盗賊の根城、制圧します!
魔王軍領と勇者領のちょうど境界線上に位置する紛争最前線土地、オーデルナイツ。
その西の最果てに、一つの小さな廃城があった。
かつてこの地を治めていた大公が築城したとされていたが、今や寄りつく者は誰もいない。
そこに価値を見い出した近隣の盗賊集団が根城にしているらしい。
「任務内容を今一度確認しておきましょう」
シュゼットは、受注用紙に目を落としながらパーティーを見回した。
「今回の国家指定任務は、ここを根城とする盗賊集団である『ラッド一味』の捕縛とのことです。構成人数にしておおよそ20名の比較的大きな盗賊団です。その後、中央から派遣されてくる勇者一団の補佐に身柄を渡すように……」
「ってことは、この任務自体が中央の勇者一団ありきってことかよ。っつーかその勇者一団とやらはいつ着くのか分かんねーのか?」
「街にふれ渡っている情報が確かなら、明後日付近にはオーデルナイツ入りするらしいですが……。所詮は噂ですから、惑わされずに行きましょう」
そんなシュゼットとルイスの会話に、ナーシャが釘を刺すように呟く。
「捕縛、ということは一人も殺めてはならないんですよ? 悪い方でも、心を入れ替えて下さる方はいらっしゃいますからね」
「……例えば、ルイスみたいに、ですね」
「今それ関係ねーだろ!?」
シュゼットの追求に顔を赤らめるルイスは、俺に向かって「こ、こっち見んな!」と両手を前に突き出していた。
……何だこの可愛い生き物は。
「と、とにかく! だ! 人員を殺しちゃなんねーのは重々理解した。骨折れるくらいは我慢して貰おうかね!!」
恥ずかしそうに耳まで真っ赤にした彼女は、自分を取り戻すかのように拳を自分自身に打ち付けた。
その様子を見て、シュゼットはからかうような笑みを浮かべながらも「分かりました」と改めてパーティーを見回した。
「根城には遠距離攻撃中心の私、そして魔術師として近距離、遠距離両用のエリクさんで攻め入ります。ルイスはアナスタシアの護衛と、近寄って来る輩を吹き飛ばして下さい。アナスタシアも魔法は使えますが、今回は敵側の治療も必要になりますからその分の余力を残すためにも使わないで下さい。最後にはなりますが場合によっては、根城ごと破壊します。合図は後ほどに。ルイスはちゃんと合図を見落とさないようにして下さい」
「――応ッ!」
「は、はいっ!」
てきぱきと指示を出すシュゼット。
このパーティーの参謀として、皆の特性を鑑みて即座に戦略を考えているのだろう。
流石としか言いようがない。
「では、エリクさん。今日はよろしくお願い致します」
「……あ、あぁ……こちらこそよろしく頼むよ」
銀髪を揺らめかしながら、いつものようにどこからともなく白銀の巨大銃を持ち出してくるシュゼット。
小脇に抱えることも出来ないその大きな銃を魔法力で肩の上に浮遊させて彼女は赤縁眼鏡を持ち上げた。
「今回は精密射撃ではありません。制圧用でのパワー重視砲撃なので以前のような醜態を見せることはありません……からね!」
ほんのり頬を紅くして恥ずかしがるシュゼット。
な、何気にこの前のこと気にしてたんだな……。
でもあれだけの集中力で筋肉狼を一撃必殺で屠った銃撃能力は、醜態なんかじゃなくてカッコよかったけどな。
盗賊団の一味がいるというアジトに一足先に入った俺とシュゼット。
中は案外薄暗いようだった。
枯れた草に囲まれた石柱。太陽の光が届かないほどに覆われたツタのせいか、全体的に空気も湿っている。石の廊下や窓から入り込む不気味な風の音、そして肌に張り付く蜘蛛の巣。
1階から2階へと続く螺旋階段は埃に塗れているが、よく見ると足跡のようなものも見える。
「シュゼット、そっちからは何か見えるか?」
俺は反対側の監視をしていたシュゼットに目を向ける。
彼女はこちらの方を一瞥することもなく、向かい側の暗闇を凝視しているようだった。
こっちのことを全面的に信頼してくれてるって事なのかな。それはそれで――。
「はははは、はい。ななな、何ともありませんよ? 全く、何にも、見つからない……ですよ!」
……あれ?
向こうをむいたまま完全に固まったシュゼット。
規則正しく、足だけが俺のペースに合わせて動いている。
肩に浮かせた銃がぷるぷると揺れているし、彼女の左手は知らないうちに俺の服の裾を握っていた。
「……シュゼ……ット?」
ふと隣を見てみると、肩をガタガタと震わせている一人の少女の姿があった。
いつものような冷静沈着な姿はない。
カサッ
「ひぅっ!?」
ふと、外からの風邪で落ち葉が揺れる。
それだけでビクンと肩と足を震わせている。
「……おいおい」
「な、ななな、なんなんですか! 私、全然怖くなってないですからね! 暗いところだとはぐれちゃうので握ってるだけですから!」
眼鏡越しに潤んだ瞳が見える。
「……ルイスと交代するか?」
俺の問いに、シュゼットはふるふると首を振った。
「い、一度決めたことですから! やり遂げます……! 前情報ではこんなに暗いって聞いてなかったんですけどね……! こ、これも盗賊団の罠でしょうか、私たちを欺くための――!」
「いや、違うだろ……」
いつものような冷静さは微塵もない。
肩に浮遊させた銃も、行き場を無くしたかのようにゆらゆらと揺らめく。
銃口があっちを向いたり、こっちを向いたり……っていうか、魔法力が徐々に徐々に集まってる!?
魔法力は、本人の意思コントロール能力に大きく左右される。
となれば今意思がガタガタのシュゼットは歩く無差別爆撃兵器でしかないぞ……!?
コツ、コツと歩みを進める度にボフッ、ボフッと巨大な銃口から危険な不発弾の音が鳴り響く。
――と、その瞬間だった。
ドォォォォォォォンッッ!!
後方からの巨大な崩落音
「おりゃぁぁぁぁぁぁぁッ!!」と、聞き慣れた怒号と共に聞こえることから恐らくルイスが接敵したのだろうということは容易に想像出来る――のだが……。
「い、いやぁぁぁぁぁぁ!? 来ないで、来ないでくださぁぁぁい!! シュヴァ神! 助けて下さい! シュヴァ神様ぁぁぁぁぁ!! うわぁぁぁぁん!!」
「落ち着け、シュゼット頼むからぁぁぁぁぁ!?」
――同時に、その音にビビった無差別爆撃兵器がついにその姿を現した!
目の縁に涙をいっぱいに溜めたその少女は泣き出しながら銃を振りまき、いたる場所に銃撃を振りまき始める!
光の砲弾があちらこちらに跳弾し、古い石柱を次々と破壊していく。
「――くそっ! 悪く思うなよ!? 破壊蛇ッ!!」
錯乱したシュゼットの持つ白銀の巨大銃の銃口に向けて、破壊の能力を持った蛇を注入する。
ボンッ! と音を立てて銃の内部構造を破壊した俺の蛇にふと安心していた、その直後。
ゴトリ――。
石柱が破壊されて自重を保てなかった廃城の崩落が始まったのだった――。




