追究!ヤドガミ村の病
御付きの女性の案内で、離れに割り当てられた仮の自室へと入ったナズナは、早速鞄から、持ち込んだ文献と、採取した物体とを布を敷いた机に並べ、個々の細かな確認を開始する。
(さっき見つけた残骸と同じ物が、過去の事例から見つかったなら…)
最初に取り上げたのは、祠の水に薬液を溶かした四種類の瓶。
魔眼の視界にのみはっきりと映る色付きの残骸が浮かぶ瓶と、それ以外の瓶とを並べ、持ち込んだ文献に類似した状態の記録がないかを調べ始める。
付箋の挟めてある文献をめくり、一つずつ内容と採取したものとを照らし合わせ、確認していく。項目の見出しは「寄生性質を持つ霊虫」となっている。紙が一枚めくられるたびに、蚯蚓のような紐状の外観を持つ生物の絵や、まるで蝶のような外観や、蠅のような外観の生物の絵などが次々に流れていく。
(これは違う。これは、一部同じだけど違う…。これは…)
内容に類似した表記があった場合はそこに注目して読み進め、違うことが判明した段階で次へと進む。
幾つかの生物の項目を流し、読み、更に進めていく。すると。
「うん?」
頁をめくる手が止まり、瞳がある生物の絵を捉える。
それは蝸牛に足の生えたような外観を持つ霊虫で、名前はアシヤドリマイマイ。
解説には、頁にある他の生物と同様に他者に寄生する性質を持ってはいるが、それは接触した相手に憑依してしまうという厄介な特性が作用した、いわば不可抗力によってなされるものであり、霊虫本体の中間宿主及び最終宿主は植物や小動物であり、人間ではないことが分かっている。加えて、人里に姿を現すことは滅多になく、まれに霊脈の上や支流の先にある街での目撃例があるのみ。
ただし、人間に寄生しないというわけではなく、これに接触した場合、霊的な免疫力の弱い者は憑依寄生を受けてしまい、アシヤドリマイマイは臓腑の一つに宿る。その結果として、宿主は急激な虚弱を覚え、日々の生活における疲労の度合いが増したと訴えると言う。
ナズナはここまでの内容を目で追い、頭の中に刻みながら頁をめくる。
「元より体力の衰えた者でもない限りは死に至るほどの虚弱を患うことはない。それ故に、この憑依を受けた者は、自然に癒える類の虚弱と誤解する恐れがあり、これの憑依によって引き起こされたものも、総じて体質によるものだと考えられてきた、か」
書かれている内容を口に出して読みあげ、改めて、魔眼を通して、件の残骸が入っている瓶を取り上げて中身を見た。
「この脚のような破片と、絵の脚の形がそっくりだね。この表皮みたいなのと合わせて、脱皮のあとかな?」
内容と比較したうえで思考を巡らせていく。
「あとは、こっちを確認して、内容と合っていれば…」
そう言うと、今度は台座に付着していた苔を採取した瓶を取り出す。すると、その瓶も中の液色が透明な状態から変化しており、薄青色となっていた。
「魔力反応あり、と。ならこの液を入れれば…」
並べてある薬瓶の中から、先ほどの、残骸を赤く染め上げた役割を果たした薬液を取り、数滴、苔の入った瓶に垂らす。薬液が溶け、全体に広がっていく様子をじっと見守る。すると、ぼんやりとした赤色が、瓶の中身の苔表面に赤色を広げていった。
「残骸の瓶と同じ反応あり、と…」
魔眼化によって銀色に変わった瞳で、瓶の中身を隅々まで射貫くように観察すると、ナズナは再び文献の内容に目を向けた。アシヤドリマイマイと言う霊虫には、その特性のおかげで解説事項が多くなるらしく、目的の表記がなされていそうな項目を探すために、他の無関係な部分を読み飛ばす必要があった。
そして、目的の表記を発見した。
「アシヤドリマイマイは、通常の蝸牛同様に脱皮はせず、殻状器官を重ねるように成長する。しかし、憑依現象を起こせる状態になる際に、移動に用いていた脚部を脱落させ、通常の蝸牛同様の移動手段に変わる。そのため、成熟したアシヤドリマイマイの生息場所には、蛞蝓の粘液のような物体が、霊的な力を帯びた状態で見つかる、か」
内容を読み上げてから、先ほどの赤く染まった苔を観察する。
苔本体は青々としているものの、先ほどの薬液が、何かがこびりついた様子を浮かび上がらせるように、赤い色を乗せていた。軽く揺すると、その赤い部分だけが浮かび、ゆらりと水に漂うように動いているのが分かる。
「さて、と。対処法と治療法は…」
内容と現物の一致を確信したナズナは、文章の最後に載っているだろう部分へと読み進めていく。その間にもいくつかの図解が載っており、詳細とは言えないまでも、部位や機能の解説が記載されていた。
「お、あった」
その一文は、最後にある注意事項の第三項目として載っていた。
一つ目は、アシヤドリマイマイ本体は毒も持たず無害であるため、警戒用の結界が機能しない可能性があるということ。二つ目は、霊的防御の施された物品以外では直接的な接触による憑依寄生を防止できないということ。
「アシヤドリマイマイは、一部の霊虫と同様に肉眼での捕捉が困難であり、これを安定して視認し、対処するためには、霊的な存在を見ることの出来る術と、憑依寄生を防止する術が必要となる。憑依寄生された際の対処としては、霊虫用の虫下しと、寄生時に起こる虚弱を回復する滋養強壮剤とを服用すると良い、と」
そして、それらを踏まえた上でのまとめの形として書かれていた内容を読み上げ、文献を閉じた。
「うん、これで大丈夫そうだね」
ナズナは、それらの表記を基に鞄を探り、必要なものを取り出す。既に机の上に並んでいる薬瓶から、蓋に「調剤用」と張り紙してあるものを幾つか取って、鞄から新しく取り出したものと含めて並べ直す。綺麗に布に包まれた調合用の器と機具、薬包紙が机に揃っていく。
(対処法は霊虫用の虫下しと滋養強壮剤か。大丈夫だとは思うけど、まずは調合して、ちゃんと効果が出るか確かめないと…)
慣れた手つきで必要な薬剤を取り、適切な量を取り出して容器の中へと入れていく。そのうえで、ナズナは袖をまくり、腕をぐるんと回す。
「よし!やるか!」
気合のこもった掛け声とともに、彼女は魔法師としての戦いから、薬師としての戦いへと突入していった。