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序文:スソノ市での出来事

※「星降り島の薬師 ~おいでませ金平堂~〔短い話〕」から緩く繋がっております。まずはそちらからご覧下さい。


 その日の早朝。ナズナは薬屋の近くに位置する、とある村を訪れていた。

 その村はフモト村と呼ばれていた。星降り島にある山の広大な裾野に位置するからと言う理由で、この村の先祖がそのように呼ぶようになったらしい。規模はそれなりに大きく、商売を行うための市場。行政や郵政を取り扱う役所。小規模の診療所などが存在している。

 そのため往来する人も多いが、ナズナは慣れた足取りで市場へと続く道を急ぐ。

「その根菜をそっちの籠に回しておいてくれ!」

「野菜はそっち!肉は向こうだ!間違えたら後が大変だぞ!?」

「魚用の水入れは?ああ、そっちかい…」

 市場に入ると、農作物や魚、精肉を売るために台に並べ始めている住民が、あっちにこっちに忙しなく動き回る様子が見られる。また何処からか、料理を作る匂いが漂ってきており、時たまその足を止めさせてもいた。

それらの人々と同じように、ナズナも事前に確保していた販売場所へと向かう。

「よいしょっと…」

 鞄を荷物台に置き、中身を商品陳列台の上に広げていく。

「粉薬の梱包はこっち…。錠剤用の箱はこっち…。塗り薬用の箱はこっち…」

 予め決めている位置に並べていく。前によく売れた物と新商品を見えやすい位置へ、それ以外を纏めて整理し、見苦しくならないように配置していく。

すると。

「やあ、ナズナさん。今日も精が出るね」

 陳列が一段落し、陳列台の前に看板を提げ終えた頃。向かい側の台から、一人の若い男性がナズナに声を掛ける。

「あ、カツヤさん。お早うございます。ええ、こういう時だからこそ買いに来られる方も居ますし。顔も知って頂きたいので」

「ははは。商魂たくましいなぁ。うん、良い事だと思うよ。そう言う俺も、ナズナさんの商売のお零れを貰おうとしてるわけだけど。ナズナさんの薬を求めてくる人は多いから」

 カツヤは笑い、売り物である保存食を並べていく。干し肉、干物、漬物など。普段の食卓を彩る物から旅人用の携帯食になるものまで、種類は様々だ。

「また謙遜されて。カツヤさんの品物も良い物ですから。先日頂いた大根のお漬物。あれ美味しかったですよ」

「おお、本当か?それは良かった。それなら、またお裾分けに行くとするよ」

「あはは。今度は買いに行きますよ。なので、宜しくお願いします」

 頭を掻くカツヤに、ナズナは優しく笑みを浮かべた。

 それから少し経ち、周囲の動きが落ち着きを取り戻すと、少々の静寂が辺りを満たしていく。優しい朝日の差し込む様が、辺りを包み込むような広がりを見せる。

「……」

 この一瞬に見える空気の涼やかさが、スズナには心地よさとして感じられた。

 ただ、それもほんの刹那のこと。静寂は市場の外から聞こえ始めた客の声によって徐々に押しやられ、そして。

「ただいまから、フモト市場を開放いたします!」

 市場を管理している人物による開幕宣言によって、一気に破られたのだった。


 そこからは商売と言う名の大合戦の始まりであった。次々と訪れる人々に対して商品を説明したり、要請された品物で用意できるものを準備、販売したり、時に準備できずに頭を下げたりと、商売では当たり前のことを、恐ろしい密度と速度でこなしていく。

 実をいえば、フモト村単体での来客数はそこまで多くはない。ただ、近隣の村から買い付けに来ている人々や、わざわざ大陸側から船で渡って買い付けに来る人々も居るので、一つの村が運営する市場としては異様なほどの人出となっていた。現状の人の密度はそれが理由だった。

