諸人の潜みて・Ⅱ
カマイタチの超越性に、セシルは今更ながらに驚いていた。
盾のように使えることはわかっていた。強靭な防弾ガラスか何かのように認識していたそれは、今、煙幕や催涙ガスからもセシルを護っている。念動力が風圧のように作用しているのだ。思えば銃弾を防ぐ際にも火花一つ散らない。
意思によってコントロールできる力ならば……そら、出来てしまった。セシルは己の念動力がギャバンとシャルルを包んだことを感じ取った。
無敵にも見える力が、しかし、セシルには苦々しく思われて仕方がない。
空の不死も地の不死も、同等の力を使う。どうして喜べよう。
そしてそろって人の世を馬鹿にするのだ。どうして誇れよう。
「二人とも逃げろ。こいつらの狙いは私だ。巻き込まれる必要はない」
「馬鹿を言うな! お前さん一人を残してなんぞ……」
「馬鹿げた力がある。私一人の方が戦えてしまうんだ」
ギャバンはなかなか動こうとしなかったが、その逡巡をセシルは責める気にならなかった。むしろありがくすらあって、微笑んだ。刑事としての責任感や、大人としての義務感……あたたかな人間性には久しく触れていない。
「馬鹿はあんたでしょ、ギャバンさん。足手まといになっちゃって」
つっけんどんな言葉がぶつかってきた。シャルルである。
「見えてます? ほら、この、俺たちを護っている見えない力……すげえ……気づきましょうよ。こうしてる間にも負担をかけてるんですって、俺たちは」
物分かりがいい上に、キビキビと動いてくれるが。
「だいたい、セシルさんは不死なんですよ?」
何だ、その明るい笑顔は。
「死なない。負けるわけがない。新十字軍がどんなに卑劣なことをしてきたって、セシルさんならブッ飛ばしてしまえるんだ。ね? そうなんでしょ?」
信頼だろうか、これは。クラリスとよく似た瞳は大きくつぶらで、戦場では場違いなほどに輝いている。
「……行ってくれ。これは私の戦いだ」
セシルは目を背けた。理由はわからないが、見るに堪えなかったのだ。
折しも煙は晴れそうであり、銃撃も散発的になりつつある。爆発物に気をつけるべきかもしれない。二人に後ろ手で急ぐよううながし、セシルは意識を集中した。
行く先の見えない灰色の向こうで、雷鳴のような音が三つ。浮かび上がった光源は三本。来る。やはりかいかにも聖騎士という姿の者が三人、咆哮を上げながら突進してきた。
「百人隊とういからには!」
殺到する刃は、安っぽい光に見えて、実のところ念動力を帯びてはいるらしい。
無形の防御は切り崩された。硝煙よりも近く焦げ臭さが鼻につく。
「あと九十六人も、いるのか!」
背後に回ろうとした一人へカマイタチを振るった。見えざる刃が兜を、胸甲を、サーコートを切り裂いた。しかし意識は奪えない。歯を食いしばった男が、なおも光の剣で斬り込んでくる。
速い。つまりは強い。そして数が多い。三人はそれぞれに猛者だ。念動の力による防御を越えてくる。一つ、また一つとセシルは傷を負わされた。
「くおっ!?」
頬を斬られた。すぐに塞がりはする。しかし流れた血は戻らない。攻撃の勢いもいや増しに増してくる。
やられる、このままでは。
首に迫る一撃を、セシルは斬り払った。光剣がクルクルと宙に舞い、ボトリと肉の音を立てて落ちた。手首だ。鮮血が断面からゴポリと流れ出た。
セシルの指は柄のスイッチにかかっている。まるで引き金を引いたかのように。
「……これ以上やるようなら、私は」
警告し終えるよりも、斬りかかられる方が早かった。光剣が唸りをあげて襲ってくる。二本のそれらをセシルは凌いだが、腹を蹴られて吹き飛んだ。
蹴ったのは手首のない……いや、手首のなかった男と称すべきか。すでに自らの手首を拾い、接着し、なかばつながった様子だ。新しい手袋をでもしたかのように指の動きを確かめている。
「笑うのか、お前も」
セシルもまた無傷となっている。細かな傷など跡も残らない。
これが、不死同士の戦い。
五体を台無しにすることもされることも困難という、ある種の安心感がある。超人的に四肢を動かすことには、間違いなく充実感がある。銃を構えた修道士たちが畏怖の目で見てくるから……ほのかに、だが確実に……優越感があるのだ。
闘争を楽しめてしまえる、全能感とも解放感とも言える己の情動に、セシルは身の毛がよだった。
「……馬鹿げている! こんなことは!」
喜々として斬り込んでくる三人を薙ぎ払う。誰かの鎧や腕を斬り飛ばした。腕を拾う誰かをフォローするかのように別の者が攻めてくる。隙がない。崩せない。
つまりは、訓練された動きだ! 不死人を討つための戦闘法だ!
「本当に、お前たちは、スカイウォーカーと戦争をするつもりなのか!」
飛び退いてハンドガンを連射した。肩に膝に、抜き打ちでも的確に命中させる。新十字軍の騎士として訓練を重ねた技量だ。体捌きも銃撃を基幹としている。この戦闘法はドラゴンにすら通じたのだ。
それならばと跳躍してきた一人の、首を刈った。カマイタチの一閃である。
血の力だ。野の棺桶に終わった不死の血に宿る撃剣の術理が、ようやくとセシルに馴染みつつある。多くの不死を屠ってきた戦闘法だ、それは。
「あとは、燃やすのだったか」
中身入りの兜を蹴飛ばした。灯油缶のある方へだ。次いで弾丸を見舞う。燃え上がるそれを冷たく見捨てた。
「不滅の夢から覚めたなら、退け。もう容赦はしないぞ」
カマイタチとハンドガンをそれぞれに構え、セシルは宣告した。意識から、手元のスイッチの存在を欠落させた。




