鬼才
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Yeah!Tubeで生配信を終えた数日後。俺はとあるレコーディングスタジオに上半分だけの狐面をしてやって来ていた。あの後、狐面を新調しようとしたのだが、事故でできた上半分だけの目元が隠れる狐面が思ったよりも好評だったのでこのままでいこう、という話になったのだ。
幼児向けの年末特別アニメ『みんな大好き!くだものちゃん!』のキャラクターソングを今日収録するということで、曲を作曲した俺が一緒にやって来たのだ。
「おはようございます!御子柴冬瑚です。今日も一日よろしくお願いします!!」
うちの子、挨拶をきちんとできる子なんです。良い子でしょ?えぇ、良い子ですとも。セルフ会話が成立したところで、周りの視線を感じて冬瑚から目を離して様子を窺う。
おや?何故か不審な目で見られているぞ?あのスタッフさんなんでさすまた持ってるんだろう?そしてそれを何故に俺に向けているのか。えーこれじゃまるで俺が幼女誘拐しようとしてる不審者みたいな扱いなんだが、まさかね。
仮面の奥で冷や汗が流れ始めたところで監督の糸田さんが声をかけてきた。
「やはり君はそういう趣味なのか」
第一声がそれかーい。しかも「やはり」って。自分の社会的信用のなさに軽く絶望してる。顔と名前を隠してるだけ・・・いや充分不審者か。最近名前は晒したんだがな。改めて自己紹介しとこう。
「おはようございます。御子柴智夏です。改めてよろしくお願いします」
冬瑚とお揃いの苗字を強調しながら挨拶をする。すると疑いの目が徐々に薄れていく。
「御子柴・・・?」
「え、もしかしてあの二人って兄妹?」
「言われてみれば確かに口元とか似てるかも・・・」
「いやいや、俺だってあの仮面付けて口だけ出したら似てるし。人類皆兄弟だし」
「その髭面剃ってから出直してこい」
・・・うん、まぁいっか。そもそも俺ツッコミじゃないし。
「2人は兄妹だったのか」
「はい。黙っていてすみませんでした」
最初の自己紹介したときは冬瑚は『由比冬瑚』で俺は『春彦』だった。あれから本当に、本当にいろいろあったなぁ・・・
「老けたか」
「なんでやねん!」
ツッコミ放棄した瞬間に思わずエセ関西弁でツッコまされた。くっそー。老けたも何も、糸田監督が俺の顔見たの初めてでしょうが。
「すまん。言葉を間違えた」
めっちゃ顔怖い人に素直に謝られると背筋が凍る思いになるのは何故だろう。やはり小心者なのだろうか。不審者より断然ましだが。
「大きくなったな、と言いたかった。君の名が『御子柴智夏』だと聞いてすぐに思い当たった。君があの子なのだと」
「あの子?」
隣で冬瑚が目をぱちくりさせている。周囲の者は糸田監督の珍しく饒舌な様子に驚いていた。
あの動画の後、本格的に本名である御子柴智夏として活動を始めてからオファーの電話が増えた。アニメの曲の依頼もあるのだが、オファーの内容のほとんどがピアノコンサートに出演してくれないか、というものだった。糸田監督も知っているのだろう。俺が父によって家に閉じ込められる前までピアノをやっていたことを。
「当時7歳という若さで『鬼才』と呼ばれたピアノ奏者、御子柴智夏。そうだな」
この人毎回言葉に抑揚がないから「そうだな?」が断定しているように聞こえるんだよな・・・と現実逃避しながら考える。
「鬼才・・・!」
「きさいってなに?」
「人とは思えないほどすごい才能を持ってるって意味だよ」
「へぇー!」
子供たちのこのきらっきらした眼差しから逃げる方法を。誰か、誰か助けて。この空気いたたまれないっ!
「やっぱり春、じゃなくて智夏さんはすごい人なんだね!」
「すごいすごい!鬼才だって!」
「超かっけぇ!」
うぎゃー!!恥ずかしいぃぃぃ。周囲の人間が勝手にそう呼んでいただけだが、呼ばれていたと考えるだけで羞恥心が襲い掛かってくる。
わらわらと集まってきた子供たちに左右に引っ張られながら羞恥心に耐えていると、後ろに服をグイ―っと引っ張られた。自分の背中を見ると、冬瑚が俺の服を引っ張っていた。
「、、、、、、、、、、、だもん」
「冬瑚?」
らしくなく俯きながらぽそぽそと喋るので聞き取れなかった。すると焦れたようにぱっと顔を上げて目を限界までつり上げて言った。
「夏兄は冬瑚のお兄ちゃんだもん!」
ぬひゃ~うちの妹可愛すぎ問題。妹しか勝たん。略してしかたん。まじしかたん。我が妹のいじらしさと可愛さに昇天しかけていると、子供たちが各々反応する。
「冬瑚だけ兄ちゃんいるのずりぃ!」
「む!」
「あたしも智夏さんみたいな素敵なお兄ちゃんが欲しいなぁ」
「むむ!」
「僕の兄ちゃんダメ男だから智夏さんがお兄さんがいい」
「むむむ!」
む!って、むむ!って可愛すぎか!兄を取られて怒ってはいるけど、兄が欲しいという気持ちはわかるので悩んでいる、という葛藤が全部「む」に凝縮されている。
「それじゃあここだけ!ここだけは夏兄はみんなのお兄ちゃんってことで!」
「「「さんせーい」」」
本人の知らぬ間にみんなのお兄ちゃん化計画が立てられていたが、断る理由もないのでそのまま様子を見守る。
俺が恥ずかしながら『鬼才』と呼ばれていた頃も、ちょうど冬瑚たちと同じような年齢だった。最近「プロのピアニストになる気はないか」とよく聞かれる。昔は母と同じ職業なんて絶対になるもんかと思っていた。しかしもうそのしがらみはない。
「ピアニストには戻らないのか」
糸田監督にそう問われて、否定も肯定もどちらもできなかった。
~執筆中BGM紹介~
西の魔女が死んだより「虹」歌手:手嶌葵様 作詞:新居昭乃様 作曲:新居昭乃様/保刈久明様
読者様からのおススメ曲でした!




