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忘却のアポカリプス 〜救国の巫女と破滅の騎士〜  作者: 辻村 恭 × 蒼龍 葵
序章 滅びの序曲
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第5話 解放


「爺……や?」

「待て、近づくな」


 ふらふらと歩み寄ろうとするイリアを制し、召した黒剣を左手に構えるリーシュ。

 視界に捉える老騎士には強い覇気が宿り、手傷を負えども気が触れたようには見えない。


(どういうつもりだ──)


 疑問を吐き出す前に答えは出た。


「ガアッ」


 絶命したはずの神殿騎士が急に息を吹き返したのだ。いや、別の何かへと変貌したのだ。


 肥大化する体によって鎧が砕け、露出した肌から獣のような体毛が覗く。

 逆立つ髪、骨格ごと変形する顔、耳まで裂けた口に鋭い牙──。


「なっ──?」

「グアア……!」


 それへ、瞬時にウォルトが剣を突き立てた。

 獣人に変わり果てた騎士は、苦悶の声と共に再び動かなくなる。


 だがそれで終わりではなかった。

 駆けつけた他の騎士たちも、口々に意味の無い言葉を喚きながら、みるみるその様相を獣のそれへと変えていく。


「おいおい……何の冗談だよ」


 イリアを背に庇い、リーシュが騎士だった(・・・)面々に視線を走らせる。

 演習がそうであったように、招かれざる者(アウトサイダー)との戦いは1対多数が常。複数の敵と斬り結んだことはかつて一度たりとも無い。


(味方を──作った(・・・)?)


 思わず見上げた空で、横腹の眼を怪しく光らせデュラコンメレクが旋回する。

 斬り離された尾は既に再生し、それは何事も無かったかのように急降下──。


「やべえ!」


 単体でさえ厄介な敵だ。地上に気を取られながら立ち回れる相手ではない。


 果たしてタイミングを合わせるように、獣人たちは一斉に牙を剥いた。狙いはバラバラで、一部がこちらへ──しかしリーシュはイリアを抱えて跳ぶ。


「きゃっ」

「しばらく目、瞑ってろ」


 人ならざる反射神経と跳躍力。イリアを伴いながら敵の攻撃は掠りもしなかった。

 それでもデュラコンメレクの巨体が地に迫ると、風圧で何もかも吹き飛ばされそうになる。


 リーシュが目を凝らしたその時、目標を見失った獣人が巨竜の口腔へと──消えた。


「なに!?」


 勢い余って、ではない。デュラコンメレクは意図的に標的を変更したのだ。


(く、喰らいやがった! 獣人(あれ)はあいつの仕業じゃ……ねえのか)


 神殿騎士が獣人化したことと、招かれざる者(アウトサイダー)が無関係なはずはなかった。ウォルトはいち早くそれに気付き、身を守るために剣を振るったのだろう。

 だが〈獣人(てき)〉を〈招かれざる者(てき)〉が喰ってしまった──これは一体どういうことなのか。


「わけ分かんねえ!」


 対招かれざる者(アウトサイダー)の経験は豊富なリーシュ。しかし初めての展開に頭が混乱し、僅かに遅れを取る。

 デュラコンメレクは再び上空へ。代わって着地した彼らに獣人の1人が襲いかかり、剣を握る力を強めたがそれを薙ぐことができない。


 ところが、背中から大きく十字に斬り裂かれ、先に倒れたのは獣人の方だった。

 時が止まったような衆人環視の中で、凛と佇む1人の男──。


「ヴィクトール!」


 【鋼血のヴィクトール】。(フレイア)の団長である。


 彼は王宮の軍務全般を預かる責任者でもあり、ウォルトの後任にしてかつての弟子。そして今はリーシュの師匠。

 軍人らしく短く刈り上げた髪は黒に少しだけ白が混じる。

 間もなく48歳を迎えるが、壮年を過ぎるどころか、今がまさにピークと言わんばかりにその闘志は翳ることを知らない。


 但し、それらはすべて氷のような落ち着きに支配されていた。


「ご心中、察するに余りある。ですが手は出させて戴きますぞ」

「フン……相変わらずじゃの」


 まず自身に対して口上を述べたヴィクトールに対し、ウォルトがようやく剣を引く。

 一方、リーシュは突然現れた上官へと詰め寄った。


「何やってんだよ! 相手は神殿騎士……人間だぞ」

「彼らを元に戻せるなら実行しろ。今すぐだ」

「ぐ……」


 ヴィクトールは冷たく言葉を返すのみ。大事のため小事を切ることに些少の躊躇いも無い男である。


「この事態の故は分からん。だが今はその収束が最優先。地上は我々に任せ、お前はアレを倒せ」


 唇を噛むリーシュ。それは気儘(きまま)に空を翔る敵の討伐を、1人で任されたことに対してではない。

 組織こそ違えど同じエデンを守る神殿騎士たち──何が起こったのかは不明だが、彼らを問答無用で斬り捨てる判断に納得がいかなかったのだ。

 