 一度目の波が過ぎ、二回目の波が過ぎた頃。ようやく市場の流れが凪ぎを取り戻した。

「ふぅ…」

 ナズナは、荒波を乗り切った達成感と、溜まった疲労とを吐き出すように大きく息を吐いた。涼しさを取り戻した市場の空気に、その熱さがとけていく。

「お疲れ様。そっちも大変だったね」

「お疲れ様です。いやぁ、まさかここまで人が来るなんて…。お客さんと話をする暇もありませんでした」

 互いに、商品を捌き終えてすっかり寂しくなった陳列台を見て、疲労気味に笑った。どうやら他の販売者たちも同様らしく、まるで戦友が互いの生還を称え合うかのような空気を醸し出していた。

「まあ、今日はスソノ市だからね。市場が唯一、島の外部に向けても開かれる日だから」

「な、なるほど…。これはなかなか大変ですね。用意する商品の量も考えないと…」

「ははは。俺にしても、他の連中にしても、それを見越して仕込みをするからね。むしろ、それを知らないのに乗り切れたお前さんは、素直に凄いと思うよ」

「有難う御座います。まあ、ギリギリでしたけどね。商品量も含めて」

 そのような事を話しながら、互いに片付けを始める。ただ、ナズナの場合は箱や袋ごとに分けているだけなので、それらに蓋をし、鞄に入れるだけで済んだ。カツヤも同じで、残った物を袋に分けてから入れ物にしまうだけで、手早く片づけを終わらせている。

 他の、商品を捌き終わった販売者たちも順次撤収作業に入っている。

「ああ、そうだ。ナズナさん、このあと暇かい?」

 片付けを終え、場を引き払おうとナズナが立ち上がったとき、同じく場を引き払う準備をしていたカツヤが呼び止める。

「え?ええ、朝食を取ろうと思ってましたから」

「ならどうだ?スソノ市名物“売り切り食堂”で食べていかないか?」

 それは、疲労感ある中でも大いに興味を引く名前だった。

「売り切り食堂、ですか?」

「ああ。この市場に来た時に、何かいい匂いがしなかったかい?」

 ナズナは、二時間ほど前のことを思い返し、嵐に備える忙しさの中で、足を止める人が居たことを思い出した。

「確かにしました。特産品で料理も提供しているんだなぁって思いましたよ」

「そうそう。んで、そいつらな?市場が終わった後が、実は後半戦なんだよ」

「そうなんですか?」

「おう。ほら、もうじきくるぞー?」

「?」

 カツヤの言葉に、ナズナは手の荷物を下ろして辺りの様子を窺う。見ると、客は少しずつ市場から出始め、商品を捌き終えていない他の販売者も、いそいそと店じまいを始めているのが分かる。

 それをナズナが見てから、少し経った頃。中央に配置された台座の上に一人の男、フモト村の長である男が立った。

「皆様!有難う御座いました!これにてスソノ市は終了となります!」

 そして、大きな声で市場が終了したことを宣言した。周辺から巻き起こる歓声と口笛。

 しかし、長の言葉はそこで終わらなかった。

「そして販売者の皆さん。朝早くからお疲れ様でした。この後、市場の東口付近で、販売者向けの炊き出しを行います。是非お立ち寄りください!それでは、本当にお疲れ様でした!」

 そこまで言い切ったあとで、長は巻き起こる拍手に包まれながら、満面の笑みで壇上を降りていくのだった。

「よし、村長から市場終了の宣言が出たな。ナズナさん、改めてお疲れ様」

「お疲れ様です。それで、先ほどの炊き出しが、その?」

「ああ。俺達が勝手に“売り切り食堂”って呼んでるだけだがね。さて、片付け終わり。行くとするか!」

 そう言い、カツヤも荷物を背負うと、ナズナを扇動するように歩き始めた。ナズナもそれに従い、後ろをついていく。未だ、片付けで忙しない市場の中を慣れた足取りで通過し、東口へと向けて移動する。

 一歩ずつ近づくたびに、目的の場所から、風に乗って料理の香りが漂ってきた。それが場を満たすたびにナズナたちの足は速まり、片づけを行っている人々の動きも速まっていく。空腹に耐えている人間には、中々の刺激だった。

