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前回に引き続きかなりの長文となっております。

休憩を挟んだり、体調管理に気をつけながらご覧頂ければ幸いです。



 魔法使いは、色々な景色を見てきましたが、あれ以来、魔法使いは「人」を見るようになりました。




 長い長い旅路の途中、魔法使いが見たのは世界中の人、人、人。



 偉い人、賢い人、綺麗な人、素直な人…。



 いい人は沢山いましたが、魔法使いは決して人の輪の中に入ることはありません。




 例えどんな人でも、少しのキッカケでいとも容易く変わってしまう事を知ってしまった魔法使いは、人と関わり合う事が嫌になっていたのです。




 加えて、魔法使いは年を取らないので、見た目が何十年経っても変わらない為、周りから異物を見るような目で見られてしまいます。




 魔法使いは、ずっとずっと独りぼっちでした。






 そんな独りきりの旅が何十年か過ぎ去ったある日の朝。


 一羽の渡り鳥の独り言が聞こえてきました。

「あの島はよかったなぁ。宝物も無ければ煌びやかでもなかったけれど、皆良い人ばかりだった。それもこれも、あの魔法使いのおかげだろうなぁ」





 それを聞いた魔法使いは、思わず渡り鳥に尋ねました。



「その島には魔法使いがいるの?だとすれば、とても凄い魔法を使うのでしょうね」



 すると、渡り鳥はカラカラと笑いました。



「全然凄くなんかないよ。彼が使える魔法はたったの一つだけさぁ」



 渡り鳥はそう言うと、カラカラと笑いながら何処かへ飛び去って行きました。





 そういえば、魔法使いは自分以外の魔法使いに出逢った事がありません。

 魔法使いはもう一度だけ、人の輪の中に入る事を決意し、渡り鳥が飛んできた方にある島を目指す事にしました。








 そこは、とある島国から少し離れた場所にポツンとある円状の孤島でした。



 上陸した魔法使いは、島の中心へ向かいながら辺りを見渡します。




 青々と生い茂る森の中に吹き抜ける汐風。

 緑葉で作られた天井からキラキラと溢れる太陽の日差し。


 鳥の鳴き声はずっと遠くから聞こえる程静寂に満ちた空間の中を、魔法使いはトコトコ進んでいきます。





 森を抜けると、次に見えたのはフカフカの草と所々に小さな花々が咲いている丘でした。





 ポカポカと日の当たる丘の頂上に、登り森とは反対側を見下ろすと、そこには小さな町がありました。





 確かに、お世辞にも栄えているとは言えない町ではありましたが、そこで生きる人々にはたくさんの笑顔があったのです。




 しかし、魔法使いはそんな町を幾度となく見てきました。

 この町も変わってしまうのではないか。

 魔法使いはその場に立ちつくしたまま町を見続けます。




「・・・見ない顔だね。外からのお客さんとは珍しいこともあるものだ」




 と、立ち竦んでいると後ろから声が聞こえてきました。



 振り返ると、そこには倒れた大木の上に腰掛けている、黒いフードを被った男がいたのです。




「どこから来たんだい?随分と疲れた顔をしているが・・・」




 フードを深く深く被っていたので、男の顔は見えませんでしたが、彼が自分のことを心配してくれていることはわかりました。



 魔法使いは一言「大丈夫です」と返してから、男に尋ねます。



「この町に魔法使いがいると聞いたのですが、ご存じありませんか?」




