上
二部構成の物語風の語りとなっております。
加えてかなりの長文、且つギャグなどは殆どありません。
ご覧の際は、目の疲れにお気を付けて、小休憩を挟みながらゆっくり目をお通しいただければ幸いです。
(この物語は『次回作』の重要なファクターとなっております)
昔、むかし、とあるところに、一人の魔法使いが住んでいました。
魔法使いは、お父さんとお母さんの事を知りません。
兄弟も、友達も、知り合いもいません。
それどころか、自分が何故ここにいるのかすらわかりません。
魔法使いは気がついたら魔法使いになっていて、ずっと独りぼっちで暮らしていました。
ところで皆さんは「魔法」の存在を信じていますか?
「そんなのないよ」と思う人が多いかもしれません。
でも、魔法使いは、皆さんが知らないだけで、実は世界中にいっぱいいるんですよ?
ただ、そんな彼らの魔法と言えば、転んで怪我したときにできたかすり傷を治したり、お料理の味をほんの少しだけおいしくするようなとてもちっぽけでささやかなものなのです。
でも、この魔法使いは一味も二味も違いました。
普通の魔法使いなら、手の平に乗るミニチュアサイズ程度の小さな小さな小屋しか出すことが出来ませんが、この魔法使いは王様が住んでいるようなお城をそのままの大きさでその場にポンと出すことが出来たのです。
それだけではありません。
おいしい果物も、輝く宝石も、お洒落な服だって出すことが出来るし、怪我や壊れた物も何でも元通りに出来てしまいます。
この魔法使いに出来ない事なんてなかった程、優れた魔法使いでした。
そんな魔法使いにも悩みがありました。
魔法で出した大きな家に住み、おいしい果物を食べ、一日中遊ぶ・・・。
そんな一見幸せな毎日を過ごしていたのですが。
魔法使いはいつだって独りぼっちでした。
ある日、いつものように果物を片手に独りで遊んでいると、北の方からバサバサと飛んできた一羽の渡り鳥が独り言を漏らしていました。
「こっちに飛んでくる前に寄り道した街はとても良い場所だった。おいしい食べ物も、輝く宝石もあったし、人々が着ている服はみんな煌びやかだったなぁ」
そんな物、魔法使いならいくらだって魔法で出すことが出来ます。
でも、魔法使いはその独り言に興味を持ち、渡り鳥に話しかけました。
「渡り鳥さん。その街にはたくさんの人が暮らしているのですか?」
すると、渡り鳥は飛び立ちながら答えます。
「たくさん暮らしていたとも。耳を澄ませるとどこにいたって人の声が聞こえていたくらいだったなぁ」
さらに北側へ飛んでいく渡り鳥を見送った後、魔法使いはすぐに旅の準備を始めました。
魔法使いは、食べ物や宝石にではなく、「人」に興味を持ったのです。
それからしばらくして、魔法使いは旅に出ました。
魔法使いは歩きます。トコトコ、トコトコ。
途中で、花が辺り一面に咲き乱れている草原を見ました。
魔法使いは歩きます。トコトコ、トコトコ。
次に見たのは、端っこが全く見えないほど大きな大きな滝でした。
魔法使いは歩きます。トコトコ、トコトコ。
次に見たのは、真っ黒な空の下に聳え立った、真っ赤に染まった火山と溶岩でした。
魔法使いはそんな景色を幾度も見ながら歩き続けます。
鏤められた宝石のようにキラキラ輝く海と地平線。
雲を突き抜けるほどの高い山。
赤や黄色で彩られたカラフルな森。
シャリシャリと心地良い音が響く白い砂浜。
触っても全く溶けない厚い氷で出来た大地。
他にも多くの景色を見ました。
その中で、魔法使いは何度も人が住む町を見ました。
しかし、町を見つける度に「次の町に入ろう」と思い続け、結局未だに町に入ったことがありません。
魔法使いは、自分以外の人間と上手に接する事が出来るのか不安だったのです。
そんな不安を抱えながら旅を続けていたある日、森の中で足を滑らせてしまい転んで怪我をしてしまいました。
怪我は魔法で治すことが出来ましたが、転んでしまったせいで自分がどちらの方へ進んでいたのか、どちらの方から歩いてきたのか、すっかりわからなくなってしまいました。
どうしたものかと迷っていると、森の中から声が聞こえてきます。
よく見ると、木の陰から誰かがこちらをそっと覗いていました。
それは、白くてフワフワな羽根の髪飾りがよく似合う小さな女の子でした。
