大人でもあり、子供でもある。
連日投稿?そ、そんな単語は、し、知らないです。
今日はちょっと長め。
「これくらいなら縫う必要はないですねー。綺麗に切れてるんですぐにくっつきますよ」
全治2週間と医者から言われた。あと、ピアノもその間は禁止だとも。2週間ピアノに触れないのは辛い。
「香苗、あー親御さんに連絡したからすぐに迎えに来ると思うぞ」
診察室の外で待っていてくれた吉村先生。どうやらその間に連絡してくれていたようだ。
「先生は叔母をご存じなんですか?」
名前で呼ぶほどの仲とは、これいかに。1年近く一緒に住んでいて、香苗ちゃんに男の影が見えたことは無い。香苗ちゃんは黙っていればただの美人である。そう、黙っていれば。
「俺と香苗は同級生なんだよ。そんときに一緒にバンド組んでた。そんだけだよ」
「え、バンド!?香苗ちゃんバンドやってたんですか!?」
「香苗はボーカルな。めっちゃうまくて当時はモテモテだったぞ」
「マイクを握る姿が想像つきません」
がははっと豪快に笑う吉村先生。通りすがりの看護師の方にギロリと睨まれ、借りてきた猫のように大人しくなる。
「先生はドラムですか?」
「お、正解。やっぱ俺から隠し切れないドラマーのオーラが出てんのかねー」
「いやまぁ、あてずっぽうですけど」
ドラマーのオーラってなんだそれ。よれよれの先生の姿を見たら、おかしくなって笑ってしまう。
「お、笑ったな?」
ニヤリと口角を上げたと思ったら、頭を乱暴に撫でられる。
「聞いてもいいか?」
似合わない真剣な表情で先生が問いかける。
「ダメです。今はまだ」
「今は、ってことは、いつかは話してくれるのか?」
「そうですね。その予定です」
4人で犯人を見つけると決めた。それには先生の、大人の介入は望ましくない。
「高校生ってのは難儀なもんだよなー。大人でもないし、子供でもない。頼れる者は自分と、自分が信じた友人のみ。世界が広いようで狭い。けれど、空の青さは知っている」
「経験談ですか?」
「そうだなぁ。そうかもしれんな」
「そんな難儀な生き物と毎日関わる職業を、どうして選んだんですか?」
「大人でもあり、子供でもある。そんなお前らは見てて楽しいんだよ」
「さっきと矛盾してません?」
「矛盾の中で生きるのが高校生だ」
わかったような、わからないような。でも、それでいいんだと思えたら、心が軽くなったような気がした。
「夏くーん!!!」
「うぐぁっ」
背中に衝撃を受けたと思ったら柔らかいものに包まれた。
「香苗ちゃん、落ち着いて、ここ病院」
「香苗落ち着け、看護師さんに射殺されんばかりの目で見られてるぞ」
「だってだって〜夏くんが、私の大切な夏くんが怪我したって聞いたから…」
心配をかけて申し訳ないと思うが、心がポカポカとあったまる。心配されるって幸せなことなんだな。
「とりあえずスタンガン持ってきたんだけど、いる?」
「「なぜ」」
いやほんとに、なぜ。
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智夏が病院に向かっている頃。放課後の教室には、3人の生徒が集まっていた。
「それじゃあ5限目の体育の授業の時に、カッターの刃を入れられたってことだね」
一人は三大美女の一角、ふわふわの亜麻色の髪がトレードマークの花村香織。
「体育の授業中に休んでいた人はいるかしら?」
一人は、これまた三大美女の一角にして、人気急上昇中の現役声優、愛羽カンナ。
「男子は全員参加してた。女子は?」
一人はそこら辺に転がっていそうな普通の顔を持ち、『美女の正妻』の通り名を持つ男、田中。
「女子もみんな体育の授業、出てたよー」
「ということは、犯人はこのクラス以外の生徒、もしくは教師ってことになるわね」
「嫌がらせが始まった日に何があったか思い出してたんだけど、俺らが初めて昼飯一緒に食べた日なんだよ」
「そういえば食堂で4人で初めて食べた日ね」
「つまり、嫉妬による犯行ではないかと思う」
「嫉妬?」
香織が首を傾げる。どうやら三大美女の存在を知らない様子。一方でカンナは知っていたようで、納得の表情をしている。
「三大美女のうち二人も侍らせてんだ。嫉妬なんぞされまくりだ」
「三大美女?なにそれ?」
「私か、香織さんを好きな人による犯行ということね?」
「え?カンナちゃんはともかく、私も三大美女にランクインしてるの?」
「お前ら二人と、生徒会長を含めた3人が三大美女って呼ばれてんだよ」
「うぇぇぇえええ!」
顔を羞恥のためか赤く染めて、香織が叫ぶ。
