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憎悪の炎





頭上から鉢植えが落ちてきた翌日以降も、俺の身の周りでは不可解な出来事が続いている。ドリボのバイトが忙しいのでそのまま誰にも言わずに放置していたが、今日とうとう隠しきれなくなった。


6限目の数学の授業の始めに、それは起きた。

シャーペンを出すために、筆箱を開けて指を入れる。そのとき、指の腹に違和感を感じた。指を筆箱から出して筆箱の中を覗く。そこには入れた覚えのない、カッターの刃があった。その刃は赤く濡れている。違和感の正体に気づいて、右手を見てみると、親指と人差し指がパックリと切れて、そこからドクドクと血が出ていた。真っ白なノートの上にポタポタと赤い染みができていく。


『止血くらい自分でしてよ!兄ちゃん!!』


という秋人の焦ったような怒ったような声が蘇る。まずは、止血か?いや、先にノートをどかさないと。血で汚れてしまう。


「しばちゃん!?どうした、それ!!」


隣の席の田中が俺の状態に気づいたらしいが、授業中に大声で叫んだので、クラスメイトの注目が集まる。


「キャー!!」

「え、なになに?」

「血が出てんぞ!」


1年生のときから引き続き担任で、数学教師の吉村先生が珍しく、というか初めて見た、小走りで俺の席にやって来る。そして俺の右手を見て、おもむろにポケットからハンカチを取り出してきつく傷口を押さえる。


「事情は後で聞く。今は傷口押さえて、早く保健室行ってこい。田中、ついて行ってやれ」

「うぃっす。ほら行くぞ、しばちゃん」

「あぁ、ありがとう」


田中と教室を出る。心配そうな顔で俺の姿を追う香織には、気づかなかった。


「おら、授業再開すっぞー」


と後ろから聞こえたのが、どこか遠くに感じた。


「しばちゃん、一応筆箱持ってきたけど、コレなに?」


保健室に向かう間、右手に持った物を見せて聞いてくる。なんと田中はあの状況で筆箱を持ってきたらしい。しかもかなりお怒りのご様子。


「えーっと、カッターの刃です、ね」


田中の怒気にあてられて、思わず敬語になってしまった。


「なんでむき出しのカッターの刃が、筆箱に入ってんの?」

「なんで、でしょうね?」

「……御子柴、俺に隠してること、あるだろ」


しばちゃん、ではなく御子柴。しかも隠し事があると確信している様子に、居心地が悪くなって田中から目を逸らして答えた。


「……隠してたつもりは、無かったんだよ。ただ、田中には関係ないことだから」

「関係ない?それ、本気で言ってんのか」


今まで聞いたこともないくらいに低い声。何か言葉を間違えてしまったのだろうか。わからない、何が間違っていて、どう行動すれば正解だったのか。嫌われてしまっただろうか。俺はまた、捨てられてしまうのだろうか。


