チーム夏くん
私生活が怒涛の忙しさです。みなさん、やるべきことを溜めるとヤバいです。あいつら後からまとめてやってきますから。
学校からドリボまでは割と距離が近いため、いつも学校から徒歩で向かっている。普段なら、放課後は田中と駄弁るかすぐにドリボに向かうかの二択なのだが、今日は違った。いつの間にか机に入っていた手紙に呼び出されたのだった。便箋は薄い桃色。明らかに女子のような筆跡。そして、待ってます、という文面。少し緊張しながら足早に指定された校舎裏に向かう。この時間帯はこの校舎裏には人がほとんどいないので、生徒たちの間では告白スポットとして重宝されている、らしい。待たせないように早足で歩いていたときだった。
ガッシャーン!!
すぐ後ろからものすごい音がしたので驚いた。思わず足を止めて後ろを振り返る。そこには植木鉢だったものが落ちて粉々になっていた。呆然とそれを見ていると、ふと頭上で音がしたので上を見る。ベランダの手すりには5つ鉢植えが並んでいた。不自然に真ん中だけ鉢植えが無いので恐らくあれが落ちてきたのだろう。ちなみに鉢植えがあるのは3階。
…あ、これ頭に当たってたら死んでたやつかも。危ない危ない。鉢植えが並べてある教室って確か、美術室だよな?後で先生に報告しよう。
その後急いで指定された場所に向かったが、人が来ることは無かった。そして美術室は鍵が閉まっており、いつの間にか落ちていた鉢植えも無くなっていた。まるで最初から何も無かったかのように。
「ヒロイン役、鳴海さん入られましたー」
「初めまして。鳴海彩歌っス。よろしくお願いします!」
もやもやが募った放課後からおよそ1時間後。『月を喰らう』の劇中歌、『レクイエム』のレコーディングスタジオに来ていた。ドリボ関係者以外と会うときは基本、『春彦』と名乗っている。
「今日はお忙しいところすみません。こちらこそよろしくお願いします」
犬さんがお礼を返してレコーディングのスケジュールを伝えていく。ヒロインの声を演じる鳴海さんは数々の作品でヒロインを演じているベテラン。堂々とした立ち振る舞いは見事としか言いようがない。
一通り説明は終わったのか、隣の席に鳴海さんが座った。
「いやーまさかあの春彦サンに直接会うことができるなんて。私はラッキーっスね~」
「あの、って?」
「およ、知らないんスか?ネットでは超人気なんスよ、『謎に包まれた天才サウンドクリエイター、春彦』って」
「へ、へぇー」
正体探しとか結構やってるっぽいっスね~。と恐ろしいことをさらりと言われた。え、怖い。
「実は女性だったり、とか」
「うん?女性?」
「そう、あの繊細な音は女性が作ったに違いない!って言う人もいるっス。だから今日直接会えるって聞いて、予定こじ開けて来たんス。いやー楽しみっスね!」
「…?」
もしかして、俺がその春彦だって鳴海さんは気づいていないのだろうか?確かに学校の制服は着ているが。ここでふと疑問がわく。
「あの、俺って何してる人に見えます?」
「え?付き添いとか?あれ、違ったっスか?」
誰かの付き添いできたと思われてた。地味にショック。ここで準備が整ったらしく、犬さんが声を上げる。
「それじゃあ、鳴海さん、準備お願いします」
「え?春彦さんまだっスよ?」
「え?何言ってるんですか。ははっ、隣にいるじゃないですか」
スタッフに言われて、ギギギとぎこちない動作でこちらを振り向く鳴海さん。
「俺が『春彦』です。えっと……男です。なんかすみません」
謎の罪悪感が沸き上がって思わず謝罪してしまう。
「あー、へーーー。えっ?あわわわっ」
言葉にならないとでも言うような声を上げ、いきなりしゃがみこんでしまった。
「すみません!最初に名乗るべきでした!騙してたつもりはないんです」
詐欺師みたいな言い訳だと自分でも思う。手で覆っていた顔をシュバッと上げて、慌てだす鳴海さん。
「違うっス!まさか本人に噂話を披露していたとは思わなくって、羞恥心に殺されかけてるんス!そこは察してくださいっスよ!」
ショートボブの耳にかかった髪が乱れている。余裕のある大人の女性というイメージから一変、とても可愛らしい大人の女性に見えてきた。
「可愛い人ですね」
「……年上のお姉さんをからかうものじゃないっスよ」
プイッと顔をそむけてしまう姿は年上だとは思えない。
「でも、おかげさまで元気百倍から二百倍になったっス!さあ、はりきってレコーディングにいきましょう!」
ちらりと見えた赤い耳は、彼女のために言わないでおこう。
レコーディングが始まると、彼女の纏う雰囲気が一気に変わったのが肌でわかった。
「これ、一発録りできるんじゃないですか?」
「そうですね。本当に、すごい……」
自分が作った曲にメロディーが乗せられていく。それはまるで真っ白な紙に鮮やかな色を乗せていくような、鳴海彩歌という色で曲を彩っていくような。なんとも言い難い感覚。それは一人で曲を作るのとはまた違う面白さだった。
世界が広がった、まさにそんな瞬間。
結局5回ほど歌って、話し合った結果、一番最初に歌ったものにすることにした。
「鳴海さん、今日お会いできて、本当に良かったです」
深々と頭を下げる。世界を広げてくれた恩人に、礼の仕方がわからない。何をしたら、この恩を返すことができるのだろう?それほどまでに、彼女の歌は、声は心の奥深くに響いたのだ。
「それは私のセリフっスよ。また一緒に仕事ができることを願ってます。春彦クン」
「はい!」
この人に追いつきたい。遥か高みにいる彼女と今回仕事ができたのは偶々だ。今度は実力で、彼女に見合う曲を作りたい、そう思ったのだった。
レコーディングを終え、いつもの防音室に犬さんと戻る。
「これは売れるよ、みこちん!なるちんとみこちんのコンビ最強だよ!!もうっもうっ興奮したら鼻血出てきたよ!!」
スマホから耳を離しといて正解だった。スピーカーにしているのかと疑うほどの大音声で五十嵐監督が叫んでいる。もしこの場に監督がいたら、多分俺はヘッドロックされて死んでいただろう。
「でねでね!そんなみこちんに朗報ですっ!なんと、ってうおぉあ!」
「そこから先は私に言わせてよ!出番頂戴よ!」
「しょうがないなーほら、かなちんにこの大役譲るよ」
なにやら電話口の向こうで、五十嵐監督と香苗ちゃんが話している。というかなぜ香苗ちゃん。
「『月を喰らう』の評判が良く、来年の夏に『月を喰らう(劇場版)』制作決定しました!!」
「「おおぉー」」
犬さんにも聞こえるようにスピーカーにし、ぱちぱちと拍手をする。
「アーンド!!」
他にも何かあるのだろうか。
「それに伴い、ドリボ第2スタジオを建設することにしました!!」
「「おおぉーお?」」
「と、いうわけで、チーム夏くんの人員補充を行いたいと思います!!」
「そうですねぇ今までは2人でなんとかやってましたけど、限界がありますから」
「そもそもチーム夏くんなんて作った覚えはないよ・・・」
「じゃあ募集掛けとくねー」
一方的に電話が切れてしまった。
波乱の夏が、やってくる。
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