「・・・大丈夫ですか?お怪我はありませんか?」
女の子は心配そうに声を掛けてきます。
「・・・だ、大丈夫です。心配いりませんよ」
魔法使いは辿々しいながらも、女の子に返事をすることが出来ました。
これが、魔法使いにとって初めての「人」との会話でした。
それから、木の陰から出てきた女の子に自分の状況を説明しました。
すると、女の子は言いました。
「それなら、この近くに私が住んでいる町があるので、どうぞ休んでいってくださいな」
最初は断ろうかとも考えましたが、せっかくのお誘いだったのでお言葉に甘えることにして、女の子が住む町へと行きました。
町に入ると、「人」の賑やかな声が聞こえてきました。
渡り鳥から聞いた話よりも華やかではないし、人も少ないくらいでしたが、魔法使いにとってはとても賑やかな場所に見えたのです。
町の人達はみんな魔法使いのことを歓迎してくれました。
「よく来たね」
「一人旅かい?」
「ゆっくり休んで行きなさいね」
「疲れただろう?」
町の人達は次々に声を掛けてくれました。
他人に対しての不安は消え、すっかり安心した魔法使いはここで一度、長旅を中断することにしたのでした。
町に止まる間、森で出会った女の子の家に泊めて貰うことになりました。
その後、ずっと女の子と一緒に過ごし続けていたので、二人はすっかり仲良くなりました。
ある日、魔法使いは女の子にこれまでの旅で見た景色の話をしました。
この町の広さに負けないくらい広い花畑があったこと。
森にあった崖よりも大きな滝があったこと。
火を噴く山があったこと・・・・
女の子は目を輝かせながら魔法使いの話に耳を寄せていました。
そんな話をした次の日、女の子は嬉しくなって、魔法使いから聞いた話を町中の人達に話しました。
すると町の人達は、みんな魔法使いの話を聞くために、連日女の子の家に押しかけたのです。
魔法使いはほんの数日で、町一番の人気者になりました。
慌ただしい日々が一ヶ月ほど過ぎたある日。
鼻歌交じりに散歩をしていた魔法使いは、町の人達が集まって何やら話し込んでいる姿を見かけます。
どうしたのかと聞いてみると、この町で一番年を取ったおじいさんが答えました。
「最近、町中の家がボロボロになってきて、今にも倒れそうな建物もあるから困っておるんじゃよ」
おじいさんが言い終えると、またみんなでウンウンと困り顔で俯いてしまいます。
それを見た魔法使いはみんなに言いました。
「私を歓迎して下さったお礼に、私の魔法でそれらを直しましょう」
大きなお城すら一瞬で出してしまうほどの魔法が使える魔法使いにとって、ボロボロになった家を綺麗にすることくらい簡単なことです。
あっという間に町中の建物を魔法で新築された建物のように綺麗にして見せました。
それを見た町の人達は大喜び。
感謝の言葉を言った後、次々と魔法使いにお願いをします。
「最近鍋が壊れて」「実は食料が足りないの」
「娘が病気なんです」「新しい井戸が欲しいのだが」
生まれて初めて頼りにされた魔法使いは、つい嬉しくなって、町中の人達の願い事を一つ一つ叶えていきました。
そして、その日を境に魔法使いの元には、毎日お願い事を持ってくる人達で溢れかえりました。
魔法使いは、この町の人々がみんな笑顔になれるよう、毎日毎日頑張って願いを叶えていったのでした。
幾つかの季節が過ぎ、町は以前と比べると豊かになりました。
食料は余りあるほどあり、立派な家や商店が建ち並び、町の至る所にある花壇にはいつも綺麗な花で埋め尽くされています。
それもこれも、全て魔法によるものでした。
しかしとある日、栄えた町の中心でいつかのようにみんなでウンウンと頭を捻らせていました。
今度はどうしたのかと聞いてみると、これもまたいつかのようにおじいさんが答えます。
「実は、ここより北に行った場所にある町が、大嵐に会って大変みたいなのじゃ」
町の人達も「助けてあげたい」「なんとかしてあげたい」と口々に言います。
しかし、何故か誰も北の町へと行こうとはしません。
なので、魔法使いは言いました。
「それならば、私が様子を見てきますよ」
それを聞いた町の人達は大喜び。
魔法使いは地図を貰うと、早速北にある町へと旅立ちました。
