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さっそく出張!金平堂


 スソノ市で、カツヤから調査依頼を請けて数日後。ナズナは調合薬や術式道具一式を準備し、携行したうえで、件のヤドガミ村の近郊まで訪れていた。

 明るくも深い森を抜け、少しだけ開けた場所へと身を乗り出すと、下の方に豊かな水田を持つ農村の姿が見えた。他と比べると微かに薄空色のもやがかかっており、全体の空気をどこか神秘的なものへと変えているように見える。

「このもやは、相変わらず張ってるんだね。お陰で見えにくいけど…、こういう雰囲気は好きだなぁ」

 ナズナは村の様子をしばらく眺め、周辺警戒用に身に着けた首飾りの魔力が特に問題を示さなかったことを確認すると、山道を下ってヤドガミ村へと向かった。

道々は、やはり木々は深かったが、人がよく通る道は整備されており、草などは綺麗に払われている。砂利のような物を除いた小石にしても、しっかりと路傍に寄せられており、まるで都市部の道のようだった。

 山道を抜け、森も抜け、そのまま村の入口へ。横には広大な水田が広がっており、何人かの村人が農具を手に農作業に勤しんでいる様子が見える。一方では、休憩に入った村人が畔に腰かけ、談笑しながら茶を飲んでいた。

「こんにちはー」

 ナズナは、休憩中の村人に向けて声を掛ける。すると、その声に反応した村人がゆっくりと彼女の方に顔を向けた。そして、声の主がナズナだと分かると、微笑みを浮かべた。

「おやぁ?ナズナちゃんじゃないか。薬売りかい?」

 その村人は、ナズナの見覚えのある人だった。

「あら、ゴンスケさん。ええ、そんなところです。あと、村長さんに用事がありまして」

「村長かぁ。そういやぁカズ。お前、村長に会えたのか?」

 ナズナの言葉を聞き、ゴンスケが別の若い村人、カズに話を振った。

「んえ!?ああいや、会えてないっすね。何だか、取り込み中らしくって」

 ナズナの方をじっと見ていたカズは、唐突に話を振られて慌ててゴンスケの方に顔を向け、答えた後に頭を掻いた。

「そうかい。だそうだ。行っても、会えないかも知れないな」

「ふむ、なるほど。有難う御座います。あ。あとで露店も開きますので、宜しければ、皆さんも、お越しください」

 そう言って一礼し、ナズナはその場を後にした。その後ろでは、ゴンスケや他の村人の楽しそうなからかいの声と、慌てふためいた様な声で何かを否定するカズの声が聞こえていた。


 村に入り、ナズナは出会った村人に挨拶しながら、さりげなく話を振り、情報を収集していく。

「いや、聞かないねぇ。村長はほら、北里の方だから、あたし足を運ばないんだよ。御免なさいねぇ」

 ある婦人の言葉に曰く。

「いや、知らないなぁ。真中の連中なら知ってるかも?」

 ある村娘の言葉に曰く。

 そのたび、ナズナは推測し、必要になるだろう言葉を頭の中でまとめていく。

「なるほど。有難う御座います」

 収集が終われば礼を述べ、ついでに宣伝も行いながら、村の中を歩いていく。その間も、家々の様子を窺う事は忘れない。

(この前の通り、ここは長閑な場所だね。特に変わったことは無し、か)

 木造の家々が疎らに、同時にしっかりとした造りで建っている様子を見ながら、その変わりない姿に安心して歩を進めていた、のだが。

「うん?魔力の密度が、あそこだけ?」

 そのうち一軒の屋根の上や玄関先に、他よりも、もやが濃くかかっていることに気が付き、足を止めて、その家の近くへと向かう。

「……」

 家の近くでは、家の持ち主と見られる女性が仕事をしており、畑で採れた野菜を水で洗っている。特に変わった様子は見られず、普段通りの状態を維持しているように思われた。

「こんにちはー。くすり屋なずな堂でーす」

 ナズナは早速、水仕事をしていた女性に明るく声を掛ける。

「うん?あらまあ、金平堂の人?ごめんなさい、今、手が離せなくて…!少し待っていて」

「はーい!」

 言われるまま、ナズナは家の敷地に入る前で足を止め、家の観察を行う。屋根や玄関先に掛かったもやは今もそこに滞留しており、周囲にそよ風が吹いても変化を起こすことはなかった。

