ここに、全部
なんとなんと!読者の皆々様のお陰様で、今回で100話目!え?途中で登場人物紹介入ってるから実質99話目?細かいことは気にしない!ありがとう読者様!
Yeah!Tubeで生配信されるとある曲の発表。多くの人々が注目し、閲覧者数は約10万人を超えた。その注目度の高さには理由があった。それは、曲を歌う声優の愛羽カンナと作曲を担当したサウンドクリエイターの御子柴智夏が少し前にネットニュースで取り上げられていたからだ。ネットニュースで取り上げられる、といえば熱愛報道だが、この二人の報道はなんと愛羽カンナの失恋。失恋がニュースになるのは珍しく、ネットユーザーの間で話題になったのだ。
そんな注目の2人が生配信ライブをする、という情報は瞬く間に広がり、視聴者たちは2人の口から何が語られるのかを楽しみしていた。
「みなさんこんにちは。愛羽カンナと」
「御子柴智夏です」
ただの自己紹介、それだけでコメントは300を超えた。なにせあの御子柴智夏が初めて公式で声を出したのだ。
『あの春彦が声を出したぞ』
『↑御子柴智夏なwww』
『やっぱり男の子だったんだ~』
コメント数のおよそ3分の1は智夏が話したことに対する反応。そして残りのコメントのほとんどが、トレードマークになりつつあった狐面を、智夏が上半分しかしていないことに対してや、初めて晒された素顔の下半分についてのものだった。
『半分お顔見えてる!』
『仮面変えたのか?』
『なんか優しそう(下半分しか見えてないけど笑)』
最初から大盛り上がりの視聴者をよそに、カンナが進行をしていく。
「この曲のタイトルである『たまゆら』とは、一瞬という意味を持つ言葉です。たまゆらの青春、たまゆらの恋愛。私の今を詰め込みました」
タイトルの説明では、本人の意図したものではないだろうが、視聴者たちを大いに沸かせた。
『たまゆらの恋愛・・・意味深』
『カンナちゃんだって高校生の普通の女の子だもんね』
『玉響って響きも文字も綺麗だよな。それをタイトルにチョイスするあたり、センスを感じる。』
カンナが本当に失恋したのか疑う者、気遣う者、噂については全く興味のない者。実に様々な人が思うままにコメントを連ねていく。
「それでは聞いてください。『たまゆら』」
2人が向き合い、曲が始まると視聴者たちは一気にその音楽に、2人の世界に引き込まれた。見ている者が、指先で、つま先で、思わずリズムに乗ってしまうような楽し気な曲。歌っているカンナもとても楽しそうな表情で、普段クールな印象を受ける分、カンナのファンたちはその年相応の顔に歓喜していた。
ピアノを弾いている智夏もまたとても楽しそうである。素顔の下半分が見えるので、その口角が上がっているのが見て取れるのだ。「振られた側」と「振った側」であるはずの彼女らの姿には、気まずさなど微塵もなく、心から楽しそうに歌って演奏する姿からは互いへの信頼と友情を感じさせるものだった。
そして曲の最後。カンナが歌いきると同時にカメラから顔を背け、智夏と向き合ったシーン。これは視聴者に様々な憶測を生んだ。
『なになに!?やっぱりこの2人付き合ってるんじゃないの!?』
『キャー!!失恋したって聞いたけど、諦めてないのかな?』
『若いっていいなぁ』
『ドキドキしすぎて通報しました』
パッとカメラに向き直ったカンナの顔には、晴れやかな笑みが浮かんでいた。
「私がなぜ、この楽しい曲に一瞬という意味を持つ『たまゆら』の名を付けたのか。きっと疑問に思った方もいらっしゃったでしょう。この曲はもともとここにいる私の大切な友人である御子柴さんが私を応援するために即興で作ってくれたものでした。その曲が今こうして機会を頂けて、みなさんに披露している。それのなんと幸運なことか」
