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私は知りたい

111話目でございます。お納めください。


前回のお話で皆様の恥ずかしい話を聞くことができました。皆様結構恥ずかしい思いをしていらっしゃる。




「好きだなぁ」


…………うん?


俺の心の内を読んだかのようなタイミングで隣の席のお客さんの声が聞こえてきた。ほんの一瞬、ぽろっと心の声が零れ落ちてしまったかと思った。


「この青りんごゼリー」

「「・・・」」


デザートでこんなにも感慨深く感想を述べられる人もいるんだな、と感心する。こういう小さなことに幸せを感じることができる人間になれるといいよね(誰目線)


鳴海さんと二人でぱちくりと目を合わせて、食べ終わった青りんごゼリーの容器を見る。青りんごの香りが鼻に抜けてたしかに美味しかった。


「どれも美味しかったっスね」

「世の学生はこんなに美味しい給食を食べてるんですね」


栄養が考えられていて、なおかつおいしいときた。これは給食を食べることができなかったのが本当に悔やまれる。


給食を食べた後は、カフェの一角にあるフォトスポットで撮ったり撮られたり撮られたり撮ってもらったりしながらカメラフォルダを潤し、名残惜しくも制服を返して再び街に繰り出していた。






「鳴海さん、公園で少し休憩しませんか?」

「いいっスねぇ」


若者2人が街歩きをしているというよりは、熟年の老夫婦が寄り添って散歩しているかのような居心地の良さを感じながら歩く。


大きな公園に入り、芝生の上で子どもたちが駆け回る姿が見えるベンチに座る。思えば今日一日タイミングに振り回されていた気がする。タイミング悪く天の声に邪魔されたり店員さんに声かけられたり告白紛いの声が聞こえてきたり。


子供たちのはしゃぐ声を聞きながら暖かな日差しを浴びていると、鳴海さんが俺の左手の小指をきゅっと握りしめながら言った。


「智夏クン、今から私が聞くこと、嫌だと思ったらそう言ってくださいっスね」

「はい」


鳴海さんの右手を自分の左手で包み込み、少し冷えた彼女の手を握る。


「私と出会う前の智夏クンを、教えてくれるっスか・・・?」


おずおずと尋ねられた内容に目を見張る。


「智夏クンが話してくれるのはほとんどが最近のお話ばかりっス。わざと過去に触れないようにしているのはなんとなく察してました。でも私は知りたいっス。智夏クンのことなら、どんなことでも」


・・・本当に自分が嫌になる。こうして鳴海さんから聞かれないと、俺はずっと自分の過去のことを伝えられずにいただろう。本当は、自分から言わなければいけないことなのに。聞かれなければ言わないとか、子供か俺は。


どこから話せばいいだろうか。どこから話してもきっと暗くなってしまう。そう思うとせっかく話す場を用意してくれたのに気が滅入ってくるが、左手から伝わる鳴海さんの体温に氷が解けるように、口を開く。


「カフェでも少し話しましたが、俺は小学校には通ってたんです。ただし小学4年生の途中まで、ですけど」

「4年生の、途中まで?」

「はい。()()()()俺には兄弟が3人いたんです」

「確か、弟さんと妹さんっスよね?」


鳴海さんの言葉にゆるゆると首を振る。この当時、俺に妹ができることは知らなかった。


「いいえ、一つ上に兄が()()んです。妹はまだ生まれてなかったので、男三兄弟()()()


"その当時" "いた" "でした" 意図的に過去形にしているとはいえ、これは少しつらい。鳴海さんも俺が過去形を使っていることに疑問を覚えているだろう。


「男三兄弟に、不器用だけど優しかった元ピアニストの母と小さな会社を経営していた父の5人で暮らしていました」

「お母様はピアニストなんっスね」

「はい。その影響でピアノを始めて、母から習ったんです。兄と弟はすぐにやめちゃったんですけどね」


母と和解する前は、ピアノを誰から習ったかなんて言えなかった。それどころか親の話題を出すことすら避けていた。今思えば、俺たちを引き取ってくれた香苗ちゃんは会話の話題選びに相当気を遣っていてくれたのだろう。親の話題は不自然なくらいに出なかったことに今さらながら気づいた。


「俺が小学4年生のときに、兄が事故で死んだんです。兄はまだ10歳でした」


痛いくらいに鳴海さんが俺の手を握ってくる。それは多分、俺の手が震えていたからだろう。どうしても兄の最期が脳裏にちらつく。大切な人を失った悲しみは今も消えない。でも、こんな俺にも大切な人がたくさんできたんだ。


「それから、父がおかしくなって、母に暴力を振るうようになりました。父から振るわれる暴力と、当時母のお腹には冬瑚がいたこともあり、母は俺たちを家に残して家を出ました」


母が家を出たときは兄が描いた絵も持ち出したのだが、これは言わなくてもいいだろう。家族のだれも冬瑚の存在を知らないまま、母は何も言わずに家を去った。


「最愛の息子が死んだショックと母に捨てられたことにより、父はますますおかしくなりました。母の顔にそっくりだった俺は、家の敷地内の離れに閉じ込められました。たまに父から呼ばれたと思ったら暴力を振るわれたり「お前が代わりに死ねば良かったんだ」と罵られ、まぁ散々でしたね」

「・・・智夏クンが無痛症になった原因って」

「父のせいです、はい。憎まれっ子世に憚るとは言いますが、日ごろの不摂生が祟ったのでしょう。去年の4月にぽっくりと逝きました」


行き場のない怒りをふぅーっと吐き出す鳴海さんの姿がどうしようもないほどに愛おしい。


「その男がまだこの世にいたとしたら、私は間違いなく殴り込みに行ったっス。私の智夏クンになんてことしてくれたんだ!って鬼婆のように怒り狂うと思う。今だって、あの世の人をどうにかして殴れないか考えているところっス」


無意識のようだけど、「私の智夏クン」と言ってくれたことに俺は嬉しくなった。鳴海さんの言葉に俺がこんなにも一喜一憂していること、彼女はきっと知らないだろう。俺がどんなに鳴海さんの言葉に、行動に、想いに救われたか。彼女は知らない。俺がどんなに、大切に思っているかなんて。


「俺のために怒ってくれてありがとう。彩歌(さいか)さん」

「当然っス。・・・っ!」


こつん、と彩歌さんの左肩に頭を乗せる。


「彩歌さん、俺、」

「いちゃいちゃしてるぅ~」

「かっぷるがいちゃこらしてるぅ~」

「チューしちゃえよ~」

「「・・・」」


芝生で駆け回っていた子供たちがその足を止めて俺たちを見てる。ついでに冷やかしももらった。お子様達よ、確かに君らに見える範囲にいた俺が悪い。けど、けどね、君らの超直球(ドストレート)な言葉は今の俺たちには刺激が強いよ・・・





~執筆中BGM紹介~

ファイナルファンタジーⅨより「独りじゃない」作曲:植松伸夫様

読者様からのおススメ曲でした!


読者の皆様よくぞこの最新話まで辿り着きましたな。だがしかし、2日後には次の最新話が待ち構えておりますぞ・・・!(作者は疲れている!)

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― 新着の感想 ―
[一言] 夏君の父親程ではありませんでしたが、私の父親も酷い親でした。暴力はそこそこでしたがギャンブル狂で、幼稚園児に麻雀の打ち方を仕込んだりパチンコ店や競馬場につれ回すという屑。 なので夏君の境遇…
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