(あれは、魔力的な要因が放つ煙のようなものだけど…。いったい何が)

「お待たせしましたー。いや、すみませんね」

 ただ、それを考える暇はなかった。それからすぐに、仕事を終わらせてきた女性が、苦笑を浮かべながらナズナの下に訪れたからだ。

「いえ、こちらこそ、お忙しい所にお邪魔してしまって、すみません。露店を開く前に挨拶でもと、思いまして」

 ナズナは、直ぐに視線を戻し、笑顔を浮かべるが、女性がどこか浮かない空気を醸し出していることが気に留まった。

「まあ、それはわざわざ。有難う御座います。あ、そうだわ。薬屋さん。今、お薬を頼んでも良いかしら?」

 そして、その浮かない雰囲気を裏付けるかのように、女性は慌てたように話を切り出す。

「もちろんです。何がご入用でしょう?」

 ナズナとしては、その雰囲気の出所を探りたいという魔法師としての欲求はあったが、それをぐっと飲み込み、商売人としての表情でそれを取り繕った。

 女性は、滋養強壮剤を必要数購入したいと申し出た。

 その理由として、家の老爺が昨日、北里の買い出しから戻ってきてすぐに、辛い疲労感を訴えて床に臥せってしまったからだと語った。それを聞き、ナズナは、滋養強壮効果を持つ調合薬と、魔力的な要因での疲労を回復する魔法薬とを合わせた顆粒薬を提供することを決め、飲み方を伝えた。

 そのうえで、一回分の容量を小分けにしてある紙包みを纏めて女性に差し出す。

「有難う。これで良くなるかしら…」

 代金を支払い、しかし浮かない表情はそのままに呟いた。

「効果は保証します。ですが、この薬の特徴で、飲み始めは効果が感じにくいと思います。先ほどお伝えした飲み方を、しっかりと守ってください。一度に大量に飲むことの無いよう、気を付けてくださいね」

ナズナは微笑みを返し、そう言葉を掛けた。女性も笑みを浮かべ、受け取った薬の包みを懐にしまった。

「ええ、分かったわ。有難う」

「お大事になさってください」

 そう言うと、ナズナは一礼し、その場を後にする。

 ただ、少し歩いたところで一度だけ振り返り、再び屋根を見ると、そこに変わらず濃いもやは漂っており、状況は一過性のものではないことを、彼女は改めて認識した。

 そこからの彼女は、必要なもの以外の寄り道をすることはなく、真っ直ぐに北里にある村長の家へと向かった。


「これは…なに?」

 北里の近くまで訪れたナズナは、真っ先にその言葉を口にした。

 彼女の目の前には、一切もやの掛かっていない、気持ちいいほどに澄んだ村の様子が見えており、他と比べると密集地となっている家々が、しっかりと見渡せるほどだった。

 しかし、一か所だけ。村長の屋敷の周辺だけ、まるで濃い霧でもかかったように、風景に沈んで見えなくなっていた。

「あれは…」

 ナズナは意識を集中する。すると、彼女の瞳の色が黒から冴えた銀色に変わった。

 それは彼女が魔力の流れを見る時に用いる術で、同時に、魔法師の基本的な能力でもある。これを知る者は、この術のことを“魔を見る眼”として『魔眼』と称している。

「ぬぅ…。うん、間違いない。魔力に関わることだね…」

 それを『魔眼』を通してみた瞬間に、彼女は思わず顔をしかめた。

 しかし同時に、それの持つ強力さを見て取ったナズナは、直ぐに身に着けている腕輪と首飾りに魔力を込め直す作業に入った。

 作業と言っても、そう複雑なものではなく。今掛けられている術式を新たな術式で上書きする、というものだったが。

『風よ。我を侵すものある時、伝え、護り給え…』

 魔法師が用いる特有の言語による発声と同時に、それぞれの装飾品に手をかざす。すると、微かに風が手の前で渦を巻き、その後、そよ風は翡翠色の光の粒となり、二つの装飾品に向けて吸い込まれていった。これで作業は終了である。