「助ける方法なら……あるよ」


 それと同じ気持ちだったのか、巫女が騎士の腕を遠慮気味に引く。


「イリア?」

「破邪魔法……邪に混ざるものを祓うの。きっと、それで彼らは元に戻せる」

「そうなのか! お前がそれを?」

「う……」


 自信満々に提案したものの、途端に口ごもるイリア。召喚魔法同様、まだそれを初級レベルでしか扱えぬ彼女である。

 目まぐるしく展開するこの局面で、しかも完全に人で無くなった者を相手に効果が見込めるのか。


 隠そうともしない八の字の眉を見て、リーシュは苦笑した。


「無理……なんだな?」

「わわ、私だって、たくさん勉強したんだよ。成功したら緑色の輪っかが広がって、皆を優しく包み込んで、混ざった人だけが白く輝いて──」


 その瞬間、ぼんやりと浮かび上がる緑色の光。それは円状に広がり、そこにいた全ての者たちを柔らかく照らす。

 すると獣人たちが白く発光し、たちまちその動きを封じられた。


「そうそう、ちょうどこんな感じで……って、あれ?」


 驚いたイリアはキョロキョロと辺りを見渡し、その理由に気づいた。 


「ナターシャ様だ!」


 そして弾けるような笑顔。高度な破邪魔法でも難なく使いこなせる人物、それは身近にいたのだ。

 姿こそ見せないが、その魔力の源泉は間違いなく神殿内部からのもの。


「【時読みの巫女】か、成程。ではこちらも、エデンの空を占有する輩に集中させてもらおう」


 僅かに笑みを浮かべたヴィクトールは、すぐにそれを戻し改めてリーシュに命じる。


「奴はS級指定のデュラコンメレク。【解放】を許可する」

「言われなくても」


 安堵、決意、それからやや困ったような表情。短い時間でコロコロと変わったリーシュの顔が、少し迷ってイリアへ向けられた。


「ちょっとびっくりするかもしれねえけど、大丈夫だから」

「えっ──?」


 戸惑うイリアに最後は笑顔で応え、リーシュは愛剣セラフクライムを手に空へ。

 翼が生えているのではないかと疑う程の跳躍で、一気にデュラコンメレクとの距離を詰めた。


 そして──。


「〈解放(リベレーション)〉!」


 刹那、空気が変わる。

 途方もない魔力を帯びて上昇する様は彗星の如く。同時に放たれる、酷く不安を煽る気配。


 それはまるで、彼が目標に捉える招かれざる者(アウトサイダー)そのものであるかのように。


「うおおおっ」


 異変は容姿にも現れた。


 髪は黒く、瞳も黒く。手にした黒剣と同化し、はっきりと視認出来る魔力までもが黒一色に染まっていく。

 それは純粋な黒ではなく、あらゆる色を混ぜ合わせた果てに誕生する混沌(カオス)の漆黒。


「リーシュっ!?」


 イリアの絶叫が届いたか否か。リーシュはセラフクライムを両手持ちで振り上げると、魔の理を詠み上げた。

 魔法と剣技の融合、魔法剣である。


 咎人は終焉の鐘を鳴らす。

 背神の摂理、奉魔の秩序。

 永遠が瞬間足り得るこの刻に。

 せめて無となり追憶の彼方へ──。


 〈逢魔ガ刻ノ乱舞アポカリプティック・サウザンド〉!


 高難易度の時間圧縮魔法が発動、それはリーシュの固有時間を僅かな一瞬へと押し込める。

 さらに魔装具たるセラフクライムの能力は、斬る程にその威力を高め、戦闘終了までリセットされない。


 それらの特性を合わせ完成した、最大手数にして一撃必殺となる矛盾の奥義──1秒間(・・・)()千の(・・)斬撃(・・)


「足し算か掛け算か知らねえけど、これだけは言えるぜ。それを千回も続けりゃ、誰が相手でも──どうしようもねえってな!」

「グギャアアッ!」


 一瞬の閃光。見る者にはそうとしか映らなかった。


 だが結果だけは一目瞭然である。デュラコンメレクはその巨体を飛散させ、元あった形状の名残すら分からぬまでに斬り刻まれたのだ。


(あれが……〈魔壊〉か)


 歴戦のウォルトでさえ目を見張る。多少の面識はあるものの、戦闘をその目で見たのはこれが初めてであった。


(魔を以て魔を壊す──しかしあれだけの力となれば反動も大きい。それ故の〈壊〉でもあろう)


 強敵であるがために全霊の剣撃だった。

 ウォルトの見立て通り、脱力したリーシュは重力に抗えず、遥か遠方にて頭から落下していく。


(やべ……意識が……)


「リーシューっ!!」


 闇に落ちる直前、リーシュは確かにイリアの声を聞いた。

 神託により突然連れ去られた彼女を守るため、志した騎士の道。その第一歩がようやく叶う。


 離ればなれとなった2人の生が再び交わることで、彼らを中心に渦を巻き始める世界。

 救国と破滅と──決して混ざり合うことのない色が今、1つとなって。


 それは、待つだけの日々が終わりを告げた瞬間であった。

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