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SKY WALKER  作者: かすがまる
第4章
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煉獄に戦う者たち・Ⅱ

 闘志を呼吸し、戦意を研ぎ澄ませる。


 内圧は高まるばかりだ。熱く滾るものが身を震わせて仕方がないから、エティエンヌは椅子に座らない。ともすれば歩き回りそうになる足に力を込め、モルタルの床を踏みしめる。


 トゥールーズの新十字軍事務所地下会議室は、今夜、これから始まる奪還作戦のための司令部と化した。機器と人員のかもす空気がエティエンヌに戦場を感じさせてやまない。


「いやあ、何ていうか、とんでもねえ作戦もあったもんだよなあ」


 後ろでサイモンが無駄口を叩いている。相手はデヴィッドか。


「マフィアの手引きで不死人と交渉して? 獲得した情報を地元警察が裏付けて? そんでもって新十字軍が実力行使に踏み切るってんだからなあ……善も悪もごちゃ混ぜでもう意味がわからねえや。超法規的措置ってやつは剛毅だね」


 この男の緊張感のなさは筋金入りだ。いついかなる時も己のペースを乱すことがない。


 エティエンヌはそれを非難しない。むしろ頼もしく思う。彼が己よりも先にドラゴンと単身対決し生き残ったことを知るが故だ。


「相手が相手だ。手段もまた尋常のものではなくなる」


 どうしてかデヴィッドが気難しげに言うが、サイモンはあまり納得しなかったようだ。


「いやいや、それでいったら、スカイウォーカーの方が遥かに厄介だろ。そりゃ、いつもの怪物に比べりゃドラゴンは半端なかったけどよ? それにしたって、お空の上のカタコンペに比べりゃ可愛いもんだろ。だってまだしも弾が届くしよ?」

「……そういう問題ではない。もう黙っていろ」

「はあ? 何だってそんなにピリピリしてんだ? 緊張してるわけないよな? 先任修道士」

「下らない呼び方はやめろ。作戦前だぞ」

「うわ、マジでどうしたんだよ。ちょっと襲撃かまして不死人狩るだけじゃんか。あ、もしかして爬虫類駄目とかそういうのか? まあ、ドラゴンはテカテカもヌルヌルもしてないぜ?」

「……馬鹿が」

「あ? 何だとコラ。罵るにしてももう少し言葉使えよ。手抜きすんな」


 デヴィッドは答えない。サイモンが訝しげに呼び掛けるが、どいうにも聞き慣れたやり取りにはならないようだ。


 何だ? 作戦をスムーズに展開するためにも声をかけるべきか?


 頭の隅でエティエンヌがそう思考するのと、クラリスが入室してくるのとが同時だった。


「作戦内容を確認するわ」


 張り詰めたその声を聞く。もはや雑音もなし。卓上に広げられた地図を見据える。


「奪還目標である『繁殖牝馬』が囚われているのは、ここ。孤立する古いお屋敷よ」


 指示棒の先が打ったのはトゥールーズ中心街より南へ十五キロメートルほど離れた位置だ。


 注目する。眼差しで空爆するかのようにして。


「いかにもな場所ね。この辺りはガロンヌ川に沿って緑地帯になっているから、やりやすいといえばやりやすいのだけど……」


 頷く。一般市民への影響を考慮せず火器を使用できる。部隊も展開しやすい。

 しかし、想定敵の内の一つはあの化け物……ドラゴンだ。


 何を用意したところで万全ということはない。あの火炎への対策も必要だし、マリアを確保するまでは爆発物の使用を控えなければならない。


 それでもあれは倒すべき敵だ。存在させてはならない異物だ。なんとなれば地上とは人間の暮らす世界である。化け物が我が物顔で跋扈していいはずもない。

 傷が疼く。拳に力が入る。


「……駄目だからね、エティエンヌ。ドラゴンがどこに現れたって、その排除は私たちの担当じゃないんだから」

「わかっている。重火器を持ち込んでいるとも聞く。私の出る幕じゃない」


 この作戦には修道士中隊が投入される。三個の歩兵小隊と一個の火器小隊からなる編成だ。上級騎士であるクラリスがその指揮権を持つ。エティエンヌの指揮下にあった小隊も一個分隊を除きクラリスの指揮下へと編入されている。


「わかってるならいいけど……」



 不安がられたとて顔を上げることはしない。もはや地図上には戦場のイメージが重なっていて目が離せない。既に兵員の移動は始まっているのだ。


「修道士中隊はガロンヌ川を背にして北、西、南から接近するわ。お屋敷は西向きの造りだから、西側から進む小隊は陽動も兼ねてる」


 部隊を表わすプレートが置かれている。本命の火器小隊は南側か。


「理想はランドウォーカーとドラゴンを引き付けてからの半包囲ね。どちらも出てこなかった場合はそのままお屋敷を包囲。そして制圧」


 話すにつれて口調に抑揚がなくなっていく。そう上手くはいくまいと考えているのだろう。


 エティエンヌもまた激戦を予感していた。


 あの夜に、月を背負い弁を弄した黒衣のランドウォーカー……最後まで銃弾の届かなかった敵との対決を思う。この夜に彼の者を倒す必要はなくとも、遭遇したのならば戦闘は必至だ。