 そうして二人が東口にたどり着くと、その先には市場の他にも屋根付きの場所があり、そこでは大勢の調理人が大量の鍋の前を行き交い、調理人以外の人は食事用の台と椅子とが並べられた空間を準備している様子が見えた。

「へぇ…。これはなかなか、大がかりですね。もしかして、ここの人たちは?」

「ああ。さっきのスソノ市で料理を売ってた奴らさ。疲れてるはずだが、こうして俺たち向けに炊き出ししてくれてるってわけさ。代金は俺達の参加費から出てるから、幾ら食べても無料っておまけつきで」

「なるほど、それは良いですね」

「だろ?」

 そう言って、カツヤは楽しそうに笑った。

 二人は早速席を取り、荷物を置くと、カツヤはまず、ナズナを立たせた。

「荷物は俺が見ておくから、先、行ってきな」

「え?良いんですか?有難う御座います!では…」

 カツヤの提案に満面の笑顔を浮かべ、ナズナは早速、食事を取りに向かった。


 それから十数分後。互いに料理を受け取り終えた二人は、早速食事を始める。献立は、炊き立ての麦まぜ飯に具沢山の味噌汁。葉物野菜の漬物に焼き魚と言った具合だ。

 いずれも地産されたものを使っており、風味豊かな香りが、二人に食事の楽しさを提供していた。

「ところで、お前さんは、ヤドガミ村の神社の噂って聞いたことあるか?」

食事が進み、もうじき折り返し地点に差し掛かるという頃、カツヤがナズナに声を掛けた。

「はい?噂ですか?」

「ああ。俺も昨日聞いたばかりの話だけども。さて、ヤドガミ村には、不思議な石で造られたご神体があるんだが、何でも最近、その辺りで奇妙なことが起こり始めたらしい」

「奇妙?」

 話の内容に興味が出たナズナは、箸をおいて話に集中し始める。カツヤも同様に箸をおき、少しだけ声の調子を落として話を続ける。

「あんまり大きな声じゃ言えないけど、そこを掃除してる人間が、ある日突然に体力が落ちて、少し作業しただけで物凄く疲れるようになったんだと。しかもこの具合が、何日経っても良くならない」

「それはまた…重篤ですね」

「ああ。聞いたところによれば、最近じゃ、ご神体の呪いってんで頻繁に神事を行うようになって、大変な騒ぎになってるって噂だ」

 そこでカツヤは、噂が本当かどうかは別にして、と前置きしたうえで、表情を引き締めてナズナに向き直る。

「そこでだ。ナズナさんに頼みがある。時間がある時で良いから、ヤドガミ村の様子、見て来てもらえないだろうか?それにもし噂が本当だとしたら、村の友達を放っておけない。だが、俺は仕込みの関係でここを長く離れられない。もちろん、報酬は払う」

「いやまあ、報酬の話は別に構わないですけど、またどうして私に?」

「お前さんは薬や魔法術に詳しい。それに、この島の不治の病を解決してくれたこともある。そこを見込んでお願いしたいんだ。どうだろう?」

「ふぅむ…」

 ナズナは腕を組み、顎に手を当て、少し考えこむ。

 ただそれは、お願いを受けるかどうかの選択について考えているのではなく、噂の大元である現象の方について、少し想像を巡らせているのだ。様々な予想を立て、もしも噂が真実だった場合に、自分の解決できそうな案件なのか、どうかを。

 そうして、一分程度の時間を置き、答えが出た。

「分かりました。ただ、フモト村への定期診療と薬の配布を行ってからになります。それでも構いませんか?」

 ナズナの返答に、カツヤの表情がパッと明るくなる。

「ああ、有難う!恩に着るよ。そして、もしも何か分かったら、教えてくれると有難い」

「はい。分かりました」

 ナズナがそう言うと、カツヤは清々しい表情を浮かべ、二人ともが自然な流れで食事へと戻っていくのだった。



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