誰がために道を行く・Ⅲ
ああ、この男も不死か。
迫りくる光剣を見据えながら、セシルはごく淡々と感じ取っていた。念動の力でどうこうという知覚ではない。臭いがあるのだ。死をある種の娯楽のように捉える者の驕りとでも言うべきものが。
バリバリと派手な音を立てる滑稽を、右へ左へと避ける。意識はむしろ銃列へと割いている。どちらが危険かなど子どもの目にも明らかなように思う。
「どうした、裏切り者! ドラゴンスレイヤーなどと持て囃されておきながら!」
「ピガール・ノワはいるのかと聞いている」
「貴様のごとき、銀騎長閣下の手をわずらわせるまでもない!」
大振りの一撃を察知し、飛び退いた。放電現象でも起こったものか、舗装が飛び散り、きな臭さが漂った。
「フン、意気地のない……いや、スカイウォーカーらしいとでも言うべきか」
「……どういう意味だ」
「人を傷つけるのが怖いのだろう? いかに高度な科学技術をもって天空に在ろうとも、精神を虚勢されていてはなあ!」
猛然と突進してくるや、先に数倍する勢いで斬りつけてくる。乱れ打ち、いや、乱れ斬りとでも言うべきものの一閃がセシルをかすめた。毛髪も数本と舞ったが。
「子どもの戦いゴッコに、傷つけるも何もないだろう」
「なっ!?」
光剣を握る手をつかみ、ひねって、セシルは呆れるばかりだ。
弱い……いや、大して力んでもいないのに抑えつけられる事実をもって、自分が強くなったのだと思い至った。原因として思い当たるものは一つしかない。
血だ。一人の強力な不死者から吸ったそれが作用しているに違いない。
セシルは忌々しさを吐息した。いよいよ化物じみた己の身を、いっそのことこのオモチャのような剣で引き裂いてしまいたいとも思う。
「もう一度だけ尋ねるぞ。ピガール・ノワはどこだ。私はあの男に確かめなければならないことがある」
「くっ、このっ、思い上がりめが!」
銃列からショットガンが投じられ……いや、引き寄せたのだ。念動力の発現だ。二発三発と発射される散弾を防ぎきって、セシルは忌々しさを吐息した。
カマイタチをかざしている。見えざる盾が空烈の高音を発している。
「そうだ、初めからそれを出していればいいのだ。光輝の刃もない無骨な作りではあるが、さて、性能の方はどの程度かな!」
斬りかかれば、たとえば剣戟のドラマのように、剣と剣のつばぜり合いにでもなると考えたのだろうか……不機嫌さを眉根に表わすセシルは、斬り終えている。
ガランゴトンジャランと音が立った。中世の騎士のようなあれもこれもが路地に転がって、鋭利な切断面をキラキラと晒している。カマイタチもどきの懐中電灯が火花を散らす様を、セシルは冷たく見下した。
こんな武装で空と戦える気になる……それこそが思い上がりに思えた。
「ひ、ひいいいっ! 撃て、撃ち殺せえ!」
そら、本命が来る。セシルは油断なく左右の列を窺い、身構えた。今や半裸となった不死男を気絶させられなかったのは、やはり念動力の有無であろうかと思う。それならそれで人質になるだろうかも。
捕まえることを検討した矢先に、おぞましい命令が発せられた。
「食い殺すことも許可するうっ!」
炸裂する銃声と、殺到する弾丸。超人的な反射神経でそれらへ対処するセシルの目の前で、悪夢の光景が再現されようとしていた。
修道士たちが懐から取り出したもの……注射器である。一人また一人と胸に突き立てていく。恐ろしい黄色にたゆたう液体が、人間を、人間であったものへと変えていく。人を襲い人を喰らう怪物へと変貌させていく。
「貴様、仲間を! 人間を!」
「ひゃはあっ! ただの人間ごときが仲間なものかあ!」
「この、ゲスがあ!」
襲い来る全てを掻い潜り、不死男の顔面に膝蹴りを見舞って、セシルは壁へと体当たりした。カマイタチで斬り作った退路だ。閑散とした倉庫らしき部屋へ跳び込み、しばし攻防を繰り広げ、さらに退く。
脳裏に聞こえてくる声があった。空に堕した兄ではない。血を譲られた不死だ。
「戦って戦って、ここまで来て……後悔はないか?」
あるいは体内から聞こえてくるのかもしれない。ドクドクと脈打つたびに問われているようである。
「俺と同じように戦うお前は、どこまで征く……意義も倫理もあったものであない不死の巷で、呪われたお前は、どこまで戦い続けるのだ?」
壁が崩れ、またどこかの道へ出た。通行人が腰を抜かした。怪物がそれを襲おうとしたから―――斬った。胴体を輪切りにした。
柄のスイッチを切り替えていた。不死も怪物も非殺傷攻撃が効きにくいからだ。
「……後悔しているし、戦い飽いてもいる。当たり前だ。愉快なわけあるか」
通行人たちが逃げおおせるまではと、斬り払い、斬り伏せる。カマイタチは不可視の切断力だ。怪物が、それに巻き込まれた修道士が、次々と死んでいく。
「それでも、終われない……不愉快を極めたとしても、終わっていいわけがない」
一度押し込み、目晦ましに天井を崩壊させてから、セシルは身をひるがえした。別の路地裏へ駆け込む。力はみなぎるばかりで息も切れない。体調は万全だ。
それにもかかわらず込み上げてくる吐き気に、うなった。
「マリア、そうだろう? クラリス、そうだろう?」
虚空へと問い掛け、歩く。数歩と進んだところで脇から伸びてくる手があった。
「うお、やっぱりだ! お前、エティエンヌじゃねえか!」
捨てた名で呼びかけてくる老人は、ギャバンだった。
セシルは返事ができなかった。咄嗟にカマイタチでもって斬り捨てようとした手を押さえ、うめくよりなかった。




