Vert et blanc
とある百合漫画を読み返していたら閃いた短編です。
あらすじにも書きましたが、具体的ないじめのシーンはありません。
原則主人公視点ですが、====で区切ったところの間だけもう1人の人物の視点です。
友達は、それなりにいた。
だが、ある時、いじめられていたクラスメイトをかばった。
その時から、友達だったものはすべて敵になり、私はいじめの標的になった。
私がかばったクラスメイトからも偽善者扱いされた。
クラスでの居場所を失った私の主な居場所は、保健室のベッドの上。
職員室に用事があるとかで養護教諭が保健室から出ていく。
引き戸が閉まった、そのタイミングで急に眠気とは違う感覚で意識が薄れていく。
すぐに、ベッドに横たわっていた私の頭の中は真っ白になった。
それからどれだけの時が経ったか分からないが、私は目を覚ました。
見えるのは、見慣れた保健室の天井。
現在の時刻を確認するために時計を見ようとしたところで、保健室の引き戸が開く音。
誰かが入ってきたようで、こちらに足音が近づいてくる。
保健室の各ベッドは衝立と、光や他人の好奇の視線などを遮るカーテンで仕切られている。
私はカーテンに背を向けて、狸寝入りをする。
足音の主は無遠慮に、予告なしでカーテンを開けると、私の名を呼んだ。
ここで返事をしたら狸寝入りしている意味がないので、無言を貫く。
声からして侵入者は女子のようだが、当然背を向けているため、誰かはわからない。
私が反応しないにもかかわらず、その女子は独り言のように何かを話し始めた。
だが、彼女が何を話しているのか理解できなかった。
日本語で何かを言っていることくらいは分かるが、それが私の知っている日本語として聞こえてこない。
そんな意味不明な言葉をぶつけてくる彼女に、私は怒りと憎しみを覚えた。
彼女の長い独り言が終わり、カーテンが閉じられた。
保健室のドアが閉まる音に、私はようやく安堵した。
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わたしはいわゆる「いじめられっ子」だった。
ある時、クラスメイトの女の子がわたしをかばってくれた。
でも、その時のわたしは彼女の行為を偽善ととってしまい、彼女にひどいことを言ってしまった。
それから、わたしの代わりに彼女がいじめの標的になり、程なくして彼女は教室に来なくなった。
彼女に対する思いは日に日に募っていき、今日わたしは、思いを伝えるため保健室に来た。
保健室に入ると、養護教諭は不在だった。
そして、カーテンが閉められているベッドは1つだけ。
その中に彼女はいる。
わたしは不躾にも、声をかけずにカーテンを開けてしまった。
そこには彼女が背を向けて寝ていた。
本当に眠っているのかどうかはわからないので、声をかけてみる。
「…亜利奈ちゃん…」
返事はない。
おそらく眠っているのだろうが、構わず亜利奈ちゃんに一方的に話しかけた。
先日のことの謝罪と、わたしの亜利奈ちゃんに対する思いを。
ひとしきり話すと、わたしは元のようにカーテンを閉め、保健室を後にした。
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帰宅すると、いつもの通り作り置きの夕ごはんを食べることとお風呂に入ること以外は、私の部屋で過ごす。
両親は健在だが共働き。
父親はいわゆる"ブラック企業"勤めなのか、朝早くに家を出て、私が寝る前に帰宅することはほとんどない。
会社に泊まり込むことも少なくない。
母親の会社はそれほどでもないようだが、シフト勤務で遅番だから、帰ってくるのは明日の昼前。
家での食事は、朝ごはんは自分で用意し、夕ごはんは母親の作り置きというのが何年も続いていた。
お風呂に入った後、下着姿で自室のベッドに寝そべり、部屋を見渡す。
1人部屋としては狭くないが、かつては姉と2人で使っていたため、ことあるごとに狭さを感じたものだった。
姉は部屋の狭さに嫌気がさしていたのだろうか、大学進学とともに家を出た。
「お姉ちゃん、元気かな…」
ふと、久しく会っていない姉のことを思い浮かべた後、学校でもあった眠気とは違う感覚に襲われた。
視界が強盗返しのようにひっくり返ると、私は瞼を開いたまま意識を手放していた。
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「アリナ、"起きなさい"」
私は声に従って、頭の中が真っ白な状態で起き上がる。
瞬きをしているような感覚はあるが、視界は真っ暗。
もし誰かが今の、白目をむいたまま起き上がる私を見たら、ゾンビみたいだと言うだろう。
「アリナ、"思い出しなさい"」
次の言葉で、私は学校の保健室で今と同じ状態だったときに"された"ことを思い出した。
「アリナ、思い出したかしら」
「はい、エリス様…」
その声、愛らしい私のご主人様であるエリス様の声に応える。
「アリナ、あなたはクラスメイトから、あなたが理解できない言葉で呪いをかけられているの。
