キスはダメ
サブタイトルは彩歌ちゃんが言ってます。拒否られるのか、主人公―――!?
学校帰りの学生で賑やかなファミレスの一角。周りの楽しそうな表情で話に花を咲かせている客たちとは対照的に、深刻な空気を纏う一席。
「本当に、ハルヒコはもういないの?」
「いないよ」
春彦の死を受け入れられない様子のエレナの姿は、まるで昔の自分を見ているかのようで胸が痛い。ここで俺がエレナを慰めたら、ただの傷のなめ合いになってしまう。
「エレナちゃん、エレナちゃん!」
「・・・さいちゃん」
言葉を言いあぐねていたその時だった。彩歌さんが横に座るエレナの肩を掴み、正面から向き合ったのは。その姿はまるで幼い子供に言い聞かせるかのような態勢である。
「つらいの。苦しくて痛くて寂しいの。こんな気持ちになるくらいなら、全部忘れたいよ・・・」
涙も出ないくらいに追い詰められているエレナ。そっかぁ、忘れたい、か。
「エレナちゃん、本当に忘れたいっスか?春彦クンのこと。楽しかった記憶も嬉しかった記憶も、恋に落ちた記憶もなにもかも全部」
「だって、だって耐えられないわ!」
ここで初めてエレナが感情を出した。ぽろぽろと涙を零しながら、彩歌さんの腕を掴んでいる。
「エレナがつらいなら、春彦のことは忘れてよ」
「チーちゃん・・・」
そんな「そういえばいたな」みたいな顔するなよ。今の今まで存在感めっちゃ薄かったけどさ。俺は確かに春彦の弟で、エレナの友達だから。
「でもさ。エレナと久しぶりに会って、嬉しかったんだよ。春彦の思い出を一緒に話せる、って思ったんだ」
「チーちゃんは、どうやって乗り越えたの?」
乗り越えた・・・とは違う。今でも悲しくもなるし、寂しくもなる。でも、忘れることはできなかった。
「乗り越えたんじゃないんだ。全部抱えてるんだ。寂しいって気持ちも、楽しかったなって想いも、いろんな記憶ぜんぶひっくるめて」
「全部を、抱える・・・」
「そしたらさ、悲しい寂しいって気持ちよりも、楽しかった嬉しかったって気持ちの方がちょっぴり多いって気づいたんだ」
「・・・」
きっとエレナもそうだと思うから。なかったことにしてほしくない。兄を憶えていてほしい。
「それにさ。春彦のことを話すのに、こんな湿っぽい空気は似合わないだろ?だから、ほら。『笑ってよ』」
この言葉なら、エレナに届くだろうか。あの人の言葉なら。すると、ほんのりと、しかし確かに笑顔が見えた。
「ふ、ふふ。懐かしいわ。私が告白に失敗して泣くたびにハルヒコが言ってたわね。『笑ってよ』って。私を泣かせた張本人なのに」
エレナが猪のように告白して、春彦にばっさりと一刀両断されて。その後決まってエレナが号泣するのだ。何度も何度も見た光景だ。そして兄が「笑ってよ」と困り顔で言うのが印象的だった。
「私がいつまでも泣いていたら、またハルヒコを困らせてしまうわね」
「そうだよ」
「さいちゃん、ちょっと彼氏を借りるわね」
「「え?」」
彼氏を借りるってなに?と戸惑っている間にエレナが立ち上がって、対面に座る俺の眼鏡を取り、前髪を手で髪を梳くように上げた。だいぶクリアになった視界にエレナの顔を見る。最後に涙を一滴流して、虹のような笑顔で笑う。
「ハルヒコも、大きくなったらこんな顔になってたのかしら」
エレナの隣に座る彩歌さんが淡淡しているのが見える。
「キ、キキキキキスはダメっス!!私もまだなのに!」
「ち、違う違う!彩歌さん違います!顔見られただけですから!」
「え、チーちゃんキスもまだなの?ヘタレなの?チキンなの?」
エレナが座り直して言いたい放題言ってくれる。いや、タイミングがあれであれなわけでまだできなかったといいますか。
「チーちゃん、さいちゃん。今日は本当にありがとう。ようやく初恋を終わらせることができそうだわ」
「それは良かった」
「どういたしましてっス」
随分と長居してしまったファミレスの会計を済ませ、外に出ると辺りは薄暗く心地良い夜色に包まれていた。
「エレナ、眼鏡返して」
右手をエレナに向けて出すと、ニヤリとかつてのガキ大将の笑みが返ってきた。
「明日学校で返すわ。キスするのに眼鏡は邪魔でしょ?」
「「なっ!」」
「や~だ、二人とも顔真っ赤にしちゃって。私も新しい恋しよ~っと。じゃ、みなさん御機嫌よー」
あんなに御機嫌ようが似合わないお嬢様がいるだろうか、いやいない。店の前まで車で迎えに来ていた瀬場さんと目が合った。深々とお辞儀をされる。
「彩歌さん、帰ろうか」
「そうっスね・・・智夏クン、ちょっとこっち来て」
「?わかりました」
おいでおいでとやられて、彩歌さんの目の前に行く。すると彩歌さんが背伸びをしてギュッと抱きしめて頭を撫でてきた。
・・・・・・うん!?なにこれ、なんのご褒美ですか!!??
「頑張ったね」
「・・・!」
本当に、この人は。
俺が無理をしていたことに気付いていたのだ。気づいて、今まで黙っていてくれた。そして労ってくれた。
抱きしめてくれる彩歌さんの細い腰を抱き寄せて、チュッと軽くキスをする。ほんとだ、眼鏡が無い方がやりやすいし、なにより彩歌さんの顔が近い。
「さ~て帰りますか!」
「ふぇ?え?え、え~!?」
ぼぼぼ、と顔が真っ赤になる彩歌さんの温かい手を引きながら、帰路についた。
~執筆中BGM紹介~
「虹」歌手:Aqua Timez様 作詞・作曲:太志様
読者様からのおススメ曲でした!
とうとうキスしちゃった( *´艸`)




