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エリクさんを、信じます!

 ギルド『クラウディア』二階の廊下から見えるのは真白い満月だった。

 備え付きの窓を開けて、そこに座るルイスは足をぶらぶらとさせて、つまらなさそうに月を眺めていた。

 私――シュゼット・マチルダは息を整えて、そんな彼女に声をかける。


「珍しいじゃない。あなたがこんな所でぼうっとしてるなんて」


 私が窓に両腕を掛けると、ルイスは「あぁ」と何とも取れない表情で頷いた。

 空に燦然さんぜんと輝く星空を見つめつつ、ルイスは金色のポニーテールを風に揺らす。


「アタシ達、ホントにこれで良かった……んだよな?」


 両の拳を打ち付けながら不安げに呟く彼女に、私はぐっと息を呑んだ。


「他に手はありませんでしたからね。アナスタシアが下してくれた判断が、一番だったと。私は思っていますよ」


「そりゃ、そうだけどさ……。最近のアイツ(・・・)見てっと、危なっかしくって仕方がねぇよ」


 ルイスが指さしたのは、クラウディア二階の女子部屋だ。

 女子部屋の中では、今もアナスタシアは自身の下した決断と一人、闘っているのだろう。

 その重圧と常に闘っている彼女を、私たちは支え続けることが出来ているか、不安だ。


 ルイスだって、私だって、今回のアナスタシアの決断が最善策だということは分かっている。

 ガルマの要請を断っていれば、今頃ギルド『クラウディア』は潰されていたかもしれない。

 そして『ディアード』もとっくに空中分解していたのかもしれない。

 ガルマが与えた、主戦場陽動部隊の副将という立場が、誰よりもアナスタシアを苦しめる鎖となっていることは言うまでもないのだから。


 元来、私たちにとって『冒険者』というこの職業は、魔王軍を倒すためなどという大義名分などは持ち合わせていない。

 民と共に生き、民と共に歩む。その理念を根底に置いている『ディアード』にとって、今回の一件はあまりに重すぎる。


「……ラクス平原で遠距離射撃に努めるなら、お前も充分休みとっとけよ。アタシは近接専門だから、何の役にも立ちゃしねぇ」


 そう、肩をポンと叩いてくれるルイス。

 その手は、温かくて、とても優しかった。


「ったく、こんな大事な時期にあのバカはどこほっつき歩いてんだ……」


 カッカッカ、と無理に笑みを浮かべるルイスが刺したのは、女子部屋の隣――モノを残したままになった倉庫部屋だ。

 3週間前までは、倉庫部屋を綺麗に掃除したこの場所に一人の不思議なヒトがいた。


 パーティー内で給料をまわしていると信じられない、とでも言った風に涙を流し。

 休日の日に何をすればいいのかが分からずに、おろおろとギルド一階を徘徊した上で結局終日ダリアさんのお手伝いに勤しみ。

 皆で食べるご飯を、心の底から美味しそうに頬張る不思議なヒトが。


 今やすっかり使われなくなったその部屋だが、アナスタシアは、不器用ながらも律儀に1日1回掃除をしている。

 ここに帰ってくるのを、心の底から信じて。


 ――恐らく、両軍の衝突は避けられないだろう。


 時は3週間前。

 ガルマ・ディオールとの合同作戦会議の直後にエリクさんが私に話を持ちかけてきた。


『今は何も話せない。ディアードの皆に人殺しなんてさせないし、主戦場のラクス平原でただ牽制してくれてれば良い』


 作戦会議が終わって閑散としたギルド『ガードナー』のロビーで、エリクさんは私に伝える。


『……いつも建設的な議論をするエリクさんにしては、随分と曖昧なことをおっしゃるのですね』


 少し皮肉を口にしてみたが、エリクさんは困ったように「あぁ、悪いな」と苦笑いを浮かべていた。


『俺も一回、ナーシャには救われてんだ』


 話を続けるエリクさん。


『だからこそ、ナーシャを裏切るようなことだけは絶対にしない。それだけ、信じててくれ』


 そう言って、エリクさんは屈託のない笑みを浮かべた。


『じゃぁな。今まで、ありがとよ』


 まるで今生の別れだとでも言うように、その夜から、エリクさんはクラウディアに帰って来ることはなくなった。


 私はそのことを言うか言わまいか迷った挙句、ルイスにだけは打ち明けた。

 彼の並々ならぬ意思は、変えようがなかった。私はどうすることも出来なかった。


 私は――弱くて、ズルい人間だ。


「エリクさんのことを、私は信じています。私たちは、私たちのやれる範囲のことをやりましょう」


「だな。ガルマのクソ野郎に呑まれるなよ? 参謀さんよ」


「善処しますよ」


 こうして、夜は更けていく。

 明日の朝に控える第二次魔王軍大規模攻勢。

 全土を巻き込む戦闘に、オーデルナイツの空気が張り詰めているのが感じられた。

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