北にある町へ行くには、長い距離を歩かなくてはなりませんでしたが、色々な場所を歩き巡った魔法使いにとってはとても楽な道のりです。
数日間歩き続け、おじいさんが言っていた北の町へと辿り着きました。
しかし魔法使いが目にしたのは、壊れてしまった建物や枯れ葉や泥でグチャグチャになった道。
そして所々に頭を抱えて座り込んでいる正気のない人達の姿だったのです。
魔法使いは町の入り口の近くにいた女性に声を掛けました。
「私はここから南にある町から者です。この町の復興お手伝いをさせて下さい」
それを聞いていた町の人達は戸惑いました。
でも、魔法使いが自分達の目の前であっという間に立派な一軒家を建ててしまったことにビックリ。
理解できない事態に戸惑うばかりの町の人達でしたが、次々に家が建て直されていく現場を見るに連れて、一人、また一人と歓声を上げたのでした。
町の復興も十分に進み、町が見違えるほど綺麗になった頃には、もう幾つかの季節が過ぎ去っていました。
建物や食べ物などは魔法でいくらでも出すことが出来たのですが、人々の脚気までは取り戻すことが出来なかったのです。
魔法使いは、町に住む人々全員の細かな願いを毎日コツコツと叶えて、ようやく活気を取り戻すことが出来たのです。
しかしそんな矢先、賑やかな町になったというのに、難しい顔をした町の人達が広場に集まっていました。
どうしたのかと尋ねると、この町の町長さんが答えました。
「西にある町が食糧難で困っていると聞きましてな。私もなんとか助けたいのですが・・・」
町の人達も気持ちは同じようで、私も、私もと次々と声を上げます。
でも、やっぱり誰も西の町へ行こうとする者はいません。
なので、魔法使いは言いました。
「では、私が様子を見てきましょう」
町の人達は「助かった」とほっと一息。
食料をたくさんたくさん魔法で出して町の人達にあげた後、すぐに西へと向かいました。
・・・・あれからどれだけの季節が巡ったのでしょうか。
最初は北にある町に行って様子を見るだけだったはずが、次の町へ、また次の町へと行っていたので、魔法使いはすっかりクタクタになっていました。
魔法使いが訪れた町は数知れず。
とても両手の指では数えることが出来ない程でした。
そんな中、いつものように次の町へと助けに向かっている途中、ふと最初の町のことを思い出しました。
町の人達はどうしているだろうか。
あの女の子は元気だろうか。
考え始めてしまうと気になって仕方がありません。
魔法使いは進路を変え、あの町へと向かったのです。
かなり遠い場所まで来ていたのか、最初の町に帰る旅路には長い時間を費やしました。
魔法使いはやっとの事で町に帰ることが出来たのですが、どこか様子がおかしいことに気がつきます。
魔法で出したはずの家や商店は見る影もなくボロボロ。
綺麗に舗装した道は泥濘になっており、ようやく歩くことが出来る程度の状態。
何よりもあれだけ活気があったひとの声は消えているどころか、見知った顔が一つもなかったのです。
・・・いや、似ている人はいたのですが、背丈が違ったり、髪の色が違ったりしていたのです。
困惑していると、羽根の髪飾りをした一人の老婆が声を掛けてきました。
「あなた、もしかして魔法使いさんかい?」
魔法使いが頷くと、老婆は続けて言いました。
「・・私のことを覚えているかい?」
魔法使いは首を傾げます。
これまで色んな人々に出会ってきましたが、この老婆とは初めて会うはず。
・・・いや、パッと見ただけではわかりませんでしたが、この老婆に不思議と似ている人物を魔法使いは知っています。
魔法使いは、恐る恐る老婆に名前を尋ねました。
そう、この老婆こそ、あの時森で声を掛けてくれた女の子だったのです。
すると、周りにいた町の人達が口々に魔法使いへと罵声を浴びせます。
「魔法使いだ」「我々を見捨てた悪魔め」
「よくもノコノコと帰ってきたな」「この町はもう終わりだ」
あれだけ親切にしてくれた町の人達の態度はガラリと変わってしまっていて、皆口々にこう言います。
「お前のせいだ」と。
ますます困惑してしまった魔法使いの手を、老婆が引っ張りそのままかけ出します。
「ひとまず私の家においで」
魔法使いは老婆の言うことに従い、一緒に走り出しました。