胸の前でぎゅっと両手を握りしめて、カンナはカメラの向こう側で視聴している人々に言葉を放つ。
「最初に言った通り、この曲には今の私の想いを詰め込みました。私の、たまゆらの恋もここに、全部」
ここで視聴者たちは完全に理解した。愛羽カンナは本当に失恋していたのだと。そしてその想いに別れを告げたのだと。
楽しかった一瞬を切り取って、歌にしたのだ。この曲は決して失恋ソングではない。恋をする全ての人々への応援歌だ。そして、恋に破れて立ち止まる人たちの背中をそっと押す曲だ。
その後SNSでは『たまゆら』の話題で持ち切り。
#たまゆら
#愛羽カンナ
#御子柴智夏
この3つがトレンドトップ3を独占したのだった。そして翌日から販売がネット限定で発売され、週間ダウンロード数がおよそ1万を超え、大ヒットしたのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
Yeah!Tubeでの生配信から一週間後。
「ありゃ。冬ちゃん寝ちゃったね?」
俺の膝ですやすやと眠る冬瑚を見て香苗ちゃんが優しく微笑んでいた。いやぁ、平和だ。実に平和だ。この一週間学校では色々と大変だったのだ。知らない奴から話しかけられたり、全然仲良くない奴が急に親し気に接してきたり。疲労困憊の俺を見て、クラスメイト達は気を遣ってそっとしておいてくれた。今はクラスメイト達の優しさに甘えているが、彼らも何かを聞きたそうにうずうずしているので、落ち着いたらこちらから話を振ってみようかと考えている。
あの後、村上は高校を中退した。村上の父親が会社のお金に手を出していたことが公になり、学校にいられなくなったのだ。そしてその村上に恋を・・・というか依存気味だった鹿野は、村上が中退したと聞いたその日から学校に来ていない。このまま学校から去るのか、クラスに戻ってくるのかは、鹿野次第である。
「冬瑚を部屋に寝かせてくるよ」
冬瑚を横抱きにしてソファーから立ち上がる。足元にしらたまがやってきたので、今日の寝床は冬瑚のベッドの中なのだろう。
「お前の名前もそろそろきちんと決めないとな」
『しらたま』『もちまる』『ゆきだるま』色んな名前で呼んだら混乱しちゃうもんな。
「んにゃんにゃふ」
早く決めろと言わんばかりにタイミング良く返事を返してきた。中に人間が入ってるのでは?と思うほどタイミングよく返事をしたり、俺たちが話しているのを興味深そうにじっと聞いていたりすることがある。つまりうちの猫さん天才じゃない!?って言いたい。
冬瑚が起きないようにそっとベッドに寝かせ、布団を被せる。すぅすぅと寝息を立てる冬瑚の横ではしらたまが丸くなって眠る態勢に入っている。
「おやすみ」
何の変哲もない、普通の日常。罵声を浴びることもなければ暴力が降りかかることもない、ありふれた幸せ。それを享受する日々の中で、ときどき思う。この場に春彦が、兄がいたならば、と。
~執筆中BGM紹介~
夏目友人帳より「春を知らせるもの」作曲:吉森信様
作者がアニメサウンドにハマるきっかけを作った思い出深い曲です。
今回記念すべき100話目ということで、毎回心温まる感想をくださるY様とT様に(無断で)ちらりとご出演いただきました。『若いっていいなぁ』と『ドキドキしすぎて通報しました』の2つです(笑)。お二人以外にも名前が登場したN様も。本当は感想をくださった全ての方を(勝手に)ご出演させたいのですが・・・力量不足です。
前書きでも触れましたが、100話の大台に乗れたのは読者の皆様の応援あってこそです。投稿を始めておよそ7か月。投稿した当初から読んでくださっている方、途中から追っかけで読んでくださっている方、すべての読者の皆様に心からのお礼を申し上げます。そしてこれからも本作をよろしくお願いいたします。
2021/01/11 雪ノ音リンリン