自分勝手
最近録り溜めたアニメを消化するのに忙しいです。あととても目がかゆいです。花粉症の方、なんとか生き抜きましょうね。
エレナ・トルストイと俺が出会ったのは、小学校の入学式だった。同じクラスで隣の席。青い目の俺と緑の目のエレナ。この目の色でからかわれることもあった俺は、当時エレナの目を見て幼いながらに同族意識を持ったのを覚えている。
「あの、僕、御子柴智夏っていうんだ。君の名前は?」
引っ込み思案だった俺は、勇気を振り絞って隣の席の女の子に声をかけた。緊張で声が上ずったのが恥ずかしかった記憶がある。
「エレナ・トルストイだよ!よろしくね、ちなちゅ!」
あ、噛んだ。しかも盛大に舌を噛んだのか口を押えて涙目で唸っている。
「エレナちゃん、大丈夫?保健室行く?」
「う~っ。行かない。あなたのお名前って言いにくいからチーちゃんって呼んでいい?私のことはエレナでいいよ」
「うん!僕あだ名で呼ばれるの初めてだから嬉しいよ、エレナ」
日本には無い髪と瞳の色を持ちながら、少し噛みながらも流暢に日本語を話すあべこべな姿に慣れるのに時間は然程かからなかった。
その日から毎日のようにエレナと、エレナに集まってきた子供たちと一緒に遊んでいた。初めのうちは自ら進んで遊んでいたが、だんだんとエレナのガキ大将の才覚が開花し、いつしかエレナに引きずりまわされるようになっていたのだ。あんなに木の棒が似合う小学生女子はなかなか見当たらないだろう。恐ろしや~。
そんなこんなで日々を過ごし、事件は起きた。黙っていれば美少女なエレナが誘拐されかけたのだ。
「お嬢ちゃん、お嬢ちゃんといつも一緒にいるお友達が向こうで怪我したって!」
「それチーちゃんのこと!?チーちゃんはどこですか!!」
「ついておいで!」
1か月ほど前からエレナのことをストーカーしていたらしい男が、俺がエレナから離れた隙を見計らって声をかけたらしかった。俺が怪我をしたと思い込んだエレナはまんまと男についていき、あわや車に連れ込まれる寸前。
「エレナちゃん、だよね?その人だれ?」
一つ年上の俺の兄、春彦が異変に気付いて声をかけたのだった。エレナは何度か俺の家に遊びに来ていたので、お互いに面識はあったのだ。
「た、助けてっ」
泣きながら助けを求めるエレナの手を掴み、春彦は誘拐犯から距離を取って周囲一帯に響くような大声で叫んだ。
「たーすーけーてー!!!不審者だー!!」
この声に驚いた誘拐犯はその場を車で逃走、その後すぐ警察に捕まった。
兄の大声を聞いて急いでその場に向かった俺が見たのは、目をハートにしながら兄に抱き着くエレナの姿だった。
「エレナと結婚してください!」
「ごめん。俺エレナちゃんのこと良く知らないから」
人気者だった兄は俺と違ってそれはもうモテた。しかし兄は色恋事にはまったく興味が無いらしく、全てのお誘いを断っていたようだった。こうなると普通は男から嫌われそうだが、不思議なことに兄は同性からも慕われていた。
それにしてもバッサリと告白を断るなぁなんてこの時は暢気に思っていたが、後で誘拐未遂が起きたと聞いて、それってつり橋効果ってやつでは?と思わなくもなかったが言わぬが花だと黙っていた。
結局エレナは冬にロシアに戻る直前まで兄に告白しまくっていたが、一度も良い返事はもらえないまま。兄と二人でエレナを空港まで見送りに行った日が、2人が言葉を交わした最後の日となった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
4限目の授業中。俺は授業をサボり、無人の教室でエレナの秘書の瀬場さんと話している。
「ロシアで春彦様の訃報を知って、すぐさまお嬢様にお伝えしたのです。しかし、お嬢様は受け入れることができなかった。初恋の相手が亡くなったという凶報は、お嬢様には耐えられなかったのです。お嬢様の目から光が消え、言葉も話さなくなり、食事もせず、日に日に憔悴していくお嬢様を見て、当主様がお決めになったのです。春彦様が生きていたことにしよう、と。死者を冒涜する最低な手段を取ったことはわかっています」
要するに、春彦の死を受け入れられなくてエレナの心が壊れかかって、何とかしようと思った結果「春彦実は生きてるよ」と嘘を言っちゃったと。はは~ん、なるほどね。
「これも全て言い訳にしかならないのですが、エレナ様の心が成長したらきちんと真実を話す予定だったのです。新しい恋でも見つければ乗り越えられるだろう、と。しかし、エレナ様は新しい恋を見つけるどころか、日に日に春彦様への想いを募らせていきました。そしてとうとう事情を知らない前当主様を抱き込んでお嬢様が勝手に留学手続きをしてしまったというわけです」
まるですべてエレナが悪いかのような言い方に、ぶちっと堪忍袋の緒が切れる音が聞こえた。
「清々しいくらいに自分勝手ですね。エレナの心が壊れてしまわないように嘘をついた?ふざけるな。9歳の子どもに初恋の相手が死んだと伝えればどうなるかくらい予想が付くだろ。お前らはエレナにさっさと初恋を諦めてほしくて嬉々として春彦の死を伝えたんじゃないのか」
こいつらの俺たちを値踏みするかのような目がずっと嫌いだった。エレナが1コ年上の春彦に惚れていることは一目瞭然だった。ずっと「好き好き」言ってたし。そしてそれを応援するでもなく、こいつらは止めていたのだ。「お嬢様にはもっとふさわしい相手がいます」と言って、幼いエレナの心を踏みにじって。
「言葉も話さなくなったって、それはお前たちと話したくなかったからだろ。エレナがショックを受けたのは春彦の死だけじゃない。それを伝えた大人たちの汚い感情を見てショックを受けたんだ」
「そ、んなこと」
「ないって?本当に言い切れるのか?エレナの心を弄ぶようなことをしておいて!」
新しい恋でも見つければって、なんだよそれ。エレナが勝手に留学の手続きをしたのは、周りの大人が信用ならないからだろ。ぐっと歯を食いしばりながら俯く瀬場さんの姿にすら怒りがこみ上げる。
「エレナは、暴力的だし、短絡的だけど、バカじゃない。多分、薄々気づいてるよ、春彦が本当は死んでいること」
「そんな素振りは一度も・・・」
「そんな素振り見せたらあんたらはすぐに新しい恋とか言って見合い相手見繕うだろが」
否定しないってことは本当に見合い相手をあてがうつもりだったのか。本当に胸糞悪い話だ。けど、かつての友人を、兄を愛してくれた人をこのまま放っておくことはしたくない。
「俺がこれからすることは、あんたらのためにやるわけじゃない。そのことを努々忘れるなよ」
そう言い残して教室を出る。
あ、今授業中だった。どうしようか、廊下をうろちょろしてたら先生に捕まるし。屋上で時間潰そうかな。
~執筆中BGM紹介~
ワンパンマンより「THE HERO!! ~怒れる拳に火をつけろ~」歌手:JAM Project様 作詞・作曲:影山ヒロノブ様