 はたして一個中隊という戦力は本作戦に適切であろうか。


 ただの誘拐事件であれば過剰に過ぎよう。怪物の討伐にしても多過ぎる。しかしランドウォーカーが相手となれば……ドラゴンがいるとなれば……あるいは大隊規模であっても足らないのかもしれない。投入兵数を増やせば増やすほど準備にかかる時間が増大するとはいえ。


 銀騎長ピガール・ノワの顔を思い浮かべて、エティエンヌは小さくかぶりを振った。


 信じよう。兄がそうしたように。迷うことなしに。怯むことなしに。


 騎士とは信念をもって吶喊するものだ。少なくとも「エティエンヌ」と名乗る騎士はそうでなければならない。槍の代わりに銃を構えて。


「エティエンヌたち突入班のルートはこっち。東側。お屋敷から見れば裏手だし、木々に遮られてはいるけど、一切油断はできないわ。空から見れば隠れるところもない原っぱだからね。ここの畦を伝って接近して」


 指示棒が地図の上をなぞっていく。駆けることになる距離は五百メートルほどか。


「いい? 貴女たちが作戦の要よ。お屋敷に入ったら速やかに内部を探索、『繁殖牝馬』の身柄を確保して。いかなる犠牲をはらったとしても、よ」

「ああ……わかっている」


 再び頷き、エティエンヌは深く息を吸った。胸一杯のそれをゆっくりと吐き出す。


 そしてクラリスを見た。己の顔を見せた。揺るぎないものを伝えるために。


「何があろうとも、どんな敵であろうとも……もう、私は……!」


 マリアを……友を救うのだ。この手で。


 既に護衛任務を失敗し敗残した身ではあれども、今こそは敵と攻守交替して、マリアを取り巻く理不尽を打ち払う。そう決めた。


 友であるクラリスが頷いてくれたから、ここに宣誓は成った。


「脱出した後はお屋敷の南西へ走ること。川辺に待機してる高速艇で一気に距離を開けてからは……空の移動になるわ」


 エティエンヌは視線で問うた。睨みつけたようになったのかもしれない。


 クラリスは唾を呑んだようだ。神妙な顔をして、口を開いた。


「大丈夫、無警戒に航空機を使うわけじゃないんだから。話はついてるの。本作戦においてスカイウォーカーは私たちの邪魔をしない。そういうことになっているのよ」


 歯噛みこそしなかったものの頬は強張っていたかもしれない。それで済んだのは、この夜の目的を違えず理解しているからだ。


「……『繁殖牝馬』を移送するゴールは、ジュネーブ国際基地よ。絶対に辿り着いてね?」


 頷く。力強く。


 礼拝堂でマリアと共にスカイウォーカーと遭遇し、寄宿舎でマリアをランドウォーカーに誘拐された身だ。美術館でマフィアにマリアの情報を聞き、違法酒場でマリアをランドウォーカーと語らいもした。


 手段など選ばない。過程など気にない。


 今夜、マリアを救出するにあたっては、どんな忌むべき存在であろうとも戦場に肩を並べよう。


 エティエンヌは迷いを捨てた。


 両の手を拳の形に握り締めて、もう一度、誰にともなく頷きを重ねた。



   ◆◆◆



「観測班より連絡、目標周辺に異常なし。熱源観測、未だドラゴンを捉えず」

「突入班降車。作戦開始可能までに、あと百八十秒」


 通信員たちの声が降ってくる。電子音と操作音もまた忙しない。


 大丈夫。大丈夫よ。


 神へ祈るように、己へ言い聞かせるように、クラリスは声なき声を胸の内に繰り返した。


「第二小隊、予定ポイントへの展開完了。これにより全小隊の前進準備が整いました」

「狙撃班、北西第七候補地点に位置取りました。想定以上に植生が濃いとのこと」


 この作戦に投入される修道士中隊は新十字軍欧州方面軍の中でも精鋭といえるものだ。銀騎長ピガール・ノワの話ではランドウォーカーの撃破実績もある中隊だというのだから。


 不満がないではない。


 精鋭を出し惜しまないというのならば、噂に聞く『百人隊』を出すべきところだとは思う。


 上級騎士のごときでは最精鋭部隊を扱えないというのならば、ピガールが直接にこの作戦を指揮すればいい。ランドウォーカーとドラゴンを相手にするのだ。そういう判断もありうるだろう。


