先輩おこですか?
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今日はかなり冷え込むらしく、マフラーに顔を半分沈めて両手を制服のポケットに突っ込みながら生徒玄関に入る。あ、めがね曇った。
「あの先輩誰を待ってるのかな?」
「2年の下駄箱の前に仁王立ちしてるけどあの人3年だよな?」
「スタイルばっちりだな~」
「あの綺麗な口の中に入ってる飴になりてぇ~」
「気持ち悪いぞお前」
めがねに車のワイパーみたいなの付かないかなぁと思いながら自分の下駄箱に向かっていたら、やたらと周囲がざわざわしているのに気づいた。
…………俺の下駄箱の前に知らない女の先輩がいる件。さ~てこれからどうやって上履きを取りましょうかね。
①「すみません上履き取りたいので少しずれてもらっていいですか?」
②無言のアピール
③「俺に何か用かい?子猫ちゃん(笑)」
よし、①だな。②はともかく③はないわ~。そもそも先輩だし。ぽけ~と飴を咥えている先輩に声をかける。
「すみませ、」
「御子柴智夏?」
「へ?」
「あんた、御子柴智夏かって聞いてるわけ」
先輩おこですか?朝はイラつくタイプの人ですか?初対面でイラついた態度をとってくる人に素直に名乗り出る気にはなれなかったので他人のふりをすることにした。
「いえ違います。上履き取りたいのでどいてもらえます?」
用意していたセリフより幾分か棘のある言い方になってしまったのは仕方ないだろう。ちなみに下駄箱には扉が付いており、それぞれのクラスと出席番号のみが書かれている。この先輩は俺の出席番号を知っているみたいだから俺が御子柴智夏だとバレないように、背中で先輩の視線を遮りながら上履きを取る。が、俺が人違いだと言ったことで興味がなくなったのか既に俺のことは見ていなかった。
朝の珍妙な出来事などすっかり忘れて授業に集中していたのだが、昼休みに入って例の先輩が座っている俺の胸ぐらを掴んで揺さぶっていた。
「な~んで嘘ついたのよ~!!」
前後に激しく揺さぶられて、頭がぐわんぐわん揺れる。
「あわわっ先輩、智夏君の首もげちゃう!落ち着いてください、ね?」
「外野は黙ってな。飴ちゃんあげるから」
「あ、ありがとうございます?」
「俺も飴ちゃん欲し~」
「ほら」
「あざーす」
香織が一瞬にして買収され、田中が餌付けされた。なんだこの手際の良さは!?てかそのポケットに一体何本飴ちゃん入ってるんだ。
「で?御子柴智夏。なんで嘘ついたの」
「釈然としなかったから、でしょうか」
初対面でいきなりイラつきながら名前聞いてくる人にどうして正直に名乗れると思ったのか。
「朝は寒くてイラついていた。八つ当たりしたことは謝るよ。すまなかった」
あっさり謝ってくるので拍子抜けしてしまった。寒かったのなら厚着するか、場所や時間を変えればよかっただろうに。
「俺も嘘ついて名乗り出なくてすみませんでした。それで、俺を探していたのはなぜですか?」
寒い思いをしながら俺を玄関で待っていたその理由は。
「あぁそうだ。そうだった。私の恋人になってくれ。御子柴智夏」
「…………え、幻聴?」
私の恋人になってくれって聞こえたような気がしたんだが。おっかしいな。耳はいい方だと思ってたのに。
「幻聴でも勘違いでもないよ。私とお付き合いしてくれ」
「お、お断りします…」
幻聴じゃないのならきちんと断らねば。俺には彩歌さんという立派な彼女がいるんだし。そう、彼女が。
「そうか、わかった。それじゃあ」
「「え、ええええ!?」」
棒付き飴をなめていた田中と香織の二人が驚愕の声をあげる。
「なになに!?しばちゃんこの先輩とお知り合いだったの!?」
「初対面」
今日会うのは二度目だが初対面と言ってもいいだろう。そもそも名前すら知らないし。
「え!?じゃあ先輩が一方的に智夏君を知ってたんですか?」
俺の返しに驚いた香織が先輩に質問する。
「いいや?名前しか知らなかった。顔なんて今知ったくらいの仲だよ」
ですよね。うんう……ん?あっれー?ますます先輩が告白してきた理由が分からないぞ?
「クリスマスの前に彼氏が欲しくてね。お誘いした次第だよ」
振られちゃったけどね、と先輩は笑っていた。
「あの御子柴智夏の彼女になるという気分はどんなものだろうかと思って」
「つまり先輩は有名人と付き合ってみたかったってこと?」
「そういうこと」
はははっと快活に笑いながらとんでもないことを自白してきた。そんな理由で顔も今知ったような男に告白するか、普通。いやJKの普通とか知らんけど。
「私の他にもこういう女はいるぞ。特に3年生は受験で疲れて正常な判断ができないからな」
「他人事みたいに言ってますけど先輩も受験生でしょ」
「私は先日推薦入試で合格通知をもらったよ。だからこうして後輩の男の子に会いに来る余裕がある」
同じセリフを3年生のいる教室で言おうものなら殺気の籠った視線で穴あきチーズにされそうだ。まぁでもとりあえず。
「合格おめでとうございます」
「「おめでとうございます」」
俺に続いて田中と香織も合格祝いを言う。推薦だろうがなんだろうが受験して合格したことに変わりはない。3人の合格祝いの言葉を聞いて先輩は驚いた表情をした後に、嬉しそうに笑った。
「ありがとう。学校で合格を祝ってくれたのは君たちが初めてだよ」
「そうですか。それで先輩お名前は?」
「もう少し私の言葉に興味を示してくれてもいいんだよ?御手洗だ。改めてよろしく、御子柴」
そうは言われても興味のないものはない。しかし、聞いてくれよ、と言って御手洗先輩は手に持っていたお弁当の包みを開けて、近くにあった椅子を持ってきて座って食べ始めた。居座る気満々ですね。
「推薦組は肩身が狭いんだよ~。先生は合格したこと周りに言いふらすなって言うし。友達に報告しても「ふーん」で終わったし。ひどいと思わないかい?」
「ほーでふねー」
秋人が作ってくれたお弁当を食べながら先輩の愚痴を右から左に聞き流す。
「努力なしで合格したわけではないというのに!納得いかない!不平等反対!」
「でふねー」
このポテトサラダ美味しいな。御手洗先輩に告白された時に本当は「彼女いるので」と言って断りたかった気持ちはあったのだが、社長と彩歌さんの事務所の方から交際は認めるけど公言はするなと言われてしまったのだ。
「御子柴、やっぱり私と付き合う気になった?」
「でふ、え?お断りします」
あっぶね~。うっかりまた「ですね~」と答えるところだった。
「残念だ。気が変わったらいつでも声をかけてくれていいよ。それじゃあまた来るね」
また来るんだ……。なんだろう、嵐にあった気分だ。
「あ、そうだ。このクラスに来週から留学生来るみたい」
そういう情報って担任から聞くものではないだろうか。俺たちも知らない情報をなぜ先輩が?ひらひらと手を振って教室を出る先輩の情報網の広さに畏怖の念が湧いてきたのだった。
留学生ってどこの国からなのかなーなどと呑気に考えていた。
このときの俺はまだ知らない。特大のタイフーンが日本に上陸していたことに。
「フフフ、待っててアタシの愛しい人」
遠くで雷が鳴る音がした。
~執筆中BGM紹介~
うる星やつらより「ラムのラブソング」歌手:松谷祐子様 作詞:伊藤アキラ様・小林泉美様 作曲:小林泉美様
読者様からのおススメ曲でした!