「よし、思い切って、行こう!」

 元の言葉で気合を入れ直すと、ナズナは力強く一歩を踏み出した。


 そこから真っ直ぐに村長の屋敷へと訪問すると、ナズナは、直ぐに異変に気が付いた。

「ようこそ、ナズナさん。村長がお待ちです。どうぞ、お入りください」

「今日も、いい天気ですね。散歩にはもってこいですよ」

「ええ、そうですね。お洗濯ものも、良く乾きそうです」

 村長の住む屋敷を守る役目を負う神官姿の男性二人に案内され、奥の母屋へと向かう。

 そこからは別の人物が彼女を出迎え、念のための荷物検査が行われた後、村長が公務を行う部屋の方面へと通された。

 その広い部屋には、村の封神である“ヤドガミさま”を祀った神棚を始め、多数の香炉、供物を置く台が並んでいる。村長は、その中央に座し、祈祷を行っていた。

「長、ナズナ様がお見えです」

 御付きの者が伝えると、村長はゆっくりと祈祷の動きを終える。

「お通ししなさい。それと、お茶の用意を…」

「はい、ただいま」

 指示を出す柔和な若い女性の声と、指示を受ける熟年女性の声を、ナズナは部屋の出入り口から少し離れた場所で聞いており、それらが終わる機会を見計らって、部屋の方へと向かった。