 すると男は首を傾げます。



「魔法使いかい?そんな人いたっけなぁ・・・?」



 フードの男はしばらく考え込みましたが、何かを思い出したように呟きました。



「そう言えば最近この町で噂になっている事があるけれど。それで良かったら話しても良い」



 ただし、とフードの男は付け加えます。





「ボクと一つ、ゲームをしよう。それに勝てたらボクが知っていることは何でも話してあげよう」





 魔法使いは二つ返事で了承します。



「よし。今からこの丘に子供達がやってくるんだ。その子供達をより笑顔にした方が勝ち。良いかな?」



 魔法使いはそれに頷いて、彼の隣に腰を下ろしました。









 程なくして、一人また一人と丘に子供達が集まってきました。



 そして十人程集まったところで、フードの男が口を開きました。




「頃合いかな。ではゲームスタートだ。まずはキミからどうぞ」




 何をやっても良いと事前に言われていたので、魔法使いは早速お得意の魔法で色んな物を出して子供達にプレゼントします。





 おいしい果物や輝く宝石、お洒落な服や新しいおもちゃをたくさん出しました。



 魔法使いは、人が何を与えれば喜ぶか身を以て知っていたのです。



 それが時には怒りや悲しみ繋がってしまうことも。





 しかしなんて簡単なゲームなんだ。



 散々「人」を見てきた魔法使いにとって、これほど簡単なゲームはない。

 そう思っていると、何故か子供達からは不満の声が上がりました。





「面白くないよぉ」


「果物はおいしいけれど、お母さんが作ったご飯の方がおいしい!」


「この綺麗な石はどうやって遊ぶの?」


「服は着難いし動き辛いわ」




 子供達はちょとだけ困った顔をしていました。


 魔法使いにとって今までにない経験です。


 それを見かねたフードの男は、脇に置いてあった荷物から何かを取り出して、子供達に声を掛けました。



「じゃあそろそろ今日も始めるよー。みんな見えるところにおいで」



 すると子供達は魔法使いが出した宝石やおもちゃから目を離して、ワラワラと彼の周りを囲むようにして座り込みます。



 フードの男は改めて倒れた大木に座り直し、先ほど荷物から取り出した物を膝の上に置きました。





 それは、様々な絵が描かれた画用紙が幾つも重なった束。




「それでは、今日も紙芝居を始めまーす」




 彼のその一言だけで、子供達は(たちま)ち笑顔で拍手を送っています。



 一体どんな魔法を使ったのだろうか。



 魔法使いは考えましたが全くわかりません。



 何せ、自分に使えない魔法なんて無いと思っていたのですから。





 しかし勝敗は一目瞭然。



 潔く負けを認めた魔法使いはその場を立ち去ろうとしましたが、フードの男に呼び止められてしまいます。




「よかったらキミも見てってよ。きっと面白いよ」




 魔法使いは少し迷いましたが、子供達からも「座って座って」とせがまれてしまったので、遠慮がちに隅っこの方に腰を下ろしました。



「ではみんなが座ったところで・・・・さて、今日の物語は・・」




 フードの男はゆっくりと語り出しました。




 語られたのは、よくある昔話。



 今の人の世に疎い魔法使いでも知っているようなありきたりなお話。



 しかし、そんななんでもない物語に子供達は夢中になって耳を傾けていました。




 やはり彼が何か魔法を掛けているのか・・・?

