トルストイ家
突然のロシアからの留学生に驚きはしたものの新しいクラスメイトに関する興味が勝り、休み時間のたびに彼女、エレナ・トルストイは男女問わず囲まれていた。隣の席の俺はエレナとお近づきになりたい男子たちに肘でぐいぐいと壁際に追いやられる。
そんなに警戒しなくても、俺とエレナがそういう関係になることは絶対にない。
だってエレナは――。
「幼馴染がロシアの儚げ美女とか、しかも留学生として高校で再会するとか何それなんていうラブコメ?」
「え?ごめん聞いてなかった」
「しばちゃ~ん。なんで聞いてないんだよ~。そんな子に育ては覚えはありませんよ」
「育てられた覚えはありませんよ」
田中は俺の母ちゃんか。めそめそと嘘泣きしている田中の髪を下じきで擦って静電気で髪を逆立たせる。家で冬瑚が自分の髪でやっていたときは面白いくらい摩擦で髪が逆立ったのだが、男の短い毛ではたいして変化はなかった。
「次の授業なんだっけ?」
「あーえっと、4限目だから・・・・・・・・・体育?」
そうそう確か体育だったよなー・・・あ。
「更衣室に行かねば!」
授業開始まで残り5分。なぜ5分間誰も気づかなかったのか。答えは簡単、エレナに気を取られていたからだね!ハハ!
エレナの周りに集まっていた生徒とその様子を周囲で窺っていた生徒、我関せずと見せかけてちょいちょい様子見していた生徒たちが雲の子を散らすように教室を飛び出る。体育の先生って遅刻とか許してくれないもんなー。
「4時間目 みんなでサボれば 怖くない」
「みなさんサボらないから走って更衣室に向かったのでは?」
「まったくもってその通りです」
誰も残っていない教室に2人の影。俺の俳句に至極真っ当なツッコミを入れてきた人物を見やる。
「久しぶりですね、智夏坊ちゃん」
「だから坊ちゃんはやめてくださいと何度言えば済むんですか、瀬場さん」
「おや。私の名を覚えていてくださったのですか。確か前回お会いしたのが10年ほど前でしょうか」
「はい。俺が小学一年生のときでした」
瀬場さんはエレナに仕える執事さんである。ちなみにエレナの実家、トルストイ家はとてもお金持ちの家である。
そんなエレナお嬢様は小学一年生の冬までは日本にいたのだ。親の仕事の都合で途中で転校してしまって、それからは音沙汰無しだったのだが。
「瀬場さんって今おいくつでしたっけ?」
「今年ちょうど30になったところですよ」
ってことは最後に会ったのが瀬場さんが20歳のときということになる、のだが。
「瀬場さん本当に年取ってます?」
俺の記憶の中の姿と全く変わってないってどういうことだ。オールバックの黒髪も、鋭い黒目も何も変わっていない。
「実は私、サイボーグなんです」
「だと思いました」
「ふふ、そうでしたか。やはり見抜かれていましたか」
和やかに冗談のラリーをしていたところで、四限目の開始のベルが鳴る。程よいタイミングで鳴ったので、冗談はやめて本題に入ることにする。
「瀬場さん、それで大事なお話ってなんですか?」
2限目の移動教室から自分の教室に戻ったら、机の中に手紙が入っていたのだ。そこにはただ一言『4限目にこの教室で大事なお話があります。』とだけ書いてあった。一瞬ラブなレターが入ってるのかと思ってソワッとしちゃった俺の男心を返してください。
「単刀直入に言います」
あー聞きたくないなぁ。くるっと瀬場さんに背中を向けてこの場から立ち去りたいと思ってしまうくらいには嫌な予感がする。
「お嬢様の初恋を終わらせてください」
ほら、やっぱりろくでもない内容だった。
「他人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られるんですよ」
「智夏様」
「初恋は実らないって言いますけど、他人が外から言うことでは」
「智夏様!」
瀬場さんの、というよりはトルストイ家の願いを断りたくて、つらつらとできない言い訳を並べていたが、止められてしまった。
「・・・なんで俺なんですか?」
「それは貴方が一番わかっているのではないですか?」
頼まれている側なのに試すような言い方をされてムッとなる。だから俺は昔からエレナの家の人たちが苦手だったのだ。このままやられっぱなしというのも性に合わないので、あえて半分だけを答えることにする。
「俺がエレナの友人だから、ですかね?」
「・・・すみません。智夏様を不快にさせる意図はなかったのです」
そう素直に謝られると俺がすごく悪いことをしたみたいで嫌になる。息をついて気持ちを切り替えて、正解の残り半分を口にする。
「俺がエレナの初恋の相手である春彦の弟だから、ですね」
~執筆中BGM紹介~
魔法戦争より「Born to be」歌手・作詞:ナノ様 作曲:WEST GROUND様
読者様からのおススメ曲でした!