 このヤドガミ村では、村長は神事に関わる巫女としての役目も担うため、代々女性がその任に着くことになっている。御付きの者も、基本は女性だった。

 部屋の前で足を止めたナズナは、一度全ての荷物を置き、敷居前で正座をすると、村長に向けて一礼した。

「こんにちは、村長様。ご機嫌如何ですか?」

「ようこそ、お出でくださいました。どうか、そう恐縮なさらないで。気楽に参りましょう」

 礼節をきっちりと護るナズナに対し、村長の女性は申し訳なさそうに微笑した。

「それでは…」

 その段階で初めて、ナズナは荷物を持ち、敷居を跨ぎ、部屋の中へと入った。

「どうぞ、こちらをお使いください」

「有難う御座います」

 そして、勧められた座布団に座る。

「さて、早速なのですが…」

その様子を見守っていた村長は、ナズナが腰を落ち着けたことを確認してから、口を開いた。

「お手紙、拝見いたしました。その真偽の確認のため、ですね?」

 そこで村長の表情が曇る。

「ええ。先日のスソノ市で、ある男性から噂と言う形で伺った話がありまして。何でも、この村で奇妙な現象が発生しているとか?」

 ナズナは、言葉こそ選んでいたものの、そこを遠慮することなく、躊躇なく切り込んでいく。村長は、その躊躇いの無さに安心したのか、表情から曇りが少しだけ消えた。

「はい。祠の清掃をしてくださる村人の方々や、祠をお参りした人が、謎の疲労感や倦怠感を訴えて、床に臥せってしまって…」

「なるほど…。その方々の、その後の容体は如何ですか?変わりなしですか?」

「はい。どうやら、疲れを取ることは出来るらしいのですが、少しでも何か作業をすると疲労が急激に蓄積し、膝を折りそうになるのだとか…」

「ふむ…」

 村長の声が少しずつ調子の下がるのを不憫に思いつつ、しかし、心を鬼にして、ナズナは聴取を続ける。

「最近、村長様の周辺で、神事に何か、お変わりありましたか?例えば、今この周辺を覆い隠すように包んでいる、濃い霧の発生とか」

 ナズナがそう言うと、村長は何かに気が付いたようにハッと顔を上げ、少し沈んでいた表情が引き締まる。

「ま、まさか、この霧が原因なのですか!?」

「ああ、いえ。まだそうと決まったわけではありませんが、この霧には間違いなく何かがあります。事実、この霧は、私や村長様にしか見えていないようですから…」

 その言葉に、村長の肩が落ちる。

「やはり、この霧は村の者たちには見えていないのですね。何かおかしいと感じておりましたが、合点がいきました。しかし、であれば、この霧はいったい?」

 しかし切り替えが早く、村長は顔を上げ、肩に力を入れて話を続ける。

「魔法術に関わるものであることは確かです。先程、魔眼を用いて識別しましたが、かなり強力な魔力か、それに類するものが渦巻いておりましたから…」

「霊威絡みの現象なのですね…。しかし、私が神事のためにご神体を訪れた際は、特に何か変化があったわけではないのです。何が原因なのでしょう?」

「…村長様には罹らない、何か?」

 そこでナズナは言葉を切り、一度思考の整理に入った。

 発生した原因。もたらされた症状。村の変化。全てに考えを巡らせる。すると、ある一点が引っ掛かり、彼女は思考を中断した。

「えっと。今、ご神体や祠の清掃は、どなたがされているのですか?」

「あ、はい。今は、この屋敷の者が担当することになっているのですが、件の原因が分からないため、清掃は中断しております」

「ほっ…、それは良かったです。まず間違いなく、ご神体の清掃に解決の糸口があります。どうでしょう?私に、ご神体のある祠の調査の、許可を頂けないでしょうか?」

「大丈夫なのですか?」

「絶対とは言えませんが、恐らくは大丈夫かと。いざとなれば魔法薬もありますから」

「ふぅむ…」

 今度は村長が思考に沈むが、それは当然の動きであるといえた。

 ナズナは、確かに島の風土病を解決した功労者ではあるものの、村独自の神事に関わることを、彼女と言う余所者に任せた場合、周囲からの反発を向けられる可能性や、万が一ナズナに何かあったとき、島は重要な薬師を失うという危険性が付きまとう。

 それはあまりにも、天秤にかけるには比重の重い判断であると言えたが、しかし。

「分かりましたナズナさん。お願いします、この村の救済に、お力を貸してください」

 村長は村の救済を優先し、ナズナに頭を下げる決断を下した。

「あわわ…。頭をお上げください。まだ解決できると決まったわけではありませんから。ですが、分かりました。このナズナ。全力で事に当たらせていただきます!」

 浮かない表情で頭を上げた村長に対し、ナズナは胸を張り、力強く宣言したのだった。


 そこからの、村長の動きは早かった。

 まずは御付きの者に指示を出して、現象の調査を行う事を伝達。村長自身やナズナ以外の、祠やご神体周辺への立ち入りを禁止した。次に、ナズナの調査を補助するため、村長の屋敷にある離れをナズナに、寝泊り場所兼調剤所として使用させるよう指示を出し、準備を整えさせた。

 最初は、多少の反発があるかと予想されたものの、存外に、屋敷の者や、守り役を負う者達からの反発はなく、むしろ積極的にナズナを支える方向で動いた。

「何から何まで、有難う御座います…。これで存分に作業に集中できます」

「いいえ。これくらいしか、我々には出来ません。肝心な部分はナズナさんに全て、お任せしなければならないのですから…」

 恐縮する村長に向け、ナズナは首を横に振って、それから笑った。

「そもそも最初の風土病の時にも、私は自分から突っ込んでいったわけですから。むしろこうして支えて頂けるだけで、感謝の至りなのです。必ず、原因を突き止めて見せます」

「有難う、御座います…」

 互いに微笑み、それからすぐに作業へと向かった。ナズナは調査へ。村長は神事の継続に向けて。

 こうして、ヤドガミ村の奇病に関する調査が始まるのだった。


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