 怪しむ魔法使いを余所に、フードの男は流暢(りゅうちょう)に語り続けます。





 その語り口調には不思議な力がありました。





 彼が楽しそうに語れば、子供達も一緒に楽しくなります。




 彼が悲しそうに語れば、子供達もつられて悲しい顔になります。




 彼が嬉しそうに語れば、子供達はまた笑顔になるのです。




「・・・いつまでも幸せに暮らしましたとさ。めでたし、めでたし」



 そんな語りで物語を締め括ると、子供達から大きな歓声と拍手が上がりました。




 物語が終わった後も、フードの男は子供達とお喋りしていて、一通り喋り終えて子供達が帰った頃にはあれだけ蒼かった空がすっかり赤く染まっていました。




 枯れ葉荷物をまとめた後、大木に座りふぅと一息漏らしました。



「ボクはね。こうしてこの町の子供達に紙芝居を聞かせてあげてるんだ。この島にはあまり娯楽がないからねぇ」



 遠くに見える大きな岩山の陰に、少しずつ隠れていく夕日を見ながら彼は言葉を続けます。




「最初は興味本位で始めたんだけど、これが大人にも子供にも大好評。最近では『彼は人を笑顔にする魔法を使っている』、なんて噂も出てきたくらいさ。お恥ずかしながら」



 困ったような、されど満更でもないような口調で話す彼に対し、魔法使いは問いかけます。



「では、あなたがこの島の魔法使いなのですか?」



 それを聞いたフードの男は、一瞬キョトンとした顔をすると、程なくしてそれは大笑いになりました。



「魔法なんか使えないよ。ボクはただ、みんなに笑顔になって貰いたいと願っている、ごく普通の人間だよ」



 お腹を抱えて笑っていたフードの男は、逆に魔法使いに尋ねます。



「ところで、キミはどうしてこんな所に来たんだい?良かったら話してくれないか?」



 彼のことを色々聞いてしまった手前、自分だけ話さないのはどこか悪いような気がしたので、魔法使いはこれまでの経緯を短くまとめて話しました。




 人の何倍もの時間を生きている魔法使いの話は、短くまとめないと三日三晩語り尽くしても足りませんからね。




 それでも語り終える頃には、淡い月明かりが町を照らすような時間になってしまいましたが、彼は魔法使いに興味を持ったのか、色々な質問をしてきたのです。




「どんな国に行ったのか」


「珍しい食べのもは」


「一番綺麗だと思った景色は」




 魔法使いも、彼の質問に一つ一つ答えます。



 そんなやりとりをしている内に、いつの間にかフードの男と仲良くなっていました。





 月が頭の真上に昇る頃、そろそろ引き上げようと彼が腰を上げました。




 魔法使いは、最後に尋ねました。



「あなたはどうして私にゲームを挑んだのですか?」

 と。



 結局、この男は自分が勝っても魔法使いの質問には何でも答えてくれた。

 そもそもゲームをする意味があったのでしょうか?



