諸人の潜みて・Ⅰ
「そうか……クラリスの弟か」
自己紹介はそれきりの反応で終わったが、シャルルにはどうでもよかった。知られるよりも知りたかった。死んだはずの人間がなぜ生きてそこにいるのかを。
薄汚れた倉庫の隅など、不思議なことの何ひとつとて起きそうもない場所だ。遠く聞こえる喧噪など、生臭いばかりで神聖さの欠片もない。差し迫る夕闇は、いっそ悪魔の業が現れようとしているかのようだが。
「不思議に思われて当然だな。確かに私は、ガロンヌ川のほとりで死んだ。不死と戦って殺されたんだ……」
この女性はシャルルの姉の同僚である。
話したことはないが目にする機会はあった。姉の同僚だ。放ってはおけないが信頼できる人物であり……死んだと聞いていた。姉はその死を悼み、泣いていた。
「新十字軍の秘密施設で目を覚ましたが、ひどい状況で……どう説明していいかもわからない。少なくとも、エティエンヌと名乗っていた馬鹿はもういない。そういう意味では死んだんだろう。私はセシルだ。そう思い定めてここにいる」
吐き捨てるように語り、苦しげに言い切った。言外に察せられるものがあって、シャルルはギャバンへ見た。確かめるよう促した形だ。
「よくはわからん。わからんのだが……つまるところ、今のお前さんは……」
「……ああ。不死だ」
周囲に人の気配はない。それでもなお声を潜める二人の様子に、シャルルもまた息を殺している。口に溜まった唾を慎重に飲み下した。
不死。
目の前で息をしているこの女性は、一度殺されながらも再び甦った人間ということだ。その証拠なのだろうか、服のあちらこちらが裂けてひどい有り様だというのに覗く肌には傷ひとつもない。
「望んだことじゃない。望んでたまるものか。こんなにも無様で、不自然な生を晒すなど……おぞましい渇きに怯えて……!」
シャルルは感動で身を震わせた。
もしもこれが復活ならば、死は終わりではなかったということだ。やっぱりとすら思った。もとより理不尽だったのだ、生まれたからには死ぬなどと。
セシルが自らを呪わしいように言うことも、ギャバンがそれを痛ましいもののように見ることも、シャルルとしては首を傾げるばかりだ。
奇跡ではないか、これは。
見えるものが全てだ。彼女のどこがゾンビだというのか。街路で暴れていた化物とはまるで似ても似つかない。美醜を言うならば、そばで話を聞くギャバンの方が……弱々しく皺だらけで薄汚れた肌……よほどに醜い。
「じゃあよ、エティエンヌ……いや、セシルか。お前さんは何を望んでる。何だって新十字軍とドンパチやってるんだ。やっぱり敵討ちなのか?」
「敵討ちか……両親を思えばそうとも言える。だが兄についてはどうだろうな」
「いやいや、クラリス嬢ちゃんの仇をだな……」
「クラリス? 待て。どういうことだ、それは」
ああそういうことかとシャルルは合点した。一点だけ、先程から気になっていたのだ。姉と仲が良かったくせに、どうして己の復活を悪しざまに語るのかと。
「姉ちゃんは殺されました。あなたが死んですぐにですよ」
「何!? まさか、そんな……」
「まさかも何も……そんなに驚くことですか? 姉ちゃんの死に陰謀をあるようだから俺はここにいるんですよ。誰に、どうして殺されたのかを調べるために」
そう口では言いながらも、シャルルは妙に落ち着いている自分に戸惑った。復讐心に駆られていたはずだ。見ず知らずの男たちに殴りかかったり、警察署に忍び込んだりするくらいには。
いや、これは復活の奇跡と対面しているからだ。死が絶対的なものでないのなら、姉の悲劇もまた取り返しのつかないものではなくなるのが道理である。
どうしてか後ろめたさを覚えながらも、シャルルはそんなことを考えた。
「犯人の目星はついているのか!」
「たぶん新十字軍だろうなと。どう考えたって病死のわけがないのに、ろくに調べもしないでさっさと処理してありましたからね。おかしいじゃないですか。姉ちゃん、そんな雑な扱いをされるような立場じゃなかったんでしょ?」
「当たり前だ! クラリスは上級騎士だ。特殊な能力を持った、私よりもよっぽど優秀な……!」
つかまれた肩が痛かった。何をそんなに興奮するんだろうと思う。姉のために怒ってくれることは嬉しいが。
「落ち着け、セシル。こいつの言ったことは本当だ。ありそうな話なんだ。近頃の新十字軍はマフィアも慄く無法ぶりでよ。法ってもんを考えさせられるぜ」
「法……あったな、そんなものも」
「おいおい」
ギャバンは呆れたような声を出したが、シャルルは静かにうなずいていた。
相手は不死人だ。生まれたからには死ぬという生物の原理原則を超えた者だ。相対的に弱い者たちが作った法で縛るなど、いかにもナンセンスである。
そう、強者だ。不死人とは、不死であるというだけで圧倒的に強者である。
「……ピガール・ノワに会わなければ」
「そりゃあ、銀騎長の?」
「ああ。会って、全ての真実を確かめなければ」
真実。それはまさにシャルルの望むものであったから、心惹かれた。その男のことを聞こうと思ったが。
「む!? 二人とも伏せろ!」
轟音と閃光。そして煙。次いで嵐のような発砲音。敵だ。新十字軍の襲撃だ。
咳き込み涙を流しながらも、しかしシャルルは怖くなかった。むしろ興奮していたほどだ。なぜならそばに強者がいる。不死人がいる。
ほら、やっぱり大丈夫だ。
笑みすら浮かべ、シャルルは見ていた。どういう仕組みなのか自分たちを護っているセシルの、その手に握られたもの……奇妙な形状の道具を、耳鳴りのような音を発しているそれを、食い入るように見つめていた。