でも、私がそれを防ぎ、かつ対抗する手段をこれからあなたにあげる。
私があなたにキスをすると、明日の朝にはあなたにその力が備わっているわ。
次にクラスメイトがあなたを呪う言葉をかけてきたら、その子の唇を奪えば、その子は呪いの言葉を出せなくなるわよ。
ちょっとした副作用がその子にも、あなたにも出てしまうけどね…」
「えへへ…エリス様が、私にキスしてくれて、そんな力までくれるなんて…うれしいです…」
エリス様にキスしてもらえることがうれしくて、私は白目をむいたままにやけている。
エリス様はその他にもいくつか私に話した後、私の唇を奪った。
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翌朝、いつもの時間に起きて朝ごはんの準備をする。
いつもと違うのは、エリス様の唇の感触と、かけられた言葉の記憶。
父親が帰ってきた形跡はないので、おそらくまた泊まり込んでいたのだろう。
1人ぼっちで朝ご飯を食べて、制服に着替えると、留守番のいない家に向かって「行ってきます」と呟いた。
もちろん今日も私の居場所は保健室。
昼過ぎ、養護教諭が保健室から出ていくと、そのタイミングを見計らったかのように、昨日と同じ女子がやってきた。
また呪いの言葉でもかけに来たかと思ったが、
「亜利奈ちゃん…今日の放課後、体育館の裏に来てください」
とだけ告げると、彼女は足早に去っていった。
教室などの、大勢が待ち伏せしていそうな場所ならいじめっ子グループによる罠と判断して無視するところだったが、体育館裏ならその可能性は低く、もし呪いをかけてくるならエリス様にいただいた対抗手段があると思い、あまり気乗りはしないが行ってみることにした。
体育館裏には、予想通り女子が1人だけ立っていた。
その子…友佳奈は、私がいじめからかばってあげたにもかかわらず偽善者呼ばわりした人。
なるほど、偽善者扱いだけでは飽き足らず、呪いをかけてさらに私を貶めようとするのか。
ならば、呪いの言葉が出始めたところで一気に近づいて唇を奪ってやる。
「亜利奈ちゃん、来てくれてうれしい…」
友佳奈は嬉しそうな顔をしているが、私は表情を変えない。
そして、
「ワタシアナタノコトガスキデスツキアッテ…」
私には理解できない、おそらく呪いの言葉と思われるものが友佳奈の口から紡がれた瞬間、私は友佳奈との距離を詰め、呪いの言葉ごと友佳奈の口を自らの口で塞いだ。
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長い口づけの後、
「えへへ…亜利奈ちゃん…わたしたち、相思相愛だったんだね…」
友佳奈は熱に浮かされたような表情で、目を潤ませながら私に抱きついてきた。
唇を重ねる前、友佳奈には偽善者扱いされたことや呪いの言葉をかけられたことへの怒り、憎しみしか感じなかったが、今ではそんな感情は霧散し、彼女への感情は愛おしさなど、いい要素ばかりだ。
偽善者扱いしたことも謝りすぎなくらい謝ってもらったことでわだかまりがなくなった。
「それでも、わたし、亜利奈ちゃんにひどいことしたから、今後は亜利奈ちゃんの言うこと何でも…聞きます…。
それに…亜利奈様とお呼びしたほうがよろしいでしょうか…」
言葉遣いが変わったのを不思議に思って友佳奈の方を見ると、彼女の私を見る目は尋常ではなくなっていた。
崇拝とか心酔とか狂信といった対象を見ているようだ。
「言葉遣いは普通でいいし、呼び方も亜利奈ちゃんのままでいいから…」
「わかった、愛しい亜利奈ちゃんの仰せのままに…」
友佳奈の目は先ほどより少しましな、恋人を見る乙女の目に変わった。
「でも、何でも聞いてくれるなら…友佳奈から私にちゅーしてほしいな」
「かしこまりました…亜利奈ちゃん…ちゅっ」
私は再び友佳奈と、長い時間唇を重ねた。
こうして私は、友佳奈の隣という新しい居場所を見つけた。
【本文中に書かなかった設定について】
冒頭で亜利奈が意識を失った後、目が覚めるまでの間に
エリス(別作品からのゲストキャラクタ)が亜利奈を洗脳しています。
その際に、「他者からの好意が理解できなくなる」ような認識を植え付けています。
また、夜になってエリスがキスで亜利奈に与えた力は翌朝になってから使えるようになり、その内容は
「キスした相手は自分に恋愛感情を持ち、かつ絶対服従する」
「キスした相手を恋愛対象として好きになり、キスした相手からの好意は理解できるようになる」
です。
ただ、元から友佳奈は亜利奈に恋愛感情のようなものを持っていたので、
結果的に友佳奈に付加されたのは亜利奈への絶対服従のみです。
一応続きが書けるようにはしていますが、メインで連載中の作品があって続きは未定なので、短編として投稿します。
連載する場合はよその作品同様に"連載版"とでもつけるつもりです。
ちなみに、タイトル「Vert et blanc(ヴェールエブラン)」はフランス語で"緑と白"ですが、
その由来はご想像にお任せします(ヒントはキャラクタ名)。