 丘を降りようとしていたフードの男は、魔法使いに背を向けたまま答えます。



「最初にキミの顔を見た時、失礼な話、キミの顔に深い悲しみが見えたんだ。実際話を聞く限りでも、その悲しみはボクには計り知れないものだった」



 だから・・・と、彼は魔法使いの方へ振り返って言いました。





「・・・だから、キミに魔法を掛けてあげたくなったんだ」





 その時。





 今までフードの奥深くに隠れて見えなかった彼の顔が、月明かりに照らされてハッキリと魔法使いの目に映りました。





 彼のその顔を、魔法使いは生涯忘れることはありませんでした。










 笑顔にする魔法。



 これ程素晴らしい魔法はない。



 長い長い旅を経て、すっかり忘れていた自分の願い。



 ・・・もう一度だけ、歩み寄ってみよう。

 魔法使いは、ただ「人」に笑顔になって貰いたかっただけだったあの頃の気持ちを思い出しました。





 魔法使いは、この町に住み、まずは彼と一緒に紙芝居の練習をすることにしました。



 フードの男は最初は驚いていましたが、理由を話すとすぐに快く了承してくれたのです。





 物を出したり願いを叶える事だけが、「人」を笑顔にする方法ではない事を、魔法使いは彼から教わりました。



 町の人達も魔法使いのことを歓迎してくれて、それならばと、今はもう使われていない小さな小屋に住めるように、みんなで綺麗にしてくれたのです。





 もちろん魔法使いも手伝います。



 でも、周りの人達と一緒に体を使って頑張って綺麗にしました。



 何故そんなことをしたのかというと、フードの男に「人は『結果』ではなく、その目的に辿り着く過程で親睦を深めていくんだ」とのアドバイスを受けたからです。





 魔法使いの手に掛かれば、小さな小屋を一瞬で綺麗にするどころか、そこに大きなお屋敷をポンと建てることだって出来るのです。



 小屋を綺麗にするのではなく、()()()()()()()()作業をすることで、「人」と距離を縮めてみてはどうだろうか。



 そんな彼の意見を参考にして、自らの手で頑張りました。



 でも、折れていた柱や今にも抜け落ちそうな床など、どうしようもない部分は魔法で直しました。

 それを間近で見た町の人達はビックリしたり、尊敬の眼差しで見たりしていましたが、以前の様な町とは違い、誰も「願い」を口にしませんでした。





 小屋に住めるようになった次の日からは、島にある畑で農作業のお手伝いを始めました。



 例の如く、魔法使いならば畑を耕すどころか、野菜や果物そのものをその場に出す事が出来ますが、魔法使いは用意されていた(くわ)を手に取ります。





 畑仕事に慣れてからは、八百屋さんのお手伝いも始めました。



 今まで何かを与えた事は数多くありましたが、物を「売る」事は魔法使いにとって初めてのこと。



 加えて、魔法使いはそもそも「買い物」をしたことがなかったので、お手伝いを始めた当時は全く勝手が分からず、八百屋のおじさんを終始困らせてしまっていました。





 そんな魔法使いの事を、島の人々は優しく見守りながらたくさんのことを教えます。





 野菜の取り方。


 買い物の仕方。


 洗濯する時のコツなんかも。




 魔法使いは様々なことを教わりながら、色んな人のお手伝いをします。




 家畜のお世話をしました。


 魚釣りをしました。


 編み物をしました。


 花を育てました。


 お料理を作りました。




 時には怒られてしまう事もありましたが、それでも魔法使いはお手伝いを続けます。





 魔法使いがこの島にすっかり馴染んだ頃には、島中の彼方此方で魔法使いが誰かのお手伝いをしている姿を見ることが、島の人達の日常になっていました。





 お手伝いを続ける一方で、紙芝居の練習も欠かしません。



 紙芝居の絵は魔法を使えばどうとでもなりますが、「語り」は練習して上手になる以外方法がありません。




 数日置きに、フードの男が紙芝居をしている丘に付いて行って、彼が子供達に語り聞かせる様を見ることで自分なりに勉強したり、それを見ていた子供達も協力してくれて、実際に自分が紙芝居を読む事もありました。






