クランクアップ
久しぶりにシスコーン食べたらお腹がぁ!
今日は『みんな大好き!くだものちゃん!』のキャラクターソングの収録日である。もちろん冬瑚と仲良く手を繋いで行きましたとも。ええ。
お仕事なので例の如く上半分だけの狐面を付けている。正直この狐面を付けている意味はあるのかと悩むときがあるのだが、社長や香苗ちゃん曰く「狐面がいい」らしい。ツボを刺激するとかなんとか。
「冬瑚ちゃんスタンバイお願いします~!」
「はい!」
名前を呼ばれた途端にシャキッと背筋を伸ばして立ち上がる冬瑚、いとおかし。
「楽しんでおいで」
「うん!行ってきます!」
冬瑚に手を振って送り出すと、冬瑚も同じように手を出してハイタッチしてきた。それを見た他の子どもたちが目を輝かせていたので、この後全員とハイタッチするんだろうな、と思わず苦笑してしまう。
この後、予想通り全員をハイタッチで送り出し、順調に収録は終わった。途中で最年少の和馬がコードに足を取られて転ぶハプニングはあったが。冬瑚が肌身離さず持ち歩いている絆創膏が役に立った瞬間だった。
年末特別アニメ『みんな大好き!くだものちゃん!』に声で出演する子供たちは今日でクランクアップを迎えたため、スタッフから小さな可愛い花束がそれぞれに渡された。
「5人とも本当によく頑張った。予想をはるかに上回る素晴らしい働きだった。これからの活躍を楽しみにしている」
糸田監督からの初めての褒める言葉にハルトと衣吹ちゃんは涙ぐんでいる。監督は無口だし顔怖いしでこの2人はかなり怖がってたもんな。怖がりながらも監督に意見を求めたり、互いにアドバイスし合ったり、本当にみんながんばって・・・やべ、泣きそう。もう兄の気持ち通り越して親の気持ちで見てきたからなぁ。
「皆さん!今までたっくさんお世話になりました!私たち5人、精神的にも技術的にも大きく成長することができた現場でした。これは私たちからの感謝の気持ちです。受け取ってください!!」
冬瑚が5人の子役の代表として声をあげる。冬瑚はリーダーとしてこの仕事を頑張って来ただけあって、責任感と統率力が養われた。5人で各々スタッフの元へ感謝の気持ちを書いた色紙を渡していく姿を見て感慨にふける。
糸田監督には5人全員で色紙を渡していた。子供たちは色紙を渡すことに集中していて気づいていないが、あの強面の糸田監督の目尻が少し下がっている。それもほんの一瞬のことで、子供たちがそろそろと顔を上げる頃にはいつもの表情に戻っていた。ちなみに冬瑚はただ一人だけ顔をあげていたが、じっと監督の頭を見ていたため表情の変化には気づいていなかったと思う。ていうか、何故頭を見ていたのか。今はまだ監督ふさふさですよ?これからの心配ですか、冬瑚さん?
それから5人は俺の元にやってきた。
「苦手だったお歌を頑張ることができたのは智夏お兄ちゃんのおかげだよ!ありがと!」
最年少の和馬が先陣を切る。目の高さが立ったままでは合わないので、片膝をついて言葉を受け取る。
末っ子のような和馬の一生懸命努力する姿を見て他4人の子たちは奮い立っていたのだ。「弟に負けていられない」と。もちろん俺も。何より歌の伸びしろは一番すごかった。今までの努力が伝わってくるような歌声だった。
「人前でも緊張せずに歌えるようになったのはね、智夏お兄さんのおかげだよ!本当にありがとう!」
人前で歌うことに以前は緊張していた衣吹ちゃんは、今では緊張をほぐす方法を確立して伸び伸びと歌えるようになったのだ。ちなみにその方法とは、俺のアフロのかつらを思い出すことらしい。あの姿が役に立っているならなによりだ。
「智夏兄ちゃんと冬瑚のおかげで俺は腹式呼吸ができるようになった!サンキュー!!」
ニカっと八重歯を見せて笑ったのは一番元気な大彌である。最初は腹式呼吸ができずに苦戦していたが、できないことはとことん練習する努力家タイプだったらしく、次に会ったときには腹式呼吸で歌えるようになっていた。
「ありがとう、智夏兄さん。お世話になりました」
シンプルなハルトの言葉。だが、そこにはいつもの間延びしたゆるっとした響きはなかった。真剣に俺と向き合ってくれている。そう感じ取れて嬉しかった。
「最後に冬瑚だね。夏兄、ううん、智夏さん。冬瑚たちのこと見ていてくれてありがとう。一緒にお仕事ができて幸せでした!これ、みんなからの感謝の気持ち!」
すっかりお姉さんのようになった冬瑚からそれぞれの感謝の言葉が書かれた色紙を渡される。
「ありがとう。俺もみんなと仕事ができて本当に良かった。これからの5人の活躍を楽しみにしてるよ」
この現場が終わるということは、このメンバーで集まるのも今日で最後ということ。その実感が今さら湧いてきて、寂寥感にさいなまれる。もうこの子たちが駆け寄ってきてくれることもないかと思うと・・・・そうだ。最後にいいこと思いついた。
いつも子供たちの方から俺に抱き着いてくれてたので、今度は俺の方から瞳を潤ませた子供たちを抱きしめる。
「これからもっともっと大きくなれよ!!」
こんな風に抱き寄せることもできないくらいに大きく成長する姿を想像しながら。きっとそれはそう遠くない未来。
「うわぁぁぁぁん!!!」
「離れたぐないよぉぉぉお!」
「まだ一緒にいだいぃ!」
「智夏兄さぁぁあん!」
「寂しいよぉ!」
涙を流しながら抱き着いてくる子供たちとぎゅうぎゅう抱きしめあいながら別れを惜しむ。
「また会えるよ」
「そーそー。今の時代いつでも連絡取り合えるっしょ?泣きべそかいてないで帰るぞ~」
頭上から降ってきた雰囲気ぶち壊しの声の主を見上げる。
「げぇ!ナンパ野郎!」
「げぇ!はこっちのセリフだイケメンこの野郎!」
ばちばちと火花を散らせていると泣き声が笑い声に変わったので、たまにはナンパ野郎も役に立ったのだろう。たまには、だが。むしろこの一回で最初で最後のお役立ちシーンかもしれない。そんなこんなでグダグダになりながらも無事、クランクアップを迎えたのだった。
冬瑚とスタジオを後にしたおよそ1時間後のこと。
「ここにハルヒコがいるって聞いたんだけど、いる?」
「彼なら帰ったぞ」
強面の糸田監督に物怖じせずに堂々と話しかける少女が一人。
「また入れ違い!もう!」
頬を膨らませながら怒る少女を追いかけるようにスーツの男が入ってきた。
「お嬢様、勝手に動かないでくださいよ」
「だってハルヒコがいるって聞いたから~」
「少しは落ち着きというものをですね、」
「はいはいわかったわ」
お嬢様と執事然とした二人の会話を周りで見ていた人々は呆然として聞いていた。
「スパシーヴァ」
少女はそう言い残して執事のような男とその場を後にした。
「すぱしーば?何語?」
「ロシア語だな」
「へぇ~あの子ロシアのお嬢様なんですかね~」
「そんな子が御子柴君になんの用でしょうね?」
「さぁ~?」
~執筆中BGM紹介~
Undertaleより「MEGALOVANIA」作曲:Toby Fox様
読者様からのおススメ曲でした!




