レオニーダと2
レオニーダの家には広い庭がある。薬草畑と小さな池だけでは収まらないそこには、使用されていない場所ももちろんあった。その一角でハーディエットはひたすら穴を掘っていた。
手巾に包んだ卵を持たされたレオニーダは、遠い目をしながら作業を眺めた。
土に埋めたら孵る気がすると主張するハーディエットに、レオニーダは真っ向から反対した。
「種と卵は違うんだ!」
「普通の卵と違うんだからやってみないと分かんない! 温めようとする度に逃げるし!」
結局ハーディエットに押し切られ、こうして穴掘りが終わるのを待っている。
手の中の卵が震えているのは気のせいだと思いたい。
手巾が湿ってきているのも気のせいだと思いたい。
新種の魔物でないことを信じるばかりだ。
「卵ちょうだい」
作業が終わったようだと、穴を見たレオニーダは目を見開いた。ハーディエットの腕の長さ位の穴が出来上がっていた。
「……随分と、がんばったんだな」
「うん、すぐに出て来られないようにね」
すぐに出て来られないと孵った時大変なことになるんじゃないか。
レオニーダは思ったが、早く卵を手放したかった為、口を噤んだ。
「ふふふ、こうして手巾に包まれていては手にくっつけまい。さあ、大人しく穴に入るがいい」
言うや否や、ハーディエットはレオニーダの手から素早く卵を掴み、穴に放り入れた。
「卵が出てこない内に土を被せて! 早く!」
レオニーダは促されるまま、ハーディエットと共に穴を埋めた。
ハーディエットが汚れた手を払いながら満足気に笑う。
「芽が出るまでの期間って十日位?」
レオニーダは嫌な予感がした。
「卵が孵ったら教えてね」
「今すぐ掘り返せ!」
卵は土の中にいたとは思えないほどきれいだった。自力で上がって来たようで、掘り始めてから然程かからず見つかったが、泥だらけの手に触られるのが嫌なのかすぐにハーディエットのポケットに入ってしまった。
「ドルー達はどう思っているんだ」
今までのあり得なさ過ぎる卵の行動に、つい答えの分かりきった問を漏らしてしまう。
「謎生物って言ったら納得してたよ」
「そうだろうな。そうだろうよ」
どっと疲れが押し寄せる。
レオニーダは、謎生物でいいんじゃないかとだんだん思い始めてきていた。
「あっ」
ハーディエットが急に池の方へと駆け出した。数歩進んだところですぐに止まり、池を指差した。
「でっかいカエルがいるよ」
レオニーダは息を飲んだ。
「あ、尻尾がある」
「ハーディー、いいからこっちに来なさい」
声が震えた。
武器になりそうなものを素早く探すが、庭の外れに役立つ物は何もない。
「あれは魔獣だ」
中型犬位の茶色いカエルの魔獣が池から上がって来ていた。まだこちらには気付いていない。
魔獣は空気中の魔素を取り込んだ結果変異し、身体能力と凶暴性が飛躍的に増した元動物だ。魔物と違い魔術は使えないが、襲われれば怪我だけでは済まないこともある。カエル型魔獣は弱い方の部類だといえるが、武器のない状態で退治することは難しい。家には池の横を通らねば戻ることができない。気付かれる前に助けを呼びに外に出ようとハーディエットの背を押した。
ハーディエットがレオニーダを見上げた。
「もうじき大人になるのかな」
「なるか、馬鹿!」
魔獣がぎょろりとした目をこちらに向けた。しまったと思った時には、魔獣は重く響く鳴き声を上げ跳躍していた。もう目の前まで迫っていた。
レオニーダは咄嗟にハーディエットを背に庇った。
「レオニーダさん!」
レオニーダの腕に魔獣の舌が巻きつく。傾ぐ身体にたたらを踏んだ。
「レオニーダさんから離れろ!」
「ハーディー、離れるんだ!」
ハーディエットは魔獣に向かって卵を投げつけた。
勢いの足らなかったそれは魔獣の前に落ちた。小さく二三度跳ねた後、コロコロと転がり――
勢い良く跳ね上がった。
卵は魔獣の口を下から突き破り、その勢いのまま背中へと突っ込む。魔獣の腹に小さな塊が浮き上がっては消えた。それが数度繰り返された頃、呻き声を上げていた魔獣は動かなくなった。
「すごい、すごいよ! 卵が魔獣をやっつけた!」
手を叩き大喜びするハーディエットに、レオニーダは腕が自由になっていたことに気付いた。
だらしなく開いた口から卵がコロコロと転がり出て来る。体を振って付着した液体を飛ばすと、跳ねるようにしてハーディエットの元に向かった。そして褒めろと言わんばかりにゆらゆらと体を揺らした。
「すごいね。魔獣をやっつけるなんて只の卵じゃないよ。助かったよ。ありがとう」
素直に褒めるハーディエットに、卵は照れたようにクルクルと回った。
ハーディエットはレオニーダを見た。
「やっぱり謎生物だと思うよ」
いまだ回り続ける卵を見ながら、レオニーダは疲れたように言った。
「儂もそう思うよ……」