小さくても俳優
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糸田監督に「ピアニストには戻らないのか」と問われて、何も答えることができなかった。自分は何がしたいのか、何になりたいのかすらわからなかったからだ。
考える余裕ができてしまうとそっちに思考が引っ張られてしまうので、今は目の前のことに集中する。目の前にある鍵盤を押しながら、声を出していく。
「ドー」
「「「ドー」」」
『みんな大好き!くだものちゃん!』の主要キャラである5人の子どもたちが俺に続いて声を出していく。
「レー」
「「「レー」」」
声楽で天使の歌声を持つと言われる冬瑚は、さすがとしか言いようがない。他の4人は年の割には、といった具合だろうか。
「ミー」
「「「ミー」」」
冬瑚は主人公であるイチゴちゃんなので多少他の子より歌が上手いのはいいと思うが、これは差が付きすぎだな・・・他の子のレベルを上げるより冬瑚のレベルを下げたほうがいいのだろうか?
一通り声を聞き終えて悩んでいると、子供たちの会話が耳に入る。
「冬瑚うまいな!どうやったらそんなにうまく歌えるんだ?教えてくれよ!」
元気に冬瑚にアドバイスを求める元気な子が、パインくんの声を演じる子役の寒川大彌君。それにしても君、さっきから冬瑚との距離が近くないかい?
「わ、わたしにも教えて!」
遠慮がちに会話に入ってきた子が、大彌君と同じ子役事務所から来た盛岡衣吹ちゃん。リンゴちゃん役である。
「なになにー?練習するの?混ぜてー」
ふわふわと脱力しながら喋っているのが、このアニメ制作のスポンサー企業のご子息であり他2名と同じく子役の水無瀬レオンハルト。キウイ役の彼はこのグループで最年長の10歳だ。ちなみに名前は芸名らしい。本名はかなり和風なのだとか。
「和馬も混ぜて!」
頬を赤く染めながら名乗りを上げたのは今回のオーディションで一般応募で合格した逸材である、最年少の中村和馬だ。彼とは修学旅行のときに偶然出会った仲である。ちなみにスイカ役だ。
「まずは歌ってるときはお腹から声を出すの」
「おなかから?」
「腹式呼吸だな!この前レッスンで教えてもらったぞ!」
「でもあれ難しくて」
「そっかー歌うときも腹式呼吸で歌えば声が安定するのか~」
・・・現場はカオスです。冬瑚も誰から対応していいのかわからず目を白黒させている。和馬は腹式呼吸をまず知らないみたいだ。同じ事務所の大彌君と衣吹ちゃんは腹式呼吸は知っているが苦手な様子。レオンハルト君は腹式呼吸と聞いて何か納得している様子だ。
よし!考えてる時間があったらこの子たち上達させた方がいいな!それに俺がこの子たちの可能性を潰そうとしてどうする。
「子供の成長を見守るのが大人の役目だもんな」
「君もまだ子供だが」
後ろから声を掛けられてぎょっとする。いつの間に背後にいたんだ糸田監督。
「自分に見切りをつけるのはやめなさい。君も、これからの人間だ」
この言葉が、俺の将来について指しているのか、大人ぶった発言に対してのものかはわからない。だがその言葉は胸の奥深いところまで沈んでいったのだった。
「よろしくお願いします~えっと、御子柴さん?」
ニコニコふわふわとやって来たのは最年長10歳のキウイ役のレオンハルト君。それぞれ個別にレッスンした方が良いということになり、一人30分ずつ1対1で教えることになった。
「呼びやすい方でいいよ。御子柴でも智夏でも」
「じゃー智夏兄さんで~。オレのこともハルトって呼んでくださーい」
さっきみんなのお兄ちゃんになったんだったな。うん、やはり弟もいいな。うちの弟は「兄貴」って呼ぶようになってちょっと寂しいし。昔みたいに「兄ちゃん」と呼んでくれないだろうか。一度頼んでみようかな。
「わかった、ハルト」
レオンハルトから3文字取っただけで日本人っぽい名前になるな。もしかしてハルトが本名だろうか。
キャラソングといってもきっちり4,5分ある曲ではなく、およそ30秒ほどの自己紹介のような簡単な曲だ。この詩を頂いた時にはどんな曲を付けるか迷いに迷って、公園に行って遊んでいる子供たちを観察したり、その果物の特性を調べたりなかなかに大変だった。
「それじゃあハルト。一度歌ってみてくれるか?」
「わっかりました~」
「♪~」
声量は十分。声も安定してる。のだが・・・。
「ハルトのは歌というよりセリフだな」
ミュージカルならこれがいいのだろうが、キャラソングとしてはこのままでは出せない。俺の言葉にピンと来ていないハルトに質問する。
「キウイ君ってどういうキャラだと思う?」
「このアニメキャラの中の頭脳。常に冷静で周りから一歩引いて全体をみてるキャラ。でも仲間のことはとても大切にしてる。涙もろい」
間髪入れずにすらすらと自分のキャラを分析するハルト。きっと自分の演じるキャラを研究してきたのだろう。
歌っているときにも、歌声にキャラを乗せようとしている努力がうかがえる。しかしそれがうまくいかず、セリフを聞いているように感じてしまうのだ。
「ハルトはよく勉強しているな。えらいえらい。ということで一回キウイ君を忘れて歌ってみようか」
「忘れる~?」
「そ。キウイ君としてじゃなくて、水無瀬レオンハルトとして歌ってみてくれないか」
「ん・・・わかったー」
「♪~」
うんうん、良くなってるな。ハルトの仕事に対する勤勉さが歌声から伝わってくる。そしてそれはキャラクターであるキウイ君と通ずるものがある。
「すごいなハルト!さっきより格段に良くなってる」
「ほんと~?やったね」
「じゃあ次からはハルトが研究してきたキウイ君を少しずつ歌声に乗せていくんだ」
ハルトが困惑顔になる。難しいことを言っている自覚はある。もっとうまい言い方ないかな・・・難しいな、人に伝えるということは。
「一回目はキウイ君として歌ってもらった。そして2回目はハルトとして。今から歌う3回目はキウイ君とハルトを合わせて歌ってほしい」
「やってみるよ」
小さくても俳優。演じることに誇りを持っている。さっきは侮ってごめんな。まだハルトしか見ていないが、この子たちは格段に伸びる。それから30分みっちりレッスンし、ハルトの歌は飛躍的に上達したのだった。
「よ、よよよよろしくおねぎゃ、お願いします!」
「落ち着いて衣吹ちゃん」
ド緊張したリンゴ役の衣吹ちゃんがカチコチとぎこちない動作で入ってきたのだった。
これは・・・アレの出番か?なぜかこの部屋に入る前に押し付けられた段ボール箱の中からあるものを取り出し、頭にすっぽりとかぶるのだった。
「あふろ・・・?」
俺が今かぶっているのは虹色のアフロのかつら。これで幾分か緊張がほぐれるかと思ったが失敗だったか?
「あははっ智夏お兄ちゃん変なの!」
どうやら成功だな。緊張がほぐれたみたいだ。それにしても、みんな俺のこと「兄」として認識してるんだな・・・良いけど。うん。いいね!弟妹ばんざい!
~執筆中BGM紹介~
GEAR戦士 電童より「W-Infinity」歌手:三重野瞳 with 影山ヒロノブ様 作詞:石川雅敏様 作曲:Little Voice様
読者様からのおススメ曲でした!




