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ファビアンと1

 ククペリは開いた口が塞がらなかった。

 時間は十分あった筈なのに誰一人として訪ねていなかったこと。

 庭で魔獣に襲われたこと。

 卵が魔獣を倒したこと。

 卵は謎生物でいいんじゃないかとレオニーダまでもが言い出したこと。

 その全部にだ。


 あの後、レオニーダは警邏隊を呼びに行き魔獣の報告をした。調査に来た隊員は不自然な死に方をした魔獣を訝しんだ。レオニーダはハーディエットに卵のことを秘密にするよう事前に言い含めていたが、その場になっても上手い説明が見つからないでいた。そんな中、ハーディエットが「これでやっつけたの」とポケットから数個の魔石を取り出した。魔石を確認した隊員は「良い品ですね。でもポケットに入れる魔石には注意が必要ですよ」とハーディエットを窘め、不自然さは魔石によるものだと納得した。この時初めてレオニーダはアルマに感謝した。そしてハーディエットが魔石と間違えて卵を投げたのだと思い至った。

 レオニーダが隊員と一緒に魔獣の処理まで終わらせる頃には、日は中天にさしかかっていた。


「ククペリおじさん、話は後にしてご飯にしようよ。卵が倒した魔獣ね、カカエっていうんだって。身がしまってて串焼きにすると美味しいっていうから、お肉貰っちゃった。で、今日の昼ごはんはカカエの串焼きだよ」


 レオニーダと一緒に作ったと得意そうに話すハーディエットにククペリは毒気が抜かれた。山盛りの串焼きに目を向ける。よくもまあこんなに作ったものだと感心すればいいのか、呆れればいいのか。とりあえず、せっかく作ってくれたのだしと話は後にしてカカエを味わうことにした。





『午後からの予定。ファビアンのところに行ったら帰宅、以上』


 ククペリの宣言にハーディエットは抗議の声を上げた。


「何で一人だけ? 他の皆は?」


 ククペリは小さな黒板に理由を書いていく。

 目を通したハーディエットはウソだと小さくつぶやいた。


「レオニーダさん知ってた?」

「マリーナは知っていたが、他の二人は初めてだ」


 黒板には、三人の状況が書かれていた。


『マリーナ、五日前からテトラ砦に夫婦揃って出張中。アルマ、二日前にリーガリエンへ。先生、半月前にロンダウィンへ』


 ククペリはその下に続けて書き連ねた。


『買出しが早く終わったから合流しようと皆のところを訪ねた。結果、三人は不在。時間切れでファビアンのところには行けなかった。だからファビアンのところに行ったら家に帰るんだ』





 ファビアン・ラモヴァは不思議なことが大好きである。幼い頃は何故何故何故何故と周囲に聞きまくり鬱陶しがられ、成長してからは不思議なことの解明に喜びを見出し錬金術師となった。ハーディエットの叔父である。


「やあやあやあやあ、ハーディー、久し振りだね。ちょっと大きくなった? 今日はどうしたの。もしかして課題簡単すぎて文句言いに来たとか? もしそうなら今度から倍の量出さなくちゃ。え、違う? 残念だなあ。じゃあ…って、ククペリさんも久し振り。全然変わんないね。何か秘訣でもあるの? あるんなら教えてよ。不老は人類の夢。それに、老化防止って凄くお金の匂いがして良いよね。あ、レオニーダさんは昨日振り。いつ見てもシワシワだね」


 言葉を挟ませることなく一気に言い切ったファビアンは、「そんなところに突っ立てないで早く入ってよ」とハーディエット達を部屋へと促した。

 ファビアンは自宅兼仕事場である小さな二階建ての家に住んでいる。二階が仕事部屋、一階は居住スペースとなっていたが、接客する部屋がないのはまずいということで物置部屋が応接室に改装されていた。

 案内された部屋は元物置部屋にしては広かった。しかも明かり取りが一つしかないにも関わらずとても明るい。


「明るくてびっくりした? 光を反射させて光源を増やしているんだ」


 ファビアンはお茶をテーブルに並べながら、視線を壁の上部に走らせた。そこには所々鏡が取り付けられていた。


「この部屋に案内すると皆が暗い暗いって言うんだ。何か僕が暗いって言われてるみたいで腹が立ったから、明るくしてみたんだ」


 ファビアンはレオニーダの隣に腰を下ろすと、クッキーを口にした。少しの塩気とドライフルーツの甘みが口の中で広がる。


「母さんのクッキー久しぶりだよ。持って来てくれてありがとう。でも欲を言えばケーキが良かった。パウンドケーキじゃなくてカップケーキ。ナッツ入りのやつね。ナッツもできれば春の」