「トゥールーズ市街における欺瞞行動は順調に推移、検挙者を四名逮捕とのこと」

「警察より報告。エルトワ通りの偽装事故封鎖、順調。作戦区域の交通状況、問題なし」


 それでも、既に作戦は大きく動き出している。


 大丈夫……勝てる。何事もなく朝を迎えられる。


 そう信じるよりない。人事を尽くすより他に術はないのだ。


「水上回収班よりサイモン・B・ヤング修道士の名で入電。作戦内容について上級騎士に質問したいことがあるとのことですが……上級騎士?」

「……作戦内容に変更はないと伝えて。そのまま船上にて待機、と」

「は、了解しました」


 訝しむような視線を幾つも感じるから、クラリスは目を閉じた。


 そう、今更に作戦を変更などできない。


 軍組織である。どんなにか不吉な予感に怯えていようとも、もはや止まることはできないのだ。


「エティエンヌ……!」


 呟いて、クラリスは騎士装束の胸元を掴んだ。胸が痛い。息が苦しい。


 透視とは何ともどかしい力なのかと思う。


 おぼろげで、曖昧で、つかみどころがなくて……それでいて、まだ見ぬ未来を楽観視することを阻むのだから。


「上級騎士、銀騎長より特別回線による連絡が入りました」

「……別室で取ります」


 そう言うなり、クラリスは地下会議室を出た。照明に冷たく照らされた廊下を凍えるような思いで行く。鍵のかかったドアを開けて、狭い個室へ。電話機を掴む。ひんやりとしている。


「クラリス・F・クリストファーです、銀騎長。何か御用でしょうか」

「うむ、重要な情報を入手したのでな。指揮官たる上級騎士には伝えておかねばなるまいよ」

「このタイミングで、ですか……一体どのような?」

「屋敷内に怪物が出現する可能性が高いと知れた。その数は最大で五体だ」

「それは……」


 淡々と告げられた情報は判断に困る内容だった。


 怪物は最も具体的で身近であるところの脅威だ。スカイウォーカーに不死へと誘惑された人間の末路の中でも最も悲惨であり、極めて冒涜的な結果であるとされている。


 平和な日常にとって怪物の出現はテロと同義であり、新十字軍の軍事作戦は主に怪物退治という形でもって一般市民の目に触れる。防疫部隊に端を発する組織としては面目躍如といえよう。


 しかし、出現予測というものをクラリスは初めて聞いた。


 修道院が襲撃された先の事件においても三体の怪物が現れた。何の予兆もなく突然にだ。


 それに対処すべく戦力を大きく割り振ったがために、マリア・ライミスは攫われたのだといっても過言ではない。直接の護衛であるエティエンヌすらも間に合わなかったのだから。


 その前には兵站基地も怪物に襲撃された。六体というそれまでに聞いたこともない数でだ。


 基地には修道士小隊が詰めていたが、これも怪物の出現を予測はしていなかったがための寡兵であろう。激戦となった結果、多数の死傷者を出し、基地も壊滅したのだから。


 にもかかわらず、今、ピガールは数字までも示して予測を告げたのである。


「困惑するのも無理はない。しかし事実だ」


 納得を強いる声だ。受話器越しにも重々しい表情や溜息をつく様が見えてくるようだ。


「そして事実であるからには対処しなければ。危ういところではあったが、間に合って良かった。この作戦は失敗が許されないからな」


 前を向かせられた気がして、クラリスは居住まいを正した。正論とは力ずくだ。


「突入班はエティエンヌも含めて六人きりです。追加戦力の投入を提案します。正面からも一部突入させてはどうでしょうか」

「駄目だな。それではドラゴンを誘引できない。一個分隊が為す術なく焼き殺されるような脅威だ。下手に混戦に持ち込んでは危険が増すばかりだろう」

「しかし……!」

「本作戦の目的を忘れるな、上級騎士クリストファー。いかなる犠牲を払ったとて『繁殖牝馬』をさえ奪取できればいい。それ以外の全ては必要とあらば支払うべきものだ。無論、損耗は避けるべきではあるが、修道士中隊の全滅すら視野に入れておかねばならんぞ」

「それは……つまり……」

「怪物を撃破する必要はないということだ。エティエンヌに指示しろ。怪物と遭遇した際はそれを無視せよと。あれはどうにも好戦的なところがある上に、生い立ちのこともあるからな。念を押しておかねばなるまいよ」


 クラリスはやはり見える気がした。ピガールがやれやれと大仰に首を振る姿が。


 反論する余地もない命令だが……唇を噛む。


 エティエンヌの両親は怪物に殺された。兄は騎士としての任務中に戦死した。スカイウォーカーにまつわる災厄によって天涯孤独の身となったのだ。


 そんな彼女は、今夜、友を救うために覚悟を決めていた。


 自らの抱える憎悪に蓋をして作戦を成功させるべく命を懸ける……そういう決意が、会議室を出ていく際、エティエンヌの眼差しには表れていたというのに。


「了解……しました」

「うむ、くれぐれも暴走させることのないようにな」


 満足げな気配が伝わってくる。


 もはや言葉もなく、クラリスは重い受話器を元へと戻した。


 不吉な予感がいや増しに増していた。

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