 独りぼっちだった魔法使いは、いつのまにか町の人気者。



 以前の様に「魔法使い」だから、ではなく、一人の「人」として、仲間として輪の中に入ることが出来たのです。





 そんなことに気が付いたのは、この島に来てからもう幾度も季節が巡った頃でした。





 その時、ふと()()()()()の事を思い出しました。





「きっと良い出逢いが待っているよ」





 その言葉を聞いたのは、もういつの頃だか思い出せないくらい、遠い遠い昔の事。



 でも、それはいつまで経っても魔法使いの中にしっかりと残っていました。





 あぁ、彼女が言っていたことは本当だったんだ。





 長い長い時間が掛かってしまいましたが、魔法使いはようやく「自分の居場所」を見つけることが出来たのです。





 魔法使いは、初めて旅を続けて良かったと感じたのでした。





















 しかし。

















 時は無情にも、魔法使いを残して先へ進みます。




















 紙芝居を聞かせていた子供達はいつしか立派な大人になり、それぞれの道を進んでいき、また新しい子供達が丘の上へ登ってきます。




 お手伝いをしている場所では、今度は自分が教える側になりました。




 島の外からは便利な道具や最新の技術が入ってきて、町は瞬く間に姿を変えて、より豊かで過ごしやすい場所になっていきます。




 フードの男も結婚し、暖かな家庭を築きました。




 生まれ、成長し、時代の流れと共に過ごし、やがて死んでいく。



 そんな当たり前に巡る人の流れの中。




 魔法使いだけが何も変わらないまま、その場に留まっていたのです。




 それはいつしか心に重くのし掛かり、魔法使いの笑顔に陰りが出てきました。






 そんな悩みを抱えて幾許かの年が過ぎたある日。




「ゲームをしよう」




 フードの男が久方振りにそう言ってきました。




 二人が出逢って以来、フードの男は事あるごとに魔法使いにゲームを仕掛けていました。




 ゲームの内容は彼の気分で全てが決まる。

 果物の早食いに駆けっこ、魚釣り、木登り、お絵かき、水泳、睨めっこ。



 最早二人の対決は島の名物の様な存在になり、いつしかその勝負の際には島中の人々が二人の周りを囲み、観戦する様になっていました。





 しかし、それだけ勝負の回数を重ねても、魔法使いはまだ一度もフードの男に勝った試しがありませんでした。




 悔しさが募っていた魔法使いは、今回の勝負を受けて立ちます。




「よし、今回のゲームは…そうだね、何でもいいからお互いに物を持ち寄る。それを島の人に見せてより支持を集めた方が勝ち。いいかな?」




 異論はなかったので、魔法使いはそのまま頷きました。



 ここ最近のゲームでは「折角観客がいるのだから彼らも参加できた方が面白いだろう」と言うことで、ギャラリー巻き込み型のゲームが彼の中で流行っているらしい。




 一刻後に町の広場に再集合することを約束して一旦解散しましたが、魔法使いは困っていました。




 彼とのゲームには2つだけルールがあります。


 一つは魔法の禁止。


 これを良しとしてしまえば、大概の勝負事は魔法使いが勝ってしまうからです。




 もう一つのルールは、負けた方は勝った方の言うことを一つだけ叶える。




 これまで負け続けてきた魔法使いはそれにより、彼の家の掃除や紙芝居の製作を徹夜でさせられたり、世界中の珍しい食べ物を魔法で出したり、時には「す、好きな人がいるんだけど、仲を取り持って欲しいです」と言われた事もありました。




 結果として、フードの男はその女性と結ばれ、魔法使いは大変満足していたのですが、やはりゲームに負けてしまった事への悔しさは残っていたのです。




 今回のゲームも負けたくはありませんでしたが、如何せん中々いい案が浮かばず、辺りをウロウロしていると一人の女の子が声を掛けてきます。




「ねぇねぇ、今日はまだお話し始めないの?」



 ちょっと寂しそうに見つめる女の子を見て、魔法使いはピンと閃きます。



「今から広場であの人と勝負をするから、よかったら見においで?その後で、いつもの丘で紙芝居をすると思いますよ」



 そう伝えると、女の子は「わかった」と一言言って広場の方へ歩いて行きました。





 一刻後、広場には島中の人達が集まっていました。



 魔法使いはフードの男と合流し、合図を待ちます。




「頃合いかな。それでは勝負開始(ゲームスタート)だ」




 例のごとく先攻は魔法使い。



 持ってきた物を提示するよう促された魔法使いは、隣にいたフードの男を指して言いました。




「私は彼こそが、この町の中で最も素晴らしいモノだと思います」




 人は物よりも人の「心」に笑顔を見せる事を、彼自身から教わった。



 では、この島で一番人の心を動かせる人物とは一体誰か。




 それは、この島では彼を於いて他にはいません。




 魔法使いの回答を聞いた町の人々は、一瞬の沈黙の後、大きな拍手と感性を魔法使いに贈りました。





 それを聞いた魔法使いはご満悦。

「してやったり」と隣にいたフードの男を見ました。





「・・・では、ボクの番だね」





 歓声が落ち着いてきた頃を見計らって、フードの男は一歩前へ出ます。





「確かにボクは人気者だ。自分で言うのも恥ずかしいけれど。でも・・」





 と、広場に集まった島の人達に問いかけました。





「でも、数年前この島に来た一吹きの風が、特に変化のないボク達の平凡な日常を変えてくれた!」





 その風は新しい食べ物の存在を教えてくれた。


 その風は見たこともない風景を教えてくれた。


 知恵を、遊びを、遠い国のことを教えてくれた。




 時には何かを手伝って貰ったり、不思議な力に助けられた者もいるだろう。

 今ではこの島で知らない者はいないのではないか?