「ファビアン兄さん! 今日は調べてほしいものがあるの」


 ハーディエットはファビアンの話を遮った。ほかっておくといつまでも喋り続け会話にならない。彼を止める術は強制的に話を終わらせることだ。

 しかし、一度だけファビアンが自発的に話を止めたことがあった。当時三歳のハーディエットに「おじさん」と呼ばれた時だ。いつもなら続く長々しい話は途絶え、震える声で「お兄さんと呼んで」と言ったきり黙ってしまった。二十歳の青年にとって「おじさん」は強烈な一打だった。


「見て、この黒々しく光り輝く卵を。この卵生きてます。動きます。魔獣も倒します。すっごく丈夫な謎生物です。苦手な人はククペリおじさんです」


 机の上に勢い良く卵が置かれた。


「何この卵、初めて見た。調べてみる価値はあるかも。でも卵が生きているのは当たり前だよ。じゃないと孵らないよ。動くのも成長の影響かもしれないし、魔獣は……」


 ファビアンが言葉を止めた。前に座るハーディエットを見て、その隣のククペリを見て、横に座るレオニーダを見る。そして最後にもう一度卵を見た。

 卵が水平移動で目の前に来ていた。


「ありえない!」


 ファビアンは叫んだ。卵は彼に向かってペコリとお辞儀をした。


「………!」


 ファビアンはククペリを見た。輝く目は「説明しろ」と言っていた。





「僕もカカエの串焼きが食べたかった」


 一通りの説明を受けたファビアンは開口一番こう言った。


「話を聞いてそれか」


 レオニーダとククペリは呆れた。


「まあまあ、レオニーダさん。ところでレオニーダさんは何で家に来たの? 注文した薬草は昨日全部もらったよ。もしかして二人の付き添い? やだなあ、レオニーダさんったら寂しん坊」

「話を聞いていたのか! 庭に魔獣が出たと言っただろう。魔獣避けのポーションを貰いに来たんだ」

「なーんだ、普通すぎる理由だね。もっとこうウィットに飛んだ理由を用意してよ。それより、話を聞いてなかっただって? 心外、大いに心外だよ。話を聞いてる間、僕は様々な考察と仮定を繰り返して、より良い検証方法を導き出していたというのに……」


 レオニーダはバツが悪くなった。


「あー、悪かっ」

「というわけで、卵貸して」


 バツの悪さはあっという間に消えた。

 卵を受け取ったファビアンは、撫でたりつついたりといじくり回し、ハーディエットの「おじさんって呼ぶよ」発言で口に入れるのをやめた。


「僕は先生やマリーナさんと違って正直生物には詳しくない。でも、ある程度のことなら分かるんだよ」


 ファビアンは卵を頭上にかざし、「透けないなあ」とつぶやく。


「ある程度って何?」


 ハーディエットの問に彼は笑った。


「まだハーディエットには早いからね。まあ、見ててよ」


 ファビアンが勢い良く腕を振り下ろした。

 すぐさま、ゴッという鈍い音がハーディエットの隣から聞こえた。テーブルには小さな黒い塊が転がっていた。

 ゆらりと立ち上る怒気殺気。卵から大量の水が吹き出す。ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。

 それを尻目にファビアンは宙に文字を書き綴っていた。


「収集」


 彼の言葉を合図に、水が集まりふわりと浮かぶ。再び指が動く。


「サーチ」


 水がほのかに光り、うねり始める。しばらくその状態が続き、やがて光が収まると動きも止まった。

 ファビアンは驚きの声を上げた。


「うわあ、なんだこれ。想像したのと全然違う。この水、体液じゃないよ。汗かなんかと思ったのに、体液に含まれる成分が何もない。普通の水と変わりないんだよ。もしかしたらもしかすると飲めたりするのかな」


 手元に影が差した。見上げるとすぐ横にククペリが立っていた。


「あれ、ククペリさん、デコ赤くなってるよ。ククペリさんにダメージ与えてもヒビ一つ入らないって、本当に丈夫な卵だね」


 朗らかにファビアンは笑った。


 ――鉄槌がくだった。

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