内緒話
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「彩歌ちゃん、彩歌ちゃん!」
最初の反応が嘘のように、今ではすっかり彩歌さんに懐いた冬瑚。ソファーに座った彩歌さんの横にちょんと座って、ずっとマシンガントークを繰り広げており、兄も彼氏も入る隙が見当たらない。嬉しいような寂しいような。
「え~、彩歌ちゃんクリスマスはお仕事なの?夏兄といちゃいちゃしないの?」
「そうっスね~イチャイチャもしたかったけど、お仕事も大事だから」
いま冬瑚、いちゃいちゃって言った?え、言ったよね?誰だこんな純粋な子に俗物的な言葉を教えたのは!!そいつに脳内でアッパーしつつ、彩歌さんの返しに心が浮上する。
「あ!『仕事と私どっちが大事なの!?』の出番だね!」
興味津々と言った様子で俺の方を振り返る冬瑚。
「言わないからね。俺は仕事してる彩歌さんも好きだから」
「あら秋くん聞いた?惚気よ?」
「家族の前で堂々と惚気てたな」
香苗ちゃんと秋人の2人の全力で揶揄いに来た言葉に少し恥ずかしくなるが、俺よりもダメージを喰らっている人物がいた。頭から湯気が出そうなほどに恥ずかしがっているのはやはりこの人。
「~っごめんなさいっス」
彩歌さん「イチャイチャもしたかった」って俺より前にすっごい惚気てたもんな。もっと惚気てもいいよ!どんとこい!
「あらあら大丈夫よ」
「そーそー気にすんなって」
「秋くんが彼女連れてきた時に全力で揶揄ってあげればいいから」
「わかりましたっス!」
「なんでだよ」
すっかり御子柴家に馴染んだ様子で笑いあう彩歌さんの姿に嬉しくなる。世間では家族と彼女の折り合いが悪く別れたとか嫁姑問題とかよく聞くが、うちはその限りではないらしい。彩歌さんなら母に会わせても問題ないだろうな。むしろ気に入られる可能性が高い。
「冬瑚ちゃんはサンタさんに何をお願いしたんスか?」
いきなり彩歌さんが俺たちが喉から手が出るほど欲しい質問を投げかけてきた。彩歌さんと冬瑚以外の3人がぐるんっと勢いよく2人の方に首を向ける。
「んー。お願いしてないの」
「なんでっスか?」
そう。冬瑚は何もおねだりしてくれないのだ。
「だって、冬瑚のはお願いじゃなくて、我が儘だから」
それに、と言葉を続ける冬瑚の声をじっと聞く。
「サンタさんには叶えられないことなの」
ほほう、それは是が非でも叶えたくなりますなぁ。気分的には腕まくりしてやる気100%であるが、肝心の願いが分からない。
「冬瑚ちゃん、私にコソッとその我が儘、教えてくれないっスか?」
「・・・いいよ。彩歌ちゃんにだけ特別ね。誰にも言っちゃだめだよ?」
「了解っス!」
ビシッと敬礼を決める彩歌さんの耳に顔を近づける冬瑚。そのままゴニョゴニョと内緒話をしている。
「――――――――――――」
「―――――――――――?」
何か言葉を交わした後に、冬瑚は顔を離し首を横に振る。
「言わない。だってこれは冬瑚の我が儘だから。サンタさんは良い子の所にしか来ないんだよ」
「冬瑚ちゃんは良い子っス。絶対にサンタさんは来るよ」
「来ないよ。だって来たことないもん」
「冬瑚ちゃん・・・」
冬瑚はただ当たり前の事として言っている。サンタが来るのは別の世界のお話だと。自分には関係のないことだと。
願い方を知らないこの子が我が儘だと言った願い。これは何が何でも叶えなければならない。クリスマスが来るたびに、周りの子たちがプレゼントの話で盛り上がるたびに、傷ついてきた冬瑚の願いを叶えることは俺たちサンタの使命である。
この後、香苗ちゃんが彩歌さんを車で送ることになった。
「彩歌ちゃん、また遊びに来る?」
「うん!絶対また来るっス!」
「ほんとに?約束だからね!」
玄関で指切りを交わす2人を見守りながら、彩歌さんに別れを告げる。
「今日はありがとう。またね、彩歌さん」
「こちらこそっス。秋人クンのお鍋、最高だったっス」
「ん」
ん、てお前。不愛想な秋人の様子を気にした様子もなく、彩歌さんは笑って去って行く。
「またね!」
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香苗ちゃんの運転する車の助手席に鳴海彩歌は緊張した面持ちで乗っていた。打ち解けたとはいえ、彼氏の母のような存在の人と二人きりになるのはまだ、心の準備が・・・!
「彩歌ちゃん」
「はい」
返事が少し上ずってしまった。やっぱり釘を刺されるのだろうか。どどどどうしよう!?
「ありがとうね」
「へ?」
予想外の言葉に思わず変な声が出てしまった。
「夏くんを選んでくれてありがとう」
「い、いえ!私が選んだというか、私を選んでくれたというか!」
あれ?なんか変なことを口走っている気がする。ええい、なるようになれ!
「夏くん、張りつめた糸みたいになってた時期があったの。それがある日を境に、纏う雰囲気が柔らかくなった。・・・それはきっとあなたのおかげだったのね」
私がストーカーに絡まれたあの日のことだろう。智夏クンが抱えるものを聞いたあの日。
「それに、冬ちゃんとも仲良くなってくれて」
「いえ、それは冬瑚ちゃんが正面から来てくれたおかげっス」
「それでも。ありがとうって言わせて。・・・・・・・・・・あと、あの~」
今までの子を想う母のような顔から一転、少し申し訳なさそうな声を出した。
「冬瑚ちゃんから聞いた願い事っスか?」
「オシエテクダサイ」
内緒ね、と約束したことを聞こうとしているのが気まずいのか、何故かカタコトで聞いてきた。
「わかりました。元からお話するつもりでしたから」
「そうなの?」
「はい。お話すべきだと思いまして」
あの時、耳元でともすれば消えそうな声で小さな女の子が紡いだ願い。
『みんなに一緒にいてほしい』
この願いはサンタさんがきっと叶えてくれるはずだから。
~執筆中BGM紹介~
とらドラ!より「ホーリーナイト」歌手:逢坂大河(釘宮理恵)様・櫛枝実乃梨(堀江由衣)様・川嶋亜美(喜多村英梨)様 作詞:岡田麿里様 作曲:橋本由香利様