「話を戻すけど、私も香織さんも結構な人数に好かれているから、範囲は広いわ」
「そうなんだよなー」
「なんだか推理漫画みたいだね」
「確かにな。だけどここには高名なじっちゃんがいる奴もいなければ、頭脳と見た目の年齢が違う奴もいない。だから俺たちは俺たちのやり方で犯人を見つける」
「私にできること…」
自分に何ができるかを、それぞれに考える。
「親衛隊のメンバーに協力を依頼してみるわ」
「親衛隊なんていたのかよ。そいつらが犯人とかじゃねぇよな?」
「親衛隊の躾はきちんとしているわ。他人様に危害を加えるような人間はいない」
「そ、そうか」
さすが人気声優だな。さすがかどうかは疑問だが。
「花村は顔が広いから、その人脈を活かして聞き込みをしてくれないか?一番面倒なこと押し付けて悪いが」
「全然いいよっ。私でも役に立つなら、どんどん使って!」
「あなたはどうするの?」
「俺は情報収集、かな」
「「?」」
数分後、三人はそれぞれの目的を果たすため、教室を後にしたのだった。
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田中家にて。長男と長女の会話がなされていた。
「兄上殿、いかがした?我が城を訪ねてくるとは珍しい」
「城っていうか部屋な。ってそんなことより深凪、アレ貸してくれ」
「アレは元々は兄上殿のリーサルウェポンなのだから使ってくれて構わないであります。けど兄上殿?もしかして『スノードロップ』復業するのか?」
「うぅっ!俺の黒歴史を呼ばないでくれ!」
心に見えないダメージを負ったかのように胸を抑える。
「なぜだ兄上殿。見えない悪を白日の元に晒す天才ハッカー『スノードロップ』。超カッコいいではないか」
ぐさっぐさっと絶賛厨二病をわずらっている妹が兄を無意識に攻撃しながら過去の黒歴史を晒していく。田中家長男、高校入学前までは世界中のネットユーザーに人気だった天才ハッカー『スノードロップ』として暗躍していたのだった。
「『スノードロップ』の花言葉、あなたの死を望みます。なんて素敵な花言葉。まるで兄上殿のためにあるかのようじゃないか!」
「深凪、やめて。お兄ちゃんのメンタルはもうボロボロ。これ以上言われたら再起不能になっちゃう」
床に伏しながら情けない声で妹を止める姿からは想像もつかない。がしかし、確かに世界中の悪党を震え上がらせた張本人である。
「それで兄上殿。一体だれを成敗するのだ?」
「俺の大切なダチを傷つけたわるーい大人」
「兄上殿の大切な人に手を出すなんて、命知らずな」
「その言い方は誤解を生む可能性がある。ダチな、恋人とかじゃねぇからな」
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「あなた達、血の掟は覚えてる?」
「もちろんです!カンナ様!」
とある空き教室に密かに集まった生徒たち。中には教師もいるようだ。教室いっぱいに整然と並んだ彼らが崇拝するのが、愛羽カンナである。本人は内心頬を引きつらせているが。そんなことはおくびにも出さずに、堂々とした姿でこの集団をまとめあげる。
「一つ!他人様に迷惑をかけずに活動すること!」
5つある隊のそれぞれの隊長たちが順に声を上げる。
「一つ!親衛隊同士は仲良くすること!」
親衛隊には男女の差、学年の差はない。
「一つ!カンナ様のプライベートに踏み込まないこと!」
彼らの共通点はただ一つ。愛羽カンナの崇拝者であること。
「一つ!カンナ様の命令は絶対!」
正直ヤバイ奴らである。
「一つ!カンナ様のご友人の安寧を守ること!」
静かに聞いていたカンナが口を開く。
「破った者は?」
その場にいる全員が一矢乱れぬ姿で唱える。
「「「命を持って償うこと!」」」
「今日、緊急集会を開いたのはみんなの力を貸して欲しかったから」
「カンナ様が、我らの力を?」
「カンナ様が求めてくださるなんて、初めてだ」
彼らにとってカンナからの初めての命令。皆が使命感に燃えていた。
「私の大切な人を傷つけた不届き者を見つけて欲しいの。お願い、協力して」
深々と頭を下げる。臣下にも頭を下げる姿にますます忠誠心を深めながら、彼らは一斉に答えるのだった。
「「「承知しました!!!」」」
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「あ、キョンちゃん?いきなりごめんねーちょっと聞きたいことがあってね?」
他の2人が不穏な手段を取るなか、健全な方法で聞き込みを進める香織なのであった。
田中は謎多き男。そんな男の一番の謎は、名前である。