 それは恐らく、ボクなんかよりもずっと眩しい輝きを放っている・・・。





「この魔法使いこそ、この島で最も素晴らしい()だとはボクは思うが、みんなはどうだろうか?」





 そんな男の主張に、島の人々は、先ほどの歓声よりも遙かに大きな喝采を以て応えたのです。





 島の人達にとって、魔法使いはフードの男よりも大きな存在となっていたのでした。

 これも、この島に来てから努力を欠かさなかったからこその結果だったのです。





 当の魔法使いはと言うと、訳もわからずただ突っ立ってその喝采を聞いていました。

「キミは、キミ自身が思っている以上に素敵な人間だ。ここに集まった全ての人達は、今までキミが努力し続けてきたことを知っている。キミはもう、この島に無くてはならない存在なんだよ」

 そんな魔法使いに、フードの男はそっと囁きました。





「今キミに贈られている暖かな声の数々は、魔法なんかじゃない、キミ自身の力で手にした「人との繋がり」だ」




 魔法使いは改めて広間に目を向けました。




「いつも手伝ってくれてありがとよ!」


「前に貰ったお洋服、可愛かったわ」


「今度また一緒に遊ぼうぜー!」


「もうお勘定間違えるなよー」


「他の国の話、もっと聞かせておくれよー」




 そこにあったのは人の、笑顔、笑顔、笑顔。




 魔法使いがこの島に来てから必死に練習した笑顔の魔法。



 その努力の結果が、今目の前に広がっている。





 魔法使いは涙を流しました。





 悲しんだり、苦しんだりしている人の涙は幾度となく見てきましたが・・・。





 魔法使いは、嬉しいときも涙が出ることを初めて知ったのでした。





 魔法使いはこの喝采に応えるため、広場に向かって手を振ります。



 収まり掛けていた喝采は、再び燃え上がるように響き渡りました。





 と、手を振っている魔法使いの背後からフードの男が近づいてきて、耳元で一言漏らします。





「ところで・・・今回のゲームもボクの勝ちだね?」





 魔法使いはもう一度、涙を一粒零したのでした。






 その日の夜。

 負けたときの代償として、一晩フードの男に付き合うことになりました。




「キミに是非見せたいモノがある」



 そう言うと、彼は闇夜に染まった森の中へ入っていきます。



 魔法使いも彼の背中を見失わないようにしっかりと付いていきました。



 島の中心へ向かっているのだろうか。



 程なく歩いていると、遠くの方に月明かりが見えます。

 どうやら森を抜けるようです。



 そして森を抜けた先に広がっていたのは・・・。




 円状に広がった美しい湖でした。




 あれだけ暗かった森を抜けた先に、月明かりに照らされた湖。



 その水面には殆ど波はなく、まるで大きな鏡のように夜空に煌めく星々を映し出していたのです。




 魔法使いは暫しの間、目の前に広がる上下の星空に見とれていました。






 どれだけの時間、その風景に目を奪われていたでしょうか。



 今も尚圧倒されている魔法使いに、フードの男は尋ねました。



「キミはこの景色を見てどう思った?」



 魔法使いは素直に答えます。




「私が今まで見てきたどんなモノよりも、美しい景色です」




 すると彼は満足そうな顔をして腰を下ろしました。



「実際に世界中を旅してきたキミが言うのならば間違いないだろう。この景色は世界に誇れる程のものさ」



 魔法使いは、改めて眼前に広がる星々を眺めます。




「今日はキミにボクの宝物を見せてあげたかったんだ。最近、少し元気がなかっただろう?だからほんのちょっとでも元気になって欲しくてね」




 彼はそのまま言葉を紡ぎます。




「時を忘れた人間・・・・キミは、仲良くなった島の人達に置いて行かれる事を気にしているのだろう」




 夜の冷たい風が、魔法使いの頬を撫でました。




「確かにキミがずっとそのまま生き続けていく場合、ボクを含め島の人達は全員キミよりも速く死ぬ。今まで長い時を生きてきたキミにとって、「別れ」の時はすぐに来るだろう」