走っている途中、町の人達は魔法使いに対して心ない言葉をかけ続け、中には石やガラクタを投げつける者もいました。
ようやく老婆の家へと逃げ込み、ほっと一息漏らしました。
しばらく息を整えた後、老婆にどうしてこんな事になってしまったのか尋ねます。
老婆は居住まいを正すと、ポツリポツリと話し出しました。
魔法使いがいた頃のこの町はとても賑やかでした。
働かずとも欲しい物は何でも手に入り、好きな物をたくさん食べられるような何不自由ない生活を送っていたのです。
それは、魔法使いが旅立ってからも変わりませんでしたが、長くは続きませんでした。
魔法使いが残していった物を全て使い切ると、働かなくなってしまった町の人達は途端に何も出来なくなってしまい困り果ててしまいます。
畑を耕していなかったので作物はなく、お店に行っても商品がないし、何かを始めようにもお金もないので何も出来なかったのです。
仕方がないので近隣の町に借金をして食料などを分けて貰いながら凌いでいましたが、今度はその多額の借金を返すために、毎日休みなく働かなければならない日々が続きます。
お金になるような物は全て売り払い、最低限の食料しか残っていないと言うのがこの町の現状。
町の人達は、いつしか魔法使いから受けた恩を忘れ、全てを魔法使いのせいにするようになってしまったのです。
「こんなことになってしまったのは、全部あの魔法使いがこの町に来たせいだ」
と。
一通り語り終えた老婆は、改めて魔法使いのことをじっと見つめ、ホッとしたような、不思議そうな顔をして言いました。
「あなたが無事でなによりだけれど、まさかあの時と何も変わらない姿で現れるなんて思っても見なかったよ」
・・・そう、知っているようで知らない人が多かったのは、この老婆を含め、皆年を取っていたからでした。
それは極々当たり前なことなのですが、魔法使いは無意識の中で、年を取らない魔法を自分自身に掛けていたのです。
この町を旅立ってから時は流れ、既に五十年以上の月日が過ぎていたのでした。
年を取ることがなかった魔法使いは「時間」の感覚が無く、あるのは精々朝と昼と夜の違いくらいだったのです。
そこで魔法使いはハッと考え込みます。
この町を出て町を巡り巡って帰ってくるまでに五十年。
しかし、この町に来る前・・・最初に渡り鳥の話を聞いてからこの町に辿り着くまでの時間の方が、何倍も、何十倍もの時間が掛かっています。
では、現在自分は何歳なのだろうか。
魔法使いは、初めて自分が普通の人とは違うことに気がついたのです。
そんな魔法使いの様子をしばらく見ていた老婆は、あの時の女の子だった頃のように優しく言いました。
「人はね、百年生きるのが精一杯だけど、あなたは違うのね?『人』は上手くいかないことがあると、誰かのせいにしてしまう悲しい生き物なの。でもね、中にはいい人だってたくさんいるわ。あなたの助けになってくれる人だって・・・・」
そう言うと、老婆は家の裏口の扉を開きました。
「表の方はまだ人がいて危険だからこちらからお逃げなさい。今の私にはこれくらいしかできないけれど・・・最後まで恩返しが出来なくてごめんなさいね」
と、申し訳なさそうに俯く老婆に魔法使いは答えました。
「私は今、深い悲しみの中にありましたが、あなたの言葉のおかげで少しだけ救われた気がします」
これはお礼です、と、魔法使いは昔から彼女が付けている白い羽根の髪飾りにそっと魔法を掛けました。
「その髪飾りとあなたの優しさ。これからも大事に・・・・出来ることならば、次の世代へと受け継いで貰いたい」
老婆は少し驚いた後、少女のように笑いました。
「最後までどうもありがとう。私の分まで広い世界を見てきておくれ?きっと、きっと良い出会いが待っているはずだから」
魔法使いは裏口を出て数歩歩いたところで立ち止まり、振り返って老婆に尋ねました。
「私は・・・今でもあなたの友達なのだろうか」
その言葉を受けた老婆は魔法使いの手を取り、こう応えたのです。
「これからも、私のことを一番最初の友達として、ずっとずっと、覚えていて欲しいわ」
魔法使いは女の子に別れを告げて、また旅に出ました。
後日、「魔法使いが訪れた町は悉く崩壊へと向かっていると風の噂で耳にしたのでした。
それでも。
それでも、魔法使いは旅を続けました。