「はぁああああ。今はとりあえず保健室に行ってその傷なんとかするぞ」


行き場のない感情を逃がすかのように大きく息を吐き、田中が先を歩く。

保健室の先生は俺たちの重い雰囲気に驚き、更に俺の傷を見て驚いていた。


「あらぁ、これはぱっくり切れてるわねぇ」

「カッターの刃で切れたみたいです」


田中がそう言って俺の筆箱の中身を見せる。40代くらいのふくよかな女の先生が、事態を察して顔が強張る。


「そこまで深い傷ではないけど、一応病院で見てもらった方がいいわね。この傷、相当痛いでしょう?」


手当をしながら、問われた。


「いえ、痛くないです」

「あなた、もしかして御子柴君かしら?」

「はい」

「そう、あなたが…」


どうやら俺が無痛症のことを知っていたらしい。さすが保健の先生。


「授業が終わったら吉村先生を呼ぶから、それまでここで休んでなさい。あなたはどうする?教室に戻ってもここに残ってもいいわよ」

「え、残っていいんすか?」

「おばちゃんの勘違いかもしれないけど、あなた達にはなんだか話す時間が必要だと思ったから。じゃあ奥の部屋にいるから、二人で存分に話し合いなさいね」


と言って颯爽と去ってしまった。急に二人だけになり、重い沈黙が落ちる。俺から先に沈黙を破る。


「四月の初め頃に、俺が校舎裏に呼び出し受けたことあったの覚えてる?」

「そういえば、そんなこともあったな。確か、誰も来なかったんだろう?」

「そう。そのとき、校舎裏に向かう途中で、上から鉢植えが落ちてきた。多分、それが始まり。その日から、上履きにゴミが入ってたり、ノートが破かれてたり。まぁ色々と」

「1か月以上も前からじゃねぇか。それもこれも全部、俺に関係ないから、黙ってたのか?俺が頼りないからか?少しくらい、相談してくれたっていいじゃねぇか…!」


どうやら、田中は関係ない、と言ったことに怒っているらしい。そういう意味で言ったわけではないのに。


どうしたら伝わるんだろう?こんなとき、もっと人と関わってくれば正解がわかったかもしれないのに、と後悔が募る。


「いや、その迷惑かけたくなくて、」


田中がギリッと奥歯を噛み、俯いていた俺の胸ぐらを掴んだ。


「迷惑だなんて思うわけないだろ!!それに、ダチに迷惑なんていくらでもかけていいんだよ!バカヤロー!!」


その言葉に、目を見開いた。田中の叫びが、一つ一つ、胸に響く。


あぁ俺は、初めから間違えていたのだ。


「ごめん」


田中の目を見て、謝る。改めて見た田中の顔は、痛みに耐えるかのような顔で。まるで俺の痛みを田中が感じてるかのようだった。


「わかったんなら、もういい」

「ありがとう、田中。怒ってくれて」


居心地が悪そうにがしがし頭を掻いている。


「それより、だ。お前にこんなことしてくれちゃった犯人、捕まえるぞ」

「え?」

「その話、私たちも協力するわ」

「うん!犯人見つけ出そう!」


いきなり話に入ってきたのは、カンナと香織だった。


「は?お前らなんでここに?今授業中だろ?」

「途中で抜けてきちゃった、えへ」

「香織さんからメッセージが届いたから、抜けてきたわ」

「友達の一大事だもん。駆けつけるに決まってるじゃん」


授業中にスマホやったらダメだろ、とか。サボりだろ、とか野暮なことを言う者はこの場にはいない。


「ありがとう。本当に、ありがとう」







「「「無痛症?」」」


包帯でぐるぐる巻きにされている指を見てみんな痛がるので、無痛症だから心配いらない、と伝えてみたところ、3人そろって首を捻った。


「いやいや、痛みを感じないって余計に心配だな」

「確かに。痛くないからって無茶しそう」

「智夏、あなたの体は私のものなのだから、不用意に傷を作られては困るわ」

「うぇええ!?どういうこと?ねぇどういうことなのカンナちゃん!!」


涙目の香織がカンナの肩を掴み前後にぶんぶん揺する。


「つまり、しばちゃんが怪我すると、しばちゃんは痛くなくても、俺たちが痛く感じるから、怪我すんなってことだろ?」

「ま、まぁその通りよ」


激しく揺らされていたので少し気持ち悪そうだ。


「そっか。それなら、もう怪我はできないね」

「そうだよ、智夏君。今後一切、怪我したらメっだからね?」


まるで年下のこどもに言い聞かせるように言われてしまった。それから吉村先生が到着し、共に病院に向かうまで、4人で他愛もない話をしていたのだった。









「なんでアイツなんだ…!!アイツさえいなければ!!」


4人の友情が深まっている頃、陰で憎悪の炎を滾らせている人間が一人、次の準備に取り掛かっていたのだった。



腰を以前、捻挫しまして、それ以降たびたび腰痛が襲ってきます。ぴえん。

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