 人の一生なんて、気が遠くなるほど長い時間を生きてきた魔法使いの感覚からすればあっという間に過ぎ去ります。

 正直、普通に生きて、年老いて死ぬ事が出来るこの男や島の人達が羨ましかった。




「・・・でも、決して何も残らないわけではない」




 フードの男は湖を指します。




「この湖だって、ボクが死んでからもずっとずっと残り続ける。湖だけじゃない。ボクの意志はボクの子供受け継がれていく。その子供達もまた、子供に後を託していくんだ」




 だから・・・。




「もう二度と、キミを独りぼっちにはさせないよ」




 二人は夜が明けるまで、湖の畔で星を眺めていました。










 楽しかった時間はあっという間に過ぎ去ります。



 フードの男の元に、子供が出来ました。



 それはすくすくと成長し、立派な大人になり、素敵な人と結婚した後、新たな命を授かります。



 彼の子供の子供があの丘へと登るようになる頃。





 とうとう、別れの時はやってきたのです。







「・・・ゲームをしよう」



 フードの男は最期にこんな事を言ってきました。



「キミはこれから何年も何十年も生き続けるだろう。もしキミが死んだ後、ボクと天国で再会できたなら・・・・・ボクは天国。キミはこの世界での思い出を持ち寄って自慢し合うんだ。より素敵な思い出を持ってきた方が勝ち・・・どうかな?」




 彼はシワクチャになった手で、魔法使いの手を力を振り絞って握ります。




「そうだなぁ・・・ボクの子供の子供の子供・・・・・一体どこまで続いたのか。彼ら彼女らがどんな人生を歩んだのか話してもらえるとキミにも勝ち目があるよ・・・・出来ることなら、ボクの子供を、島の人達を、この島のことを、キミの物語が終わるその日まで、見守ってあげて欲しい」




 魔法使いは手を握り替えし、約束します。



 自分でもいつまで生きられるのか、いつ死んでしまうのか見当が付きません。



 それでも魔法使いは約束します。




「見届けましょう。楽しみにしてて下さいね?今度は絶対に勝って見せますよ」




 ・・・・・・キミもどうか、幸せに。




 フードの男は、ゆっくりと瞼を閉じました。























 魔法使いは、最期に彼からプレゼントを貰いました。




 でも、お返しする相手がいないので、彼が好きだったあの湖に魔法を掛けます。




 それは、この島で生きる全ての人達がほんの少しだけ「笑顔」になれるささやかな影響を及ぼすもの。




 時には悲しむことも、苦しむことも、悩むこともあるだろう。




 そんな人達が、また笑顔になれるように、ちょっとだけ前向きにさせてくれる、永遠に続く魔法。




 それを「人」とて育ててくれたこの島への人達への恩返しとしたのです。








 魔法使いは彼から貰ったプレゼントを持って、今日もあの丘に登ります。




 そのプレゼントは、今日も子供達を笑顔にさせてくれる魔法のアイテム。




 子供達の子供達の子供達・・・・。




 魔法使いは、この島を見守りながら、




 いつまでも、いつまでも




 紙芝居を読み続けました。










 もしかすると。



 ()()()この島のどこかで紙を捲る音が聞こえたなら。



 魔法使いの紙芝居を聞くことが出来るかもしれませんね。







 お わ り





















「・・・ふぅ」




 ()()は一息ついて本を閉じた。



 この島に昔から伝わる物語。



 何故だか小さな頃から好きで、今もこうしてたまに読み返している。




「・・・・さて、今日は学校も休みだし・・・・・・二度寝するか」




 本を机に置いて、先ほどまで寝ころんで本を読んでいたベッドに再び潜り込み眠りについた。







 オレの名前は「桜庭晴希さくらば はるき






 この島に住む・・・魔法使いだ。










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