕たちも同じ分だけ歳取ってるけどな」
「も~!」
”寂しい””変化””嬉しい”・・・なんだか気持ちがごちゃごちゃしている。ぐるぐると3つの言葉が頭の中に回っている。頭をフル回転させながら悩んでいると、香苗ちゃんに呼ばれた。
「夏くん」
「・・・あ、なに?」
「夏くんは今、何を作ろうとしているのかな?」
「卒業の、歌」
「それは、誰のための歌?」
優しく諭すように質問を投げかけられる。答えは決まっている。高校を卒業する3年生の先輩たちに向けた歌だ。俺たち残される側から送る歌。”ありがとう”と”さようなら”と”頑張って”を伝えるための歌。
「ありがとう、香苗ちゃん」
「悩める若者にアドバイスを送るのも年長者の勤めさ!」
えっへん!と偉ぶる香苗ちゃんには本当に頭が上がらない。本当に香苗ちゃんにはいっぱい大切なことを教えてもらった。そして多分これからも。
「本当に、ありがと」
「いいってことさ」
その後、冬瑚お手製の昼食と、秋人が全力で作った夕食、というかディナーを食べ、ひらひらと降ってきた雪の写真をもらったばかりのデジカメで写真に撮った。笑って、喜んで、楽しんで。24日と25日はこうして家族で過ごしたのだった。
そして25日のクリスマスが終わり、年末に向けて世の中が動き出す26日になる頃。虎子から歌詞が送られてきた。
『別れが来るのが早すぎて もっと早く出会えていれば良かったって そんなことを考える雪の日
大きな太陽に導かれて集まった 最初の演奏は笑っちゃうくらいバラバラで 名前もなかった私達
ノリで決まった『ヒストグラマー』だったね だけどいまは私達のタカラモノ
思い出はいつも私の真ん中でキラキラと輝いて 暗い夜も照らしてくれるの
放課後にみんなで食べたアイス 黒板に描いたいっぱいの落書き あの夏のタカラモノ
合宿で行った海が楽しくて もっと6人でいたいって思ってたって 本当は言いたかった夏の日
大きな皿にいっぱいのお肉 バーベキューはびっくりするくらいおいしくて 名前を呼び合った私達
本番はいろいろあったね 予定に無い曲もいきなり演奏してドキドキした
思い出はいつもみんなの中でキラキラと輝いて またいつか導かれる
もう少しだけ一緒に これは未来にとっておこう 笑ってまた会うためのヤクソクを』
虎子らしい歌詞だった。俺たちの思い出が、過去と未来がここにぎゅっと詰まっている。
朝日の優しい光が窓から差し込むころ、俺たちの曲『ヒストグラマー』が完成した。
~執筆中BGM紹介~
時をかける少女より「ガーネット」歌手・作詞・作曲:奥華子様
今回でサンタの試練編終了です。次回からは2人の女性が主